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第13話:秘めた愛と

ちょっと長くなりました。

「……それで、我が弟は、婚約者殿をほっぽってオリヴィエを追いかけていったと」


 一方、ようやくシルヴァン率いる軍隊がバッハルト公国にたどり着き、弟アーサーが見当たらないことを聞きただしてみれば、元婚約者の尻を追っかけて、現婚約者を置き去りにしていったのだと言うではないか。


 シルヴァンは眉間に指を当て、ため息をついた。


「あ、あの。慌ただしくなりまして、誠に申し訳ございません。しかしながら、本日お越しいただいた皆様のご到着を歓迎いたします。つきましては、ささやかながらお食事の準備と、お部屋へご案内したいのですが」


 シルヴァンは軍隊を率いるだけあってかなりの長身で、体つきもアーサーとは全く違う。ナターリエは見上げながらも気丈に振る舞っていた。その内心、実はかなりときめいてしまっている。ナターリエの初恋の人が目の前にいるのだから無理もない。


 そう。何を隠そう、シルヴァンはナターリエの初恋の君なのである。



 初めて出会ったのは数年前。 ナターリエはまだ6歳かそこらだったと思う。父と連れ立って、軍事訓練を兼ねて帝国からの友好国協定に来ていたシルヴァンに出会った。とはいえ、挨拶をするだけだったのだが。


 シルヴァンはちょうど今のナターリエと同じくらいの年だった。すでに凛々しく赤い軍服がとても似合っていた。アーサーと同じ銀髪でも、こちらは短く刈り込んでいて、剣傷だろうか白く跡が残り髪が生えていない場所もある。そんなところもなぜかカッコよく見えてときめいてしまった。


 キリリとした形の良い眉といい、長いまつ毛といい、筋の通った鼻といい。今現在のシルヴァンはますますハンサムに磨きがかかっているようにも思う。愛情豊かそうな唇からまろび出る低音の落ち着いた声が大人の男性を意識させ、ナターリエは今にも叫び出したくなってしまった。


 ぶっちゃけ、何から何までがナターリエの好みだったのだ。


「いや。その前に決め事だけをさっさと片付けてしまおう。こちらこそ、分別を弁えない弟のためにご迷惑をおかけして申し訳なかった。それにお国が大変な時だと言うのに、わざわざ出迎えてくださったことに感謝する」


 そんな事を言われるのをうっとりと聞いていたナターリエだったが、一拍置いて我に帰る。


「と、とんでもございませんわ。アーサー様は……アーサー様にはとてもよくして頂いていますし、オリヴィエ様にも大変ご迷惑おかけしてしまって。それに今もオリヴィエ様は危険な場所におられて、アーサー様が慌ててしまわれたのも無理がない事と存じます」


「そうですか。それで、あなたはアーサーで満足できると?」


「は、はい…?」


 シルヴァンは、片手を差し出しナターリエをエスコートに誘った。なんて自然な紳士なのかしらと、きゃあきゃあ騒ぐ心の中を沈めながら、そっと手を預けるとキュ、と軽く手を握られ硬直した。


「私では、役不足でしょうか?」


「え……?」


 突然、熱のこもった視線を向けられてナターリエは思考停止した。






 公国に辿り着いて一番、シルヴァンはナターリエを視界に入れた。青みがかったプラチナブロンドに愛らしい新緑の瞳。ツンと顎をあげ貴族令嬢然としているが、肝はかなり据わっているらしい。自分よりも大きな男どもに並ばれても、視線を泳がせることもなく綺麗なカーテシーで迎えてくれた。かなり好感が持てる。


 もとより、皇帝から資料を見せられたときも、国のためにと婚約者の変更を即決したような女だと聞いた。決断力のある女性だ。実に好ましい。これでまだ15歳だと言うのだから、先が楽しみで、正直アーサーに嫉妬をした。


 オリヴィエといい、彼女といい。アーサーは俺たち兄弟の中、誰よりも女運がいいと見える。


 だと言うのに、アーサーのやつめ。まあ、オリヴィエの危機だと言うのであれば当然の行動だと思うが、帝国の皇子としては落第点をつけてやる。


 しかし、ならばこちらの彼女は俺がもらっても、あいつは文句も言えんだろう。それどころか、元さやで感謝しそうな気もする。本人は気づいていないのだろうが、あんなにべったり深く愛しあっていながら、幼い頃からの腐れ縁だの、相棒だの、よくほざいたものだ。そのくせ俺たちがオリヴィエにちょっかいを出せば、大慌てで飛んできて子猿のように威嚇していたくせに、そう言うところはすっぽり忘れているんだろうな。


