代理フェアリー・ゴッドマザーになりました
また童話ネタ書いてみました。よろしくお願いします。
(※10/14 追記しました)
「は!?花嫁選び!?」
届けられたお城からの御布令に目を通して、めまいがした。いや、見間違ったのかも?と改めてじっくり読むが、やはり『花嫁選び』の舞踏会の案内らしい。しかも、婚約者等がいない年頃の娘全員って……これ、いつまでも婚約者を決めない殿下に対して周囲は半分ヤケになっているのでは?
「お嬢様、この舞踏会は参加必須となっていますよ」
御布令を持ってきてくれた執事が心配そうにこちらを見ている。わたしが参加したがらないことを理解しているからだろう。
「大丈夫よ。幼馴染みの花嫁選びですもの。出席するわ」
ホッと安堵の表情を浮かべて立ち去る執事をさすがに申し訳ない気持ちで見送ると、少し年上の幼馴染みの顔を浮かべた。
まがりなりにも公爵令嬢なのだから、おとなしく出席はする。でもね?殿下が早く妃を決めてくれていれば、こんな茶番に出席せずにすんだのだけれど。
たぶん殿下に婚約者が決まらないので、わたしの婚約者決めも進まずにいる。仲がいいうえに公爵令嬢なので、婚約者筆頭候補の位置付けだろう。国王陛下にお会いするたびに嫁に来てくれオーラがすごかったし。
「……早く決めてくれていたら、お妃教育なんてものも受けずにすんだというか…いや、こんなお御布令を出すぐらいならお妃教育を受けてなくても良かったのでは!?」
あの血のにじむようなお妃教育を思い出し───殿下への恨みつらみが募った。今度殿下に会ったらどうしてくれようかと思ったが、ふと困ったような笑顔を思い出す。まあ、殿下にも事情があるのだろう。お妃教育は決して無駄にはならないし、良い勉強になったと思うことにしよう。
とりあえずは夜会に行く準備をしなくては、と溜息をついた。
───舞踏会当日。公爵令嬢にふさわしいドレスに身を包んだわたしが馬車に乗り込もうとしたその時、近くでドスン!と大きな音が響いた。護衛の騎士たちが何事かと音のする方向に駆けつけていく。
「大丈夫かしら…」
騎士たちの無事が気になって、馬車に乗り込むことはできない。……原因が分からないから下手に動かないほうがいいと思うしね、うん。
20分ほどすると、護衛騎士たちが戻ってきた。1人の騎士は初老と思われる女性を抱き抱えている。女性は青ざめた顔をしていた。
「こちらの女性が倒れていました」
「まあ、体調が悪くていらっしゃいます?」
さすが我が家の騎士たち、よくやった。後で褒美をあげよう。
内心で騎士たちを褒め讃えていると、女性は目を潤ませて静かに首を振った。
「体調は悪くないのですが、今の衝撃で腰が痛くて…ああ、どうしよう時間がないのに…」
今にも泣き出しそうな女性に私は差し支えなければ、と事情を尋ねることにした。すると彼女が話し始めたのはとある伯爵令嬢のことだった。
「シンデレラさん?」
「心優しい娘でね…彼女の手助けをして今夜の舞踏会に参加させてあげようと思っていたのに、この腰では…」
伯爵家の噂は耳にしたことがある。伯爵が行方不明だとかで、後妻の夫人が仕切っているとか何とか。まさか後妻とその娘2人が正統な伯爵の娘をいじめているとは思わなかった。……もしかしてその3人はおバカなのでは?そんなことをしていたら伯爵がこのまま見つからなかったとしても、いずれ彼女の夫となる方が伯爵になれば追い出されるだろう。いじめるどころか、媚を売っておけばいいのにね。
「後生です。どうか、シンデレラの元に連れて行ってはもらえませんか?」
とても辛そうなのに、フェアリー・ゴッドマザーなのだという女性はなおもシンデレラさんを救いたいと望んでいるらしい。どうやって救うのかと思ったら、魔法をお使いになるという。すごいことだ。
それにしても、シンデレラさんはよほど素晴らしい方なのだろう。わたしはにっこり微笑んだ。
「いいえ、ぜひ我が家でゆっくりお休みください」
「え?」
「シンデレラさんはわたしにお任せくださいな」
腰を痛めた彼女にはゆっくり休んでもらって、魔法は使えなくても我が公爵家の財力を使いましょう。フェアリー・ゴッドマザーがこれほどに幸せを望むシンデレラさんなら、殿下の花嫁も決まったようなものではないだろうか。伯爵家どころか王族に入るなんて、継母たちの反応も楽しみじゃない?
