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第16話:猟奇的な愛

 あたりは静まり返っていた。


 血の跡を追いかけていけば、旧神殿に辿り着いた。禍々しい空気が溢れて闇の色が濃い。


「こんなところにオリヴィエは一人で……」


 アーサーは唇を引き締め、ぎゅっと拳を握ると、すぐさま中へと侵入した。神殿の中は暗く、ひどくジメジメとしている。崩れた天井から差し込む外の光が、仄かに中の様子を醸し出した。


 右側には崩れた女神か何かの像が見える。顔はなく、手を掲げていたであろう、肩は天を目指していたがその先はもう無い。その反対側にはもうすでに足しか残っていない像があるが、それが何を示すのか、もはやアーサーにはわからなかった。元々はステンドグラスがはまっていたのかもしれない窓は全て割れ自然の木々が枝葉を伸ばし、蔓が巻き付いている。いくつかの長椅子が、元々の礼拝堂だったことを告げている。


 クリプトへと続く階段が目に入り、その手前になすりつけたような血痕を確認すると、アーサーは持っていた魔導具で灯りを灯した。魔力を補充すればほぼ永遠に使える魔道燈は、天井裏や洞窟を探検することもあった二人が、便利グッズとして作ったものである。ピン型なので、ブローチのように服に刺してあったのだ。慎重に階段を降りていくと、階段の終わりから伸びるのは1本の回廊。所々でランプを灯すためだったのかオイルの受け皿が差し込んである。もちろんオイルは入っていないが。


 そこでアーサーは、ふと足元を見てギョッとする。干からびた小動物の死骸が至る所に落ちていた。その中には人間の子供らしき死骸もある。カラカラに乾いており、人としての形を残してはいなかったが、それこそが、吸血族がいた証拠ではないか。


 奥にいくにつれ、光は届かず闇が深まり、胸元のピンライトだけでは周囲も確認できない。あまりにも静かで間違った場所へ迷い込んでしまったのでは、と不安がよぎった。


 足音を立てないよう慎重に歩きながら、行き止まりへと向かうとオリヴィエの声が聞こえた。


「一つだけ、教えてあげましょうか」


 オリヴィエだ!まだ無事だった。


 どっと肩の力が抜けたアーサーは急足でそちらへと向かう。しかしもし吸血族と対峙しているのなら驚かせて隙を作るのはまずいと息を潜める。オリヴィエの足を引っ張ることだけは避けなければならない。


 オリヴィエと吸血族――おそらくはミラ――の会話は続く。石造の静かな神殿で声は響く。静かなオリヴィエの声を聞いて、アーサーは静かに落ち着きを取り戻していた。


 そっと壁際により、聞き耳を立てると、ミラの動揺したような声が響いた。そして間を置いて、何かが弾け飛んだ音。ブシャッと滴る水音。


 そして静寂。


「――オリヴィエ」


 アーサーは、そっと中を伺い、オリヴィエの背を見つけた。


 実際にオリヴィエの姿を見て、ふーっと息を吐く。間違っても死ぬようなヘマはしないとわかってはいたけれど、それでも自分の見ていないところで危険な目にあっているのは――。


 そこでアーサーは驚愕に目を見開いた。


 振り向いたオリヴィエが全身血まみれになっているのを見て、悲鳴を上げた。


「オリヴィエ!!?」


 事実、ミラの破裂した体の、体液から肉片から、何から何までを全身で被っており、ホラーな状態だったのである。背後にある泉で洗い落とそうかとも考えたが、まだ息のあるエドワードがいたため、まずは確認をと膝をついたところだった。


 真っ青になって走ってきたアーサーは、オリヴィエが一言も発する前に血だらけのオリヴィエを抱き寄せ、全身をくまなくチェックした。


「どこを怪我した!?何をしたらこんなに血まみれに!?あの女はどこへ逃げたんだ!?私が退治してやるから、君は治療を――!!」


「アーサー」


「ああ、やっぱり、一人で向かわせるんじゃなかった!私がそばを離れるべきではなかった!死ぬなよ、オリヴィエ!」


「あの、アーサー……」


「気がついたんだ!私には君がいないとダメなんだ。オリヴィエ以外に結婚したい人なんかいない。皇子の立場も責任も糞食らえだ。私は君が好きだ。愛してるんだ。心の底から、君以外入らないんだよ!だから、私を置いていくな!」





 支離滅裂になって泣きながらオリヴィエに縋り付くアーサーに、オリヴィエは目を丸くしたまま困惑していた。


 ――今、好きだと、言ったのかしら。


 内心は、しっかりアーサーの言葉を咀嚼して理解しようと努めていたが。


 おいおいと泣き喚くアーサーを横目に、オリヴィエの口角がわずかに上がる。


「アーサー」


 涙で潤んだ瞳がオリヴィエを見つめる。血だらけのオリヴィエを抱きしめたせいで血の涙を流して見苦しいことになってはいるが。


 ああ。なんて――。


「私もあなたが好きです、アーサー」


 アーサーの顔についた肉片を摘んで捨てる。ちょっと猟奇的だけど、多分今更な二人だし。どんな醜態を晒しても、ずっと共感してくれたアーサーが愛おしい。どれほどの重圧を背負っていても一緒に耐えてくれたこの人を、狂わしい程、愛しているのだ。


「私の後ろにいてくれる人は、あなたがいい」


 アーサーは涙を止めて、キョトンとして。それから微笑んで、真っ赤になった。


「安心して、私の前にいてくれ。私は必ずついて歩くから」


 ちょっと情けなかったな、すまない。なんて言いながらそれでも怪我がなかった心配してくれる。全て返り血だと言われてようやく胸を撫で下ろしたところで。


「ゴホッ、ゲホッ……」


 エドワードが生きていたことに気がついた。




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