9話 仲間
猫のシャムは、どうやらオレがつけた名前を気に入ってくれたようだ。
メニューを開いて確認すると、シャムの名前が『無し』からちゃんと『シャム』に変わっている。
(……ゲームシステムも、認めてくれたのか?)
オレは少し誇らしげに笑いながら、さらにシャムのステータスを開く。
そして思わず目を見張った。
「レベル32……!?」
思わず声が漏れる。
オレは、つい先日ジャイアントベアーを倒してレベル11になったばかりだというのに、シャムのレベルはオレの約3倍。
(凄いな、シャム……。見た目は可愛いけど、まさかオレより強いなんて⋯⋯⋯)
更にシャムのステータスを確認する。ステータスの中にある“ジョブ”欄には、《狩猟》の文字が浮かんでいる。
(まぁ、猫だからな。小動物を狩って生きてるんだろう。もしかしたら、オレの代わりに食料を調達してくれるかも……?)
そんな淡い期待を抱きながら、オレはシャムに尋ねてみる。
「シャム、お前は普段、何を食べてるんだ?」
シャムはちょこんと首を傾げ、少し考えてから答える。
「僕はネズミをよく食べるよ。でも魚が好きニャ」
シャムが思い出したかのように川原の魚を見ている。
オレはそんなシャムを見ながら思う。
(ネズミ……か。流石にオレはちょっと遠慮したいな)
「ネズミ以外はないのか?」
もう一度聞いてみると、シャムは再び小首をかしげてから答えた。
「うーん……うさぎも食べるニャ」
(おっ! それはいいかも知れない!)
うさぎは美味いと聞いたことがある。柔らかくてクセがなく、鶏肉のような味らしい。
それに、ちゃんと火を通せばオレにも食べられるはずだ。
オレは思わず身を乗り出し、シャムに頼んでみる。
「シャム、オレはうさぎが食べたいんだが……狩れるか?」
シャムは目を輝かせ、即座に答えた。
「出来るニャ!」
そう言うと、近くの魚を一口で「パク」と食べてから、ふわりと地面を蹴り、森の奥へ音もなく駆け出していった。
その身のこなしはまるで影のように軽やかで、見る間に姿が森の緑の中に溶けていく。
オレは川原の石の上に腰を下ろし、焚き火の準備をしながらシャムの帰りを待つ。
時折風が吹き、木々のざわめきが耳をくすぐる。川の河音が心地良い風をオレに送る。
◆ ◆ ◆
それから1時間ほど経った頃。
風の匂いが変わり、森の茂みからシャムが姿を現した。
口には小さな白いうさぎを咥えている。
「主に上げるニャ」
「おー! シャム、ありがとう!」
シャムが誇らしがな顔をしている。
シャムがオレのためにうさぎを狩ってきてくれた。
オレは思わず立ち上がり、両手でうさぎを受け取る。
まだほんのりと温かく、毛並みの美しさからしても鮮度は抜群だ。
(よし、シンプルに焼いて食べよう)
サバイバルナイフで何とかうさぎを捌き、焚き火の横に置く。
(ゆっくり遠火で焼こう!)
香ばしい匂いが辺りに漂い始め、腹の虫が騒ぎ出す。
やがて皮はこんがりと焼け、肉汁がじわりと滴る。
「……そろそろ良いか」
かぶりついた瞬間、柔らかくも締まった肉が口の中でほろりと崩れる。
「美味い……!」
鶏肉に似た淡白さの中に、ほんのりとした甘みがある。臭みもまったくなく、焚き火の香りが絶妙にマッチしている。
「シャム、お前も食べるか?」
小さく切り分けて渡すと、シャムもぺろりと平らげた。
「主、美味しいニャ!」
オレは思わず笑みがこぼれる。
一匹の猫かもしれないが、シャムはオレにとって初めての「仲間」だ。
今までオレには、仲間なんて一人もいなかった。
でも今は、シャムと一緒にこうして焚き火を囲み、同じ食事を分かち合っている。
(仲間と食う飯って、こんなに美味いもんだったんだな……)
ふと、シャムのステータスをもう一度確認する。
今さらながら気づいたのは、MPの数値。……オレの倍以上ある。
(……え、オレ魔法使いなのに、猫よりMP低いのかよ)
軽くへこみつつも、さらにジョブ欄を見ると、そこにはもう一つのジョブが表示されていた。
[ビーストテイマー]
(おぉっ……カッコいいじゃないか!)
獣を使役する職業……。まさかシャムがそんなジョブを持っていたとは。
試しにジョブの切り替えを行う。
指先でタップするだけで、あっさりと[狩猟]から[ビーストテイマー]へと変更された。
シャム本人には特に変化はなさそうで、相変わらずどこかマイペースなオーラを漂わせている。
シャムのジョブ[ビーストテイマー]の力を試してみたくなる。
「シャム、動物を操ったことってあるか?」
シャムは目をしばたかせながら首を振る。
「ないニャ」
「じゃあ、ちょっと試してみよう。近くに動物はいないか?」
「……ネズミがいるニャ」
「そのネズミに向かって“テイム”って言ってみてくれ」
「わかったニャ!」
シャムはスッと立ち上がり、近くの草むらに視線を向ける。
その瞳がキッと鋭く細まり、瞬時に獲物を捉えた。
「テイム!」
シャムがそう叫ぶと、草むらから姿を現した一匹のネズミがぴたりと動きを止めた。
次の瞬間、ネズミはまるで操られるかのように方向転換し、オレの方へと向かってくる。
「お、おい! 来るな! 来るなってば!」
オレは慌てて後ずさる。
その小さな足音が地面を叩くたびに、背筋がぞわぞわしてくる。
「シャム! 止めてくれ! オレ、ネズミはちょっと無理だ!!」
「……主、ネズミは苦手ニャ?」
「当たり前だろ!」
ネズミは止まり、くるりと向きを変える。
シャムは「了解ニャ」と言ってその場に腰を下ろした。
オレは胸をなで下ろしながらも、心の中で思う。
(……色々あるけど、やっぱりシャムはすげぇ)
うさぎの肉の余韻がまだ口に残る中、オレの旅は、少しだけ温かく、そして確実に前に進んでいた――。
そしてオレは学ぶ。
〈仲間といると楽しい〉
と言うことを。