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異世界から学ぶライフスタイル 〜第一部 始まりの地〜  作者: カズー
第九章

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62話 報奨金

 オレは、三人の冒険者が去った後、空いてきたギルドの受付に向かった。

 冒険者証を取り出し、カウンターの女性に差し出す。


「カズーです。クエストの報酬を受け取りに来ました」


 受付の女性は、慣れた手つきでオレの冒険者証を受け取ると、カウンター脇にある魔法のオーブにかざした。淡い光が放たれ、彼女の表情が明るくなる。


「カズーさん、クエストの完遂とフロアマスターの討伐、おめでとうございます!確認が取れましたので、少々お待ちくださいね」


「ありがとうございます」と、オレは素直に頭を下げた。


 やがて、受付の女性は奥の部屋から重そうな革袋を抱えて戻ってきた。


「こちらが今回の報酬になります。参加報酬が銀貨8枚、成功報酬が金貨1枚、最優秀報酬が金貨3枚、そして、フロアマスター討伐の特別報奨金が金貨100枚です!本当におめでとうございます!」


 袋を受け取ると、手にずしりとした重みが伝わってくる。

 全部で金貨104枚、銀貨8枚——とてつもない額だった。


続けて受付の女性がオレに言う。

「それと、今回の結果からカズーさんのランクがテン等級からハンドレッド等級になりました!おめでとうございます!」


「……ありがとうございます」

 言葉に重みがこもった。


 オレは深々と頭を下げ、ギルドの扉を開けて外に出た。街の喧騒が心地よいBGMのように響く。

 今回のクエストで大金を手に入れ、フロアマスターを倒し、そして——新しい仲間の候補にも出会えた。


(これからの異世界ライフ、きっと悪くない)


 そんな期待に胸を膨らませていると、背中のバックパックの中からシャムがひょこりと顔を出した。


「主、あの三人の人間と一緒に行くのは止めてニャ……」


 唐突な言葉に、オレは眉をひそめる。


「シャム……三人の人間って、ギルドで一緒だったあの男たちのことか?」


「そうニャ!」

 シャムは小さな体を震わせて叫んだ。

「僕、あいつらと一緒に旅するの嫌ニャ!」


「どうして嫌なんだ?」と尋ねると、シャムはしばらく俯き、か細い声で言う。


「どうしても嫌ニャ……主には僕がずっと一緒にいてあげるニャ。だから、お願い……二人で行こうニャ!」


 オレは、やっとシャムの気持ちが読めた気がした。

 新しい仲間を迎えようとしているオレに対して、嫉妬しているのだ。


「シャム、オレには仲間が必要なんだ。お前だけじゃどうにもならない」


 その言葉に、シャムは涙を浮かべながら顔を上げて叫ぶ。

「主のためにシャムが戦うニャ!いっぱい獣の仲間をテイムするニャ!ウサギだって捕ってあげるニャ!だから、お願いニャ……二人で旅を続けるニャ……!」


 その懇願に、オレは胸が締めつけられた。だが、現実は残酷だ。


「シャム……お前は猫だ。お前にはできないことがある。敵を防いだり、斬ったり、弓で狙撃したり……お前には無理だ」


 その瞬間、シャムの目に絶望が走った。


「主なんて、もう知らないニャ!」

 そう言い残すと、彼は一瞬でバックパックから飛び出し、夜の街並みに溶けていった。


 オレはただ、呆然と立ち尽くしていた。


(何がいけなかったんだ……)


 不安に駆られてゲームシステムを開くと、「仲間一覧」にシャムの名前が表示されているのを確認する。

(よかった……。まだオレの仲間でいてくれてる。きっと気まぐれで飛び出しただけだろう……)


 少し安心して、オレは師匠・クルワンの家へと帰った。


「クルワン師匠、ただいま戻りました」


「おお、カズー!ご苦労だったな。成果はどうだった?」


 椅子に深く腰掛けた師匠は、厳しいながらもどこか優しい眼差しでオレを迎える。


「はい。フロアマスターを倒して、水の魔法も使えるようになりました!」


「……ほう?水の魔法だと? 本当か、見せてみろ」


 オレは即座に攻撃魔法を放つ。


「ウォーターボール!」


 目の前に大きな水の球が放たれるのを見て、クルワンは目を見開いた。


「これは……本物か。お前は本当にすごいな。教えてもいないのに水の魔法を会得するとは……魔王討伐も夢ではないかもしれんな!」


 オレは、心の底から嬉しかった。

 前の世界では、母親以外誰からも褒められた記憶なんてない。

「褒められる」ことが、こんなに心に温かいものだとは知らなかった。


 クエストの疲れも手伝い、その夜はベッドに入るとすぐに深い眠りへと落ちた。


 翌朝 ―――。


 オレは、城門で三人の仲間たちと合流するために早めに家を出た。

 役割は魔法使い。魔法の杖とマントを装備し、旅支度も万全だ。

 だが、バックパックにはシャムの温もりがない。


(……そのうち戻ってくるさ。この旅から戻ったら魚を持って、迎えに行こう)