 さて、ナターリエ・ファーガソン侯爵令嬢か。昔、一度あったことがある。本人は覚えているかどうかわからんが、俺の嫁候補に選ばれていたはずだ。その頃は兄上が結婚したばかりの頃だから、俺はまだ必要ないと断ったのだが。


 まあ昔は昔、今は今。親父にも俺に任せると言質をもらったから、少し頑張ってみるか。幸い心象は悪くなさそうだし。帝国の男はこれと決めたらしつこく、強引だと知ってもらわねば。


 俺はなるべく当たりの良い笑顔をナターリエ嬢に向けてみた。真っ赤になって潤んだ瞳でこちらを見上げている。かわいいな。年の差八つはまだ、いけるよな?


 後ろで俺を睨みつけているのは……ああ、親父さんか。申し訳ないが、国のためにと立ち上がるような強い女性を放っておくわけには行かなくてな。


「アーサーではなく、俺、いや、私を選んではくれまいか」


 悪く思うなよ、アーサー。





「ハックション!」


 私は何か悪寒がして、体を震わせた。オリヴィエを追って来たは良いものの、公爵邸では大公の撲殺死体で大騒ぎだ。衛兵を呼んで騎士団を呼び寄せるように伝えたが、オリヴィエが容疑者になっていて、私はそれを訂正しなければならなくなった。1から説明をして、そもそも大公のような巨体を女手一つで撲殺できるわけがないだろうと言えば、それもそうかと納得できたようだ。まあ、オリヴィエだったらできるんだが、そんなことは知らなくてもいいだろう。


 それと同時に、失神していたメイドが目を覚まし、半狂乱になってエドワード様が、ご乱心に!と叫んでいるし、メイドと側近の一人が血まみれになった公子が出ていくのを目撃しており、オリヴィエがその後を追いかけるのを見たと言う庭師のおかげで、容疑は晴れたようだ。私も急いで公爵邸を後にした。


 オリヴィエからの連絡はまだない。まさか、通信もできないような状況に陥っているんじゃないだろうな。


「くそっ、やはり1人で行かせるのではなかった。私の計算ミスだ」


 兄上が来ると聞いてから計画を変更した。


 兄上が到着したら、オリヴィエについていく予定だった。今すぐでは無いけれど、ナターリエを自由にさせる気満々でいたのだから。そしてナターリエ嬢が、兄上の好みであることも承知の上で。


 シルヴァン兄上には婚約者がいない。戦場に立つ男だから、女は邪魔になると言っていたけど、そうじゃない。帝国で、1人にさせるのが嫌なのだ。実力主義の帝国人は、隙あらば刺客を放ってくる。男に守られるのが基本の女性ではとてもじゃないが、王族の相手にはなれない。長兄が成婚し、子供は姫が2人。今現在身籠っている子が男であれば良いけれど。ここで、次兄が結婚して皇子を産もうものなら、大変なことになる。それを危惧しているのだ。


 けれど、もし公国が属国になれば?私よりもシルヴァン兄上の方が守りに堅い。ナターリエ嬢は自立していて度胸もある。そう言う点ではオリヴィエと似通っているから、シルヴァン兄上の好みのツボに嵌まる。あとは、ナターリエ嬢が兄上を気に入るかどうかの問題だけど。私のことは男として見ていないようだし、なんとなく、たくましい男性が好きそうな気がする。父親の財務大臣も割とガッチリしている方だし。


 ナターリエ嬢には、本当に申し訳ないと思っている。二度も婚約者の変更をさせて、恥をかかせている自覚もある。願わくば、兄上がうまくやってくれることを祈って。


「この婚約は、君の人生を縛るためのものじゃない」と伏線をはったのも、「結果を出せば、後はそれぞれ自由になればいい」と銘打ったのも、私は自分勝手で、日和すぎて、長には向かないとどこかで気づいていたからだ。


 愛されないのは、怖い。いてもいなくてもいい存在として生きてきた私に、光を注いでくれたのはオリヴィエだった。平凡でも生きてもいいと、私が隣にいてもいいのだと、居場所をくれたのがオリヴィエだったのだ。


 私には、オリヴィエがいる。いや、オリヴィエでなきゃだめなんだ。と非常に遅まきながら気がついた。簡単なことだった。真実は、誰かが定義するのもではなく、私の中にあったのだ。


 オリヴィエは強い。強いが、それでも私と同い年の女の子だ。怖くないわけがないし、1人で平気なはずがない。もし彼女に何かあったら、私は――。


 考えるより先に、追いつかなくては。


  

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