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第2話:真実の愛と婚約の解消

 私とオリヴィエの婚約が決まったのは、確か五歳の頃だった。


 理由は簡単で、彼女が有能だったからだ。


 帝国北隣、エリン王国第八王女。上に姉が七人もいるおかげで政略の余地があり、それでいて本人の能力は群を抜いている。父である皇帝がオリヴィエを強く推していたというのもある。父は有能な人材を好む。見つけ、拾い上げ、ときには買い、場を与える。それが帝国をここまで押し上げてきたやり方だ。それは恐らく正しいのだろう。少なくとも、国として結果は出している。


 オリヴィエは、幼少期からすでに十三ヵ国語を操り、魔導具製作では若くして第一人者である。その功績をもって伯爵位をもらったくらいだ。


 一方の私は、帝国第三皇子。母に似て顔はいい。男としてはどうかと思うが、目立って言えるのはそれだけだ。


 可もなく、不可もなく。そう評価される立場が、実のところ一番楽だった。


 父の期待は、私には向いていない。期待されなければ、失望もされない。前に出なければ、兄たちの足を引っ張ることもない。だから、皇子にしては割と自由に生きられたというのもある。兄二人が優秀であるから特に。


「アーサー、どうしました?」


「ん、別に。考え事をしていただけだよ」


 回廊を並んで歩きながら、私は肩の力を抜く。ここでは“皇子らしく”振る舞う必要はない。少なくとも、オリヴィエの前では。


「エドワード殿下の行動は、やはり少し常軌を逸しています」


 オリヴィエが徐に口を開いた。考え事をしていたのは私ではなく、オリヴィエの方だ。色々考え始めると歩みが早くなるのは昔からの癖で、部屋の中にいる時はグルグルと檻の中の虎のように歩き回る。


「少し?だいぶおかしいと私は思うけど?真実の愛というのは、醜態を曝け出すものなのかな?あれでは頭が沸いていると言われても仕方がないだろう。愛に溺れるとはよくいうけれど、あれはすでに溺死して、頭の中が腐乱してるのでは?」


 オリヴィエが目を見開いて、慌てて私の発言を嗜めた。


「ちょっとアーサー、ダメですよ。誰かに聞かれたら国際問題です」


「では、あれが「真実の愛」だと、皆が信じているとでも?」


「見せ物として楽しんでいる感じですかね」


「なるほど。娯楽の少ない国だからな」


 ブハッと私が噴き出すと、オリヴィエも少しだけ口角を上げる。お芝居ならよっぽど良かったんですがね、といいながらカバンから出した資料を手渡された。仕事の早いオリヴィエは、すでに調査を進めていたらしい。


「残念ながら、事態は思っていた以上に悪く進行しているみたいです」


 パラパラと資料を流し読みすると、どうやらあの“真実の愛”に溺れた公子は、トチ狂って財務大臣の娘である侯爵令嬢ナターリエと婚約破棄まで考えているらしい。この国で大公の次に権力を持った家で、これと婚約破棄をしてあの平民を公妃にしようものなら、クーデターが起きる。下手をすれば帝国にまで飛び火する。


「バカだな……」


「私たちが今すべきは、ナターリエ嬢をこちら側につけることだと思います」


「ナターリエ嬢か……。婚約破棄を阻止したとしても、あのバカボンじゃなぁ」


「ええ。今は良くても、またすぐに別の問題を起こしそうです」


「……私が間に入るのが最適か」


 私は肩をすくめた。オリヴィエは目を伏せてそれに同意する。


「私たちの婚約を、白紙に戻しましょう」


 理由はわかって入るけれど、僅かながら驚いた。


「……なんだよ、オリヴィエは私に不満でもあるのか」


 12年も婚約者でいたのに、と口を尖らせて冗談めかして言った。


「……ナターリエ様に、私の代わりにあなたの尻拭いをさせるのには、いささか抵抗がありますが」


「酷いな!」


 そこでオリヴィエも吹き出した。


「冗談は抜きにしても、この国の在り方に問題があるとしたら、私たちが動かなければならないでしょう?」


「ああ、まあ。父上にはそう言われたな」


「ええ、そのために私たちがここにいる訳ですしね」


「そうだった……。まあそれが一番手っ取り早い、けど」


「ですね。アーサーも同意見でよかったです。私たちは、良い相棒ですからね。仲違いはしたくありませんし」


 相棒。


 恋人よりずっと実用的で、婚約者より近すぎない、安全な距離。そういう関係をこの12年の間で作り上げてきた。


「ふっ、相棒か。確かにな」


 それに甘えている自覚は、あった。オリヴィエの隣は居心地がいい。私に頼らない強さがある。皇子として、男として情けなくもあるけれど、おかげで私は楽に息ができる。


「私は……恋というものがよくわかりません」


 オリヴィエは歩き出しながら続ける。


「ですが、時に国を滅ぼすほどの力があることは、歴史が証明しています」


 中庭の光景が脳裏をよぎる。


「真実の愛、か」


「ええ。便利な言葉ですよね」


「責任を押し付けるのに?」


「いえ、責任から逃げるために。全てを投げ打っても、それが正義に満ちた尤もらしい行動であると、欺瞞を正当化できる」


「ふーん…。私も真実の愛とやらを体験してみたいなぁ」


「まあ。ではナターリエ様を愛していただかないと」


「私は皆の前で醜態を晒すような勇気はないからな。諦めるよ」


 話題を変える。


「あーあ。何も起こらずに帰国するはずだったのになぁ」


 そうして、オリヴィエと結婚して、臣下に降りる。それが敷かれていたレールだった。あと、ほんの1年足らずだったのに。私とオリヴィエの未来は霧に包まれてしまった。


 皇帝は旨味のない国を蹂躙するつもりはないから、政略結婚が一番、無傷でいられる。特に必要とされない私だから、尚更。


「残った面倒事は全て、オリヴィエに任せたよ」


「あら、ひどい」


「適任適所って言うだろ。真実の愛のお2人には綺麗に退場してもらわないとね」


 彼女は、ほんの少しだけ笑った。


「そうですね、いつものように静かに後ろに控えててください」


「ははっ、私の婚約者殿は頼もしいね」


 うわついた愛でもなければ、燃えるような恋でもない。対等な立場にある相棒。だからこそ、疑う余地もない。


 私たちのこの関係は、安定している。


 ――そう信じていた。

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