 城門にはすでに三人が集まっていた。


「すまない。待たせたか?」


「おはようございます、カズーさん。俺たちも今来たところです。では、行きましょう」


 斥候の男が、先導してくれる。東へ向かうと言う。

 アマンダ姫の講義で聞いたことを思い出す。東には鉱山都市があり、そこにはかつて姫の婚約者だったという男爵の息子がいると語っていた。


 鉱山都市と城塞都市の間はよく整備された街道で繋がっている。冒険者ギルドでは、このルートを行き来する商人たちの護衛依頼が絶えず、人気のクエストとなっていた。


「……こんな場所に初期のダンジョンがあるのか?」


 ふと疑問が浮かび、オレは斥候に尋ねた。

 彼は首を横に振り、少し周囲を警戒するように目を細めて答える。


「はい。だからこそ、他の冒険者たちがまだ発見していないんだと思います」


(なるほどな……)


 オレは新しく加わった三人の仲間と共に、鉱山都市へ続く街道を歩き出す。陽が傾き始めた頃、いくつかの村を通り過ぎ、徐々に人の気配が薄れていくのを感じた。


 斥候が振り返り、小声で提案してくる。


「カズーさん、今日はこの辺で野営しましょう。少し街道から外れた場所に川が流れていて、水の補給にも丁度いいです」


「そうだな。そうしよう」


 オレも同意し、皆で野営の準備に取りかかる。

 バックパックを地面に降ろし、手慣れた動作でテントを設営していると、戦士の一人が俺に近づいてきた。


「カズーさん、聞いたんですけど……その大きなバックパックって、もしかして魔法のバックなんですか?」


 確かに、オレは以前のクエストで、アイテムボックスから武具を取り出していた。それを見た誰かが、噂を広めたのだろう。


「あぁ。運が良くてな、魔法のバックを手に入れたんだ」


「さすがっすね、カズーさん! やっぱ俺たちのリーダーだ!」


(……このバックパックは普通のやつだ。魔法のバックは、アイテムボックスの中に入れてある。ウソってわけじゃないから訂正は必要ないだろう)


 苦笑いを浮かべつつ、オレは食事の準備を始めた。新しい仲間たちとの初めての夕食だ。アイテムボックスから焼き魚、塩漬け肉、新鮮な野菜を取り出して、簡単なスープを作る。デザートに袋に入った色々なフルーツも用意した。


 他の仲間たちも、それぞれ料理を作ってくれていた。骨付きの鶏肉を串で刺し、直火でじっくりと焼いている。


 斥候が、カップを取り出してオレに言う。


「カズーさん。今日はパーティー結成の日です。乾杯しませんか?」


 そう言って、皆のカップに赤ワインを注いでいく。

 戦士の一人が声を上げ、カップを高く掲げた。


「カズーパーティーの結成に、乾杯!」


(パーティー名が“カズー”ってのは、正直ちょっと恥ずかしいな……)


 内心そう思いながら、ゲームシステムのメニューを開く。仲間の一覧には、まだシャムしか登録されていない。まだ、彼ら三人は、本当のオレの仲間にはなっていない。


(まぁ、そう簡単に人は信頼できないもんな)


 オレは三人に向かって笑いながら言った。


「これからは、オレのことは“カズー”って呼んでくれ。敬語もいらないぞ」


 その場の空気が、少しだけ和らいだ気がした。

 仲間の一人――体格の良い戦士が、オレのスープをひと口すすって目を見開いた。


「カズー、これ美味しいな! もっとくれないか?」


 嬉しそうに言うその顔を見て、オレも自然と笑みがこぼれる。


「ああ! 好きなだけ食え! フルーツもあるぞ!」


「うおお、すげぇ! フルーツが腐ってないなんて……ほんとに魔法のバックってすごいな」


「まぁな。アイテムが長持ちする魔法がかかってるんだ」


 オレはまた軽く誤魔化しつつも、皆に料理を振る舞っていく。


 すると、斥候がオレの前に焼いた鶏肉を差し出した。


「カズー、これ……俺たちが作ったんです。ぜひ食べてください」


「ありがとう、いただくよ」


 オレは鶏肉にかぶりつく。

(……うーん、ちょっと焦げてるな。苦い)


 だが、仲間との絆を深める大事な一歩だ。顔に出さず、オレは最後まで食べきった。そして、赤ワインで口の中をさっぱりと流す。


 そのときだった。


 ふと、頭がふらっと揺れる感覚があった。

(……赤ワイン、少し飲みすぎたか?)


