8話 討伐後
(ジャイアントベアーを倒したんだ……)
オレは、かつて一度敗れ、殺されかけたあの巨大な敵をついに打ち倒した。全身に込み上げる達成感と興奮が抑えきれず、思わず両拳を突き上げてガッツポーズを決めてしまう。
(今どきガッツポーズって……恥ずかしいけど、まぁ誰も見てないし、いいか)
そう、ここは異世界。人間の姿など、来てからまだ一度も見ていない。まさか誰もいないということはないだろうが……誰か、仲間が欲しい。いや、仲間が必要だ。
魔王を討つ旅路に、仲間は不可欠だ。今の戦いだって、信頼できる仲間がいれば、もっと楽に、もっと早く決着がついていただろう。オレは新たな目標を見据える。
(そうだ、まずは仲間を探そう!)
オレは魔法使い。ならば、前線を任せられる“戦士”タイプがいい。重装備で盾を構え、敵の攻撃を受け止めるような、頼れるヤツが理想だ。
(仲間と出会って、共に戦って、笑い合って……そんな友情が生まれたら最高だな!)
高鳴る胸を抑えつつ、洞窟の奥へ視線を戻す。ジャイアントベアーが霧散したあの場所。そこに、淡く光を放つ魔石が落ちていた。
しゃがみ込み、それを拾い上げると、目の前のメニューに【中魔石】の文字が表示される。
(ジャイアントベアーの強さなら大でも良かった気がするけど……まあ、小よりはマシか)
軽くため息をつきつつ、中魔石をアイテムボックスに収納する。
ふと、自分の体を見下ろす。さっきまで苦しめられていた傷口は、もう完全に塞がっている。《オート・リカバー》のスキルが完璧に機能しているようだ。
(そういえば、食べ物を探してたんだった)
オレは洞窟を出て、川辺へと足を運ぶ。この川は思ったよりも大きく、水も澄んでいる。川底には10〜20センチほどの魚が、いくつも泳いでいるのが見えた。
(おおっ!結構いるな!)
サバイバルナイフを抜き、川の中へと足を踏み入れる。慎重に魚の動きを追いながら、「えいっ!」と勢いよく突き刺すが……
――全然当たらない。かすりもしない。
何度やっても、魚はスルリと逃げていく。
(ダメだ……これじゃまるで“素人の魚突き”だな。というか釣りもしたことないし、竿もないし)
焦る気持ちを抑えつつ、自分の能力を改めて考える。
(そうだ。オレには魔法があるじゃないか)
川から一度離れ、しっかりと構えを取る。そして、片手を高く突き出して叫んだ。
「ファイアボール!」
魔力が集中し、手のひらから火球が唸りを上げて発射される。狙いは川の中央。火球は見事に水面を直撃した。
――その瞬間だった。
ドッ!!
「ボーーン!!!!」
轟音と共に、川が一瞬にして爆発した。火球が水と接触した地点が、まるで戦場の爆心地のように激しく弾け飛び、土煙と水柱が空へと舞い上がる。
「うわっ……!」
次の瞬間、爆風がオレを直撃した。反応する間もなく、オレの身体は後方へ吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
全身に走る衝撃と痛み。防御の構えも取っていなかったため、モロに食らってしまった。
(っ……ぐぅ……!)
だが、間もなくその痛みがすーっと引いていく。《オート・リカバー》が発動しているのだ。息を整え、ゆっくりと上体を起こす。
(な、なんだ今の……!? オレ、ファイアボール撃っただけなのに……)
改めて川の中心を見る。そこには巨大な水蒸気の柱が立ちのぼり、水が跳ね返ったせいで河原のあちこちがびしょ濡れになっていた。
(……あれは、いわゆる「水蒸気爆発」か!)
熱と水が激しく反応した結果、想像を遥かに超える威力を生んだのだ。
ファイアボールの威力を、オレはここで身をもって知ることとなった。
あたり一面が白く煙っていた。
濃い霧が立ち込め、視界はぼやけている。肌を濡らすこの湿気……間違いない、水蒸気爆発の影響だろう。
(こんなことで危うく死ぬところだった……)
呼吸を整えながら、あたりを見回す。川原には無数の魚が、水しぶきと爆風に巻き上げられて打ち上げられていた。地面には水たまりができ、あちこちに魚がぴちぴちと跳ねている。
(まぁ、結果オーライか!)
自分が無事だったことと、この思わぬ“収穫”に、オレはポジティブに考えることにした。
すぐさま魚を拾い始め、ひとまず【川魚】×99をアイテムボックスに収納する。だが、それでも川原にはまだまだ魚が残っていた。
そのときだった。森の奥から、音もなく一匹の猫が現れた。
(……あれは、以前森で出会った猫だ!)
陽の光を反射して、滑らかな毛並みがきらりと輝く。白い体に黒い顔と足――まるでシャム猫のような風貌をしている。
その猫は静かに、警戒するでもなくこちらへと歩み寄ってきた。そして、オレの足元まで来ると、ちらりと一瞥をくれたあと、近くの魚に顔を寄せ、パクッと食べ始める。
(あぁ……魚が食べたかったのか。こんなにあるんだ、好きなだけ食べていいぞ)
オレは心の中でそう思いながら、猫の姿をぼんやりと眺めていた。
なんだろうな……猫って、見ているだけで癒される。
猫は一匹、また一匹と魚を食べ進める。やがて次の魚を探すために、オレのすぐそばまでやって来た。そのふわふわとした背中が手の届く距離にある。気づけば、オレはその誘惑に勝てず、猫の背にそっと手を伸ばしていた。
すべすべとした毛並みに、指が触れる。すると猫は立ち止まり、じっとこちらを見つめてくる。
その瞬間、突如として視界の端にゲームシステムのメニューが現れた。
『猫と仲間になりますか?』
(……えっ? 猫と仲間? というか、ゲームシステムに仲間機能なんてあったのか?)
戸惑いながらも、猫と視線を合わせる。猫は微動だにせず、真っ直ぐにオレを見つめている。
(……可愛い)
無意識のうちに、オレはメニューの『YES』をタップしていた。
ピコンという音と共に、システムに変化が現れる。ステータス画面に、新たな仲間として「猫」が追加されている。
(おお!早くも仲間が一人加わった! いや、猫だから一匹だけど……)
すると突然、オレの頭の中に声が響いた。
「主、僕を仲間にしてくれてありがとうニャ」
(ええええええ!? 今、喋ったか!? この猫が!?)
オレは驚いて猫を見る。だが、確かに――声が聞こえた。
「そうニャ。主、魚ありがとうニャ。お礼に何かするニャ」
(なるほど……! 猫を仲間にしたことで、ゲームシステムを通じて会話が可能になったってことか。やっぱり、神様からの贈り物はすごい……!)
オレは猫に話しかける。
「お前は、なんて名前なんだ?」
猫のステータスを見ると、名前欄には『無し』と表示されていた。問いかけに対して、猫は首をかしげる。
その仕草があまりにも可愛らしくて、つい笑ってしまう。
「名前は無いニャ。主が付けてくれニャ!」
(名前か……ペットに名前をつけるような感じだろうけど、オレ、今までペットなんて飼ったことないし……)
少し迷いながらも、オレは猫の顔をじっと見つめる。やっぱりシャム猫っぽい見た目が印象的だ。
オレは微笑んで言った。
「……シャムでどうだ?」
猫は目を細めて、静かにうなずいた。
「うん、シャム、いい名前ニャ!」
そしてオレは学ぶ。
〈猫は可愛い〉
と言うことを。