わたしはワクワクしながらドレスなどを取り揃えて急ぎ伯爵家へと向かった。
「あの、本当によろしかったのでしょうか…」
お城に到着してまさに入場という時におずおずと声をかけてきたのは、美しく着飾ったシンデレラさん。フェアリー・ゴッドマザーが肩入れしたくなる気持ちがよく理解できるほどに人柄の良い方だった。年齢はわたしと同じとのことで、いい友達になれそう。
「本当になんとお礼を言えばよろしいか…いつかご恩返しができれば良いのですが…」
「大丈夫ですよ、お気になさらず。わたしもあなたとお知り合いになれて嬉しいのですから」
「ありがとうございます。実はずっとお会いしたい方がいたのですが、父の行方が分からなくなってから社交の場に顔を出せなかったものですから」
その顔を見てわたしは驚いた。それはまさしく恋する乙女のものだった。相手はどなただろう───殿下、でいいよね?今夜は殿下の花嫁選びの場だし…。
少々不安に思いつつも会場に入ると、シンデレラさんがまず目を向けたのは玉座だった。ああ、おそらく国王陛下のそばにいる殿下を見ているのだと安堵したのもつかの間、思わずといった感じで呟いたシンデレラさんの一言に耳を疑った。
「ああ、陛下…今日も素敵…」
「え…?」
シンデレラさんがうっとりと見つめているのは国王陛下自身だった。いや、うん。確かに陛下は素敵な方だ。王妃様を亡くされていて、お独りの身。問題は何もないが、父親ほどのお年。年齢が開き過ぎて、婚姻対象に考えたことはない。
「シ、シンデレラさん…陛下のことが?」
「お恥ずかしながら、父に連れられて初めてお会いした時からお慕い申し上げているのです」
……えーと……あまりの想定外に内心パニックに陥ったわたしの手に誰かが触れた。驚いて手を引くと、そこにはいつのまにか今日の主役の王太子殿下が立っている。
「来てくれないと思っていた」
嬉しそうに再びわたしの手をとる殿下は今度は払えないほどに力強く握りこんできた。
「え、なにどういうこと?」
焦るわたしを連れて広間の中心へと向かっている。シンデレラさんのほうに視線をやると少し驚いた顔をしていたが、やがて微笑ましい表情を浮かべて小さく手を振ってきた。
「賭けていたんだ、君が今日来るかどうか。もし来なかったら、それなりに皆が認める相手を妃に選ぶつもりだった。でも、来たなら───この手を離さないと決めていた」
広間の中央に着くと、殿下は跪いてわたしを熱のこもった瞳で見上げてくる。
「君をずっと愛している。どうかともにこの国を盛り立ててくれないか」
───だって、今日の舞踏会は強制力があったでしょ。来るに決まっているじゃない。……ううん、きっとそれでもわたしが来ないかもと不安に思っていただろうことは分かる。幼馴染みだものね。殿下の言葉を咀嚼して理解したわたしはきっと真っ赤になっているだろう。こんな深い想いを向けられているなんて気づかなかった。
でもズルいなあ、これで断れるわけないじゃない。
「はい、末長くよろしくお願いします」
瞬間、それまで静まり返っていた広間は大きな拍手に包まれた。『おめでとうございます』という言葉も耳に届く。
立ち上がった殿下は幸せそうにわたしの腰を抱いて、皆の歓声に手を挙げていた。
余談だが、シンデレラさんは国王陛下と結ばれることになった。シンデレラさんとわたしが仲が良いこともあり、前代未聞の国王陛下と王太子殿下の同時挙式となった。姑と嫁という関係になったわたしたちはいっそう絆が強くなり、陛下と殿下が妬くほどに仲良しだ。
シンデレラさんの義母と義姉がどうしたかって?まあ歯ぎしりしながら、どこかでどうにか暮らしていっていることでしょう。
そして、シンデレラさんのお父様について。なんと、ご無事に帰って来られたの!仕事で異国に行った際に生死をさまようケガをされたためになかなか帰って来られなかったそう。帰国されたら、自分と変わらない年齢の国王陛下と結婚していた娘に少し…いや、かなり複雑なお気持ちになられたようだけれど、皆幸せに暮らしています。
お読みくださってありがとうございました。今回も楽しかったです。
※追記分、せっかくシンデレラの父を行方不明にしていたのに、書き忘れていました…