 全身に、じわりとした熱とだるさが広がっていく。

 瞼が重い。意識が、ゆっくりと深い水の底へと沈んでいくようだった。


(なんだ、この眠気は……)


 オレはそのまま、地面に倒れ込んで——


 ◆ ◆ ◆


 どのくらい時間が経ったのか、正確にはわからない。ただ、重くのしかかっていた眠気がわずかに薄れたのを感じて、オレは必死に意識を浮上させ、ゆっくりと目を開けた。


 どうやら、まだ野営地にいるようだ。体が冷える。自分の身に違和感を覚え、視線を落とすと、オレは地面に仰向けに寝かされており、いつも身につけている魔法のマントと鉄と革のハイブリッド鎧が外され、下着のようなシャツとズボンだけを着ていた。


(どういうことだ……!?)


 思わず起き上がろうとするが、体が動かない。手首と足首が、きつく縄で縛られていた。皮の縄で、容赦なく締め上げられている。指先には痺れるような感覚があり、思うように力が入らない。


 そのとき、背後で誰かが怒鳴った。


「こいつのバックにはガラクタしか無いぞ!」


 声の主は、戦士の内の一人だ。先程までは、笑いながら食事を共にしていたはずの男が、今はオレの持ち物を荒らしている。


 斥候の声がそれに応える。 「いいから探せ!どこかに【魔法のバック】があるはずだ!そこに、報奨金の金貨100枚も隠してるに決まってる!」


 オレは必死にゲームシステムのメニューを開く。画面が点滅しており、中央に赤くポップアップが表示されている。


『状態異常:麻痺』


(……やられた。麻痺毒か)


 魔法が使えない。しかも、HPゲージがじわじわと減っている。《オート・リカバー》のスキルは発動しているが、回復量より毒の減少速度のほうが上回っている。手も足も使えず、アイテムボックスからポーションを取り出すこともできない。


 そのとき、もう一人の戦士が気づいたように言った。


「おい!こいつ起きたぞ!あんなに睡眠薬と麻痺毒をぶち込んだのに、もう目覚ましやがった!」


 斥候が近づいてくる足音が聞こえた。ジャラッという金具の音と共に、オレの目の前に彼の顔が現れる。そして、光を反射する鋭いナイフの刃先が、ゆっくりとオレの頬に押し当てられた。


「カズー……魔法のバックはどこだ? 大人しく教えれば、命だけは助けてやる。だが……黙っていれば、どうなるかわかってるよな?」


 その目には、殺意が宿っていた。脅しではない。こいつは本気だ。


 オレは、何も言わなかった。いや、言えなかった。


(こいつらは……冒険者じゃない。盗賊だ。魔法のバックを渡したところで、オレを生かしておくはずがない。オレはこいつらの本当の正体を知ってしまった。それを奪った後、こいつらは必ずオレを――)


 沈黙するオレに苛立ったのか、斥候は舌打ちをし、オレの指にはめられていた【攻撃の指輪】と【防御の指輪】を無理やり引き抜いた。


「ったく……こいつ、まだこんなもん持ってやがったか」


 そのまま指輪を自分のポケットに押し込み、舌なめずりしながらニヤリと笑う。


 そして、オレの足をナイフで無造作に突き刺す。麻痺の状態異常にあるはずなのに、足から全身を貫くような激痛が走った。


「答えろ!」


 次に、戦士がオレの鳩尾に鋭い拳を叩き込む。


「ゲホッ……!」


 腹をえぐられるような痛みと呼吸の苦しさに、オレは激しくむせ返る。


 その後の拷問は執拗だった。殴られ、蹴られ、何度意識を失いかけたかわからない。それでも、オレは決して口を割らなかった。


「………………」


 やがて、斥候の男が諦めたようにオレのところに戻ってくると、冷たい声で言い放った。


「もういい。時間の無駄だ」


(……まずい、このままじゃ殺される。何とかしないと)


 だが、麻痺毒と拷問で体は動かず、意識も徐々に薄れていく。


そして――


 その男はナイフをオレの心臓に躊躇なく突き立てた。


 薄れゆく意識のなかで、オレは奴らを心から呪った。


 だが、奴らはそんなオレの様子を嘲笑うかのように高笑いをあげながら、戦利品を入れたオレのバックパックを抱えて城塞都市へと戻っていく。


「この魔法の杖とマントと鎧に、指輪が二つだ!いい稼ぎになったな!」


 オレの命と引き換えに、彼らが手にした戦利品が遠ざかる。


 深い闇が、オレを飲み込もうとしていた⋯⋯。


 そしてオレは学ぶ。


 〈人は信用するな〉


 と言うことを。


 fin(第二部につづく)

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