第11話:エドワードの崩壊
エドワードの怒りは、内側から静かに燃え広がっていた。
学園でも家でも、思い通りにならないことばかり。ツンとすましてニコリともしない可愛げのないナターリエに婚約破棄を言い渡し、自分に泣き縋るってくるのを笑って詰ってやろうと思っていたのに。ことも無げに「了承しました」と言い返された。
それならば、予定通りに侯爵家の一族郎党を捕まえてナターリエを一番最後に、1人ずつ惨めに羽虫のように殺してやろうと、言おうとしたところで、邪魔が入った。
「帝国の第3皇子に、一体何の権利があって俺たちの婚約に割り込んで来るというんだ!」
財布を握って出し惜しみをする侯爵家に、それに追随する下っ端の貴族ども。みんな揃って俺の邪魔をする。俺のいうことを聞かないで、すぐに嘲笑い、もっと考えてから口を開けという。大人しく飾りでいろと言外に言っているようなものだ。
婚約者を惨めに切り捨てたはずなのに、あの女は泣きもせず、怒りもせず、まるで自分が選ばれた人間であるかのように振る舞い、何事もなかったかのように帝国第3皇子に守られている。こんなはずではなかった。俺は、皆に認められ、祝福され、頂点に立つはずだったのに。惨めに切り捨てられたのは、どちらだと言わんばかりの態度で。
そして、追い打ちをかけるように――父が苦言を呈しに現れた。
「エドワード!聞いたぞ、婚約破棄などして、お前は一体何をしているんだ!」
「何って、なんだよ今更!俺は次期大公としてふさわしい女を選んだだけだ!誰も彼も俺を馬鹿にしやがって!何が悪かったというんだ!真実の愛だぞ!?なぜ誰も褒め称えないんだ!」
「はっ、真実の愛だと?腑抜けたことを。貴様の真実の愛の相手はミラだと聞いたが?あれは娼婦と同じ類の娘だ。まあ、身体はそこそこだが大公妃などにはなれん。せいぜい妾か愛人止まりの飾りよ!全く人が苦労して大臣の娘を充てがってやって、ようやく安心できると思っておったのに、勝手に破棄などしよってからに。貴様には大公の地位など譲れんわ!わしがもう一人、仕込んだ方が早い。お前が婚約破棄した大臣の娘でも、それくらいは役に立つだろう!」
「はぁ……?身体、だと?ち、父上はまさか、ミラと」
「若造が、色に溺れたか。言っただろう、あれは娼婦と同じだと。浅はかで股は緩く、言葉遣いすらなっておらん。あんなものを大公妃にするなど、寝言は、ガァッ!?」
その後の言葉は、言わせなかった。エドワードは、真実の愛を穢された事と、よりによって父親に最愛を寝取られていた事に、全身の血が逆流した。
怒りが頂点に達する。言葉も理性も吹き飛び、ただ手が、体が暴走する。
「――くそが!ジジイが!俺の女に!死ね!大公の地位は、俺の、ものだ!偉そうにしやがって………っ!!」
抑えきれぬ衝動に突き動かされ、右手を振り抜いた。顔面を殴られた大公は床に転がり、それを追いかけるようにエドワードは足で大公の腹を蹴り上げる。血が顔に飛び、その鉄臭い匂いで、ますます興奮状態に陥る。殴り、蹴り、拳が血塗れになったので、机の上にあったペーパーウェイトでさらに殴り、言葉もなく逃げようと這い回る父親に向かって、暖炉のそばに備え付けられていた火かき棒を振り上げ、何度もその太った身体を打ちのめした。腹が裂け中身が押し出され、それを踏みつけにする。骨が砕ける音が響き、頭が陥没し、脳が飛び散り、そこで初めてエドワードはその手を止めた。
息が上がり、足元に転がった死体を見つめる。もう、ピクリとも動かない。
「こ、殺した……俺が、あ、あはっ。お前が、悪い、ミラに手を出すから、お前が……っち、父うえ……っ」
その原型を留めない死体を前に、初めて自分が手を汚したことを自覚するが、怒りと恐怖は収まらない。血に染まった手で顔を覆う。全身が猟奇に染まった。
「……ミラ……そうだ、ミラに確認しないと、俺を裏切ったら、どうなるか教えないと、」
そう呟き、血に塗れたまま彼は旧神殿へとよろよろと走り去った。旧神殿。ミラが潜む場所。そこで自分の疑念を解消し、ミラを問い詰める――その衝動だけが、彼を突き動かしていた。
その光景を、息を殺して見つめていたのは、オリヴィエと部屋の片隅にいたメイドたち。メイドたちは悲鳴ひとつあげられずただ片隅で恐怖に失神していたが。
オリヴィエは、公爵家の領地内にある旧神殿への立ち入り許可をもらうために、大公の元へ訪れていたのである。
呑気にも何も知らなかった大公へ、学園での出来事を話したのだ。大公が全く何も気がついていなかった事に警戒心を持ちはしたものの、とにかくミラという女性は危険であり、吸血族の可能性もあることを忠告したのだが、その途中、いきなり怒り出した大公が、息子であるエドワードに詰め寄って行ったので、メイド共々追いかけて呆然とその様子を見ていたのである。
そして事の詳細を、壁際に張り付いたまま記録していた。
突然の事にみじろぎひとつしなかった事と、エドワードが乱心していたおかげで、オリヴィエの存在は気づかれなかった。物音に何事かと駆けつけた側近や使用人が悲鳴を上げて、大騒ぎになったところで我にかえり、血塗れで床に転がった大公の死体を確認して、ミラは通信魔導具でアーサーに連絡を入れた。
その頃、アーサーは帝国から派遣された軍隊の到着をナターリエと国の重鎮たちと共に待っていた。詳細は皆に伝えてあり、あとは貴族的な書類の確認、婚約者を新たにした事による帝国との協定の結び直し、大公の交代に関する承認を兼ねて、念の為の武力派遣。当日になって、兄であるシルヴァンが来ると聞かされ、急遽アーサーも待機する事になったのだ。
オリヴィエは1人で行動すると言って出かけたが、落ち着かない。大公家に1人で乗り込んで何かあったらどうするんだ、と心配したが「あなたはナターリエ様をお守りする大事な役目があるでしょう」と言われて渋々了承するしかなかったのである。
ああ見えてオリヴィエは、強い。物理でも魔法でも。シルヴァン率いる部隊と鍛錬にも出ていたし、家宝だという短剣も常に懐に入れてある。これまでに何度か命を狙われた際にも危なげなくあしらっていた。それに加えて魔導具部団長でもあるオリヴィエだ。よくわからない魔導具を、いつもいくつか身につけているから、魔王でも出てこない限り大丈夫だと豪語している。
だからこそ、アーサーは安心して彼女の背後で落ち着いていられたのだ。
――通信具からの情報が入るまでは。




