第15話:勇者の血筋
500年ほど前。
この世界に召喚された勇者と聖女は魔王を倒した。けれど世界に残った禍根は深く、闇の一族は生き延びた。彼らの子供たちは、勇者と聖女がいるべき元いた世界へ帰った後、各地に散らばった。闇の一族を追い続け、殲滅させるため。それが勇者と聖女の願いだったから。異世界から呼び出された彼らのような、孤独な存在を二度と作らないため。
この世界で、不老不死だった2人は数多くの子孫を残した。
彼らの子孫は、けれど、不老不死ではなかったが、安産で子孫は増えた。何代も続き、勇者の血を継いでいるかわからない子孫も中にはいた。そうして血は薄れたけれど、その志だけは心に焼きついたまま失われていない。それが我らの存在意義だとでもいうように。そうして勇者の血を引く一族は世界に散らばり、魔獣を倒し、瘴気を祓い、魔王が生まれないようこの世に名を馳せ続けていた。
かく言う剣聖も、勇者の子孫の1人である。200年前、闇の一族である吸血族を殲滅したのが彼の一族だった。しかしながら、妊婦だった吸血鬼を、剣聖はどうしても殺せなかったのである。なぜならその父親が、彼の知る一人の人間だったからだ。子供が生まれたら、人間として育ててほしいとその男はいった。人の血を啜らない限り、子供はどちらかを選ぶことができるのだと。
剣聖は妊婦が闇の力が出せぬよう、聖力溢れる神殿の地下に閉じ込めた。だが、それに耐えられなかったのかある日、妊婦は死んだ。食事は人間の血しか飲めなかったのだから当然と言える。しかも身籠っていたとあれば、栄養も足りなかったのだろう。餓死という事になった。とはいえ、ついぞ赤子は見つからなかったのである。
当時の見解で、母親は飢餓に負け、赤子の血を啜ったのではないかということだった。吸血鬼は同族を殺さない。だが、赤子は、半分人間だったから。
けれど、赤子の体も骨も見つからなかったことから、剣聖は赤子は生きているのではと考えた。吸血族は寿命が長い。母親からもらった乳だけでしばらくは生きていけるのかもしれない。生態をよく知る前に殲滅してしまったから、赤子についてまではわからなかったのである。剣聖は情けをかけて、吸血族の生き残りを作ってしまったことを悔いた。もし人の血を喰らう前に見つけ出せば、人間として育てられる。だが、もしそうでないときはこの手で始末をつける、と心に決めた。だが、それは彼の有限な生では叶えられなかった。だからこそ、資料を未来の子供達に残したのである。それを家訓のように大事に持っていた亡き大公に、オリヴィエは拍手を送った。
たとえ、身近にその存在がいた事に、全く気が付かなかったとしても。
オリヴィエを含むエリン王国の王家は、勇者の血を引いている。8人姉妹は仲が良く、全員が聖魔力を持って生まれた。
加護の大きさはそれぞれだったが、生まれ落ちた時からオリヴィエは特別だった。勇者の持つ短剣を体内に持って生まれて来たのだから。父王は、その剣が顕現した時、オリヴィエの力が必要になる。それまでに力を蓄えなさいと様々な教育を施した。そしてオリヴィエは勇者と聖女の見てきたこの世界の、過去の知識を持って生まれて来たおかげで、言語に困る事はなく、歴史書を紐解き、現在のバッハルト公国のある場所が穢された聖地であることを突き止めた。調べてみると、今は旧神殿となった廃墟からわずかとはいえ瘴気が湧き、増え続けているという。
おそらくは生き残りがいる。とはいえ、他国の王女でしかも当時まだ5歳だったオリヴィエが突入ところで、鼻で遇われるだけだ。そこでこの大陸で一番力を持つ帝国に協力を願ったのである。
皇帝は、オリヴィエを馬鹿にしなかった。古代語で書かれた歴史書の写しを見せ、近い未来の危険を警告する。面白そうに話を聞いた皇帝は、アーサーとの婚約を引き換えに引き続きの警戒と調査を引き受けてくれた。
そうしているうちに、オリヴィエの中から短剣が顕在した。敵が明確に現れた証拠だ。皇帝はこの日のためにオリヴィエが望むことをなんでも叶えて来てくれた。もちろんオリヴィエのことを気に入っていたのは言うまでもないが、それ以上にアーサーがオリヴィエに執着し始めたからだ。
皇族は、広く浅く世の中を見るように育てられ、実力のないものは、たとえ皇族であっても適当にあしらわれる。それは親とは言え、我が子だからと優遇したりはしないのが常だった。長男と次男は、幼い頃から利発で、頭脳派の長男と武道派の次男、それぞれの得意な分野では大人顔負けの能力を発揮し、驚かされた。立場には頓着しないため、権力争いもなく、周りに流されない強さもあった。
末っ子のアーサーは、そうではなかった。何をやらせてもそつなくこなすが、これといって特別な興味を引かず、ただ兄たちの行動を眺めているばかり。それはそれで観察力には優れ、果ては諜報員か、外交員かと皇帝の頭を悩ませた。
そんなアーサーが唯一興味を持ったのがオリヴィエだった。弱冠5歳と言う歳で皇帝に謁見を求めて来て、堂々と懸念ごとを資料を用いて披露したのである。勇者だの剣聖だの、魔王や魔獣、ましてや闇の一族など、子供たちにはまるで神話の如く、だが皇帝には歴史として理解していたわけでオリヴィエの話はあながち空想とは言えなかった。長男は自分で調べてみると退出し、次男は剣聖の強さを頻りに気にした。だが、そこでアーサーがオリヴィエに質問をした。
「君は古代語が読めるのか」と。
オリヴィエの持って来た資料の一部は、確かに古代語と呼べる類のものだった。帝王学を学ぶうちに覚えなければならない言語ではあるが、アーサーはまだ当時5歳で、教育に含まれていなかったのだ。同い年のオリヴィエがスラスラと読めて理解していることにショックを受けたらしい。
それからアーサーはオリヴィエにピッタリと張り付いてオリヴィエの興味のあること全てに首を突っ込んだ。オリヴィエも嫌がる様子はなく、二人で大きな辞典を開き、床に寝そべりながらああでもない、こうでもないと討議(?)を交わす。宮殿内を駆け回り、秘密の抜け道を見つけ出し、帝都に繰り出しては怪しげな魔導具を買い、それをもとに改良を施し。火を使わない灯りを作り出し、人を使わない監視魔導具を開発した。
そんな二人を周囲はハラハラしながらも、暖かく見守っていたのである。
それが、どこでどう拗れたのか、お互いに恋愛感情などまるで持っていないかのように振る舞い、勝手に婚約の解消まで理由もつけて送りつけてきた。空いた口が塞がらないとはこのことだ、と皇帝は頭を抱えたのであった。




