60話 フロアマスター
オレたち冒険者は、ダンジョン第三階層――その奥に構えるフロアマスターの部屋の前で、最初のアタックチームを決めるために集まっていた。
オレが魔法を連発していることは、団長をはじめとして、この場にいる全ての冒険者に知られている。魔法の火力と援護のおかげもあって、これまでの戦闘では脱落者を一人も出していない。だからこそ、オレのようなソロや少人数パーティーでも、他のパーティーと組んで行動することができている。
団長は、すでに最初のアタックチームを選んでいた。都市の冒険者ギルドに所属する三つのサウザンド等級パーティーのうちの一つ――今回のクエスト参加パーティーでもっとも高位の実力者たちだ。オレがテン等級なので、彼らは二階級も上。第一階層、第二階層のフロアマスターも、彼らが全て討伐してきた。
その実績が示す通り、誰一人として不満を漏らす者はいない。まさに、実力で誰からも信頼される存在なのだろう。
サウザンド等級の彼らは六人編成。前衛に三人の戦士、中衛に二人の魔法使い、そして後衛に一人の斥候という、極めてバランスの良い構成だった。
彼らが静かに前室へと歩いていき、フロアマスターの部屋へと姿を消す。
オレたちは、待った。
……しかし、思いの外、扉が早く開いた。
現れたのは、誰の姿もない空の前室。冒険者たちの視線が、一斉に奥のフロアマスターの扉に注がれる。
――開いていない。敗北だった。
団長の肩が大きく落ちる。その表情には、衝撃と困惑が混ざり合っていた。彼らの敗退は、誰も予想していなかったのだろう。
だが、冒険者たちは怯まない。誰もが、討伐すれば得られる莫大な報酬と名声を夢見ているのだ。ここで挫ける者などいない。
すぐさま、団長と各パーティーのリーダーが集まり、次のアタックチームを決める。今度はハンドレッド等級――★3ランクのパーティーだ。ちなみに、バインのパーティーも同じハンドレッド等級だが、オレがテン等級のため、評価としてはわずかに下となる。
次のチームが、無言で前室へと入っていった。
そしてまた、オレたちは待った。
……だが、再び早々に扉が開いた。今回も、アタックチームの姿はない。失敗だ。
それでも挑戦は続く。次から次へと、合計七つのチームがフロアマスターに挑んでは敗北を重ねていく。
そんな中、バインがこちらを振り向き、力強く叫ぶ。
「次は俺たちだ! やろう!」
バインの声に応えるように、パーティーメンバーの表情が引き締まる。その眼差しには、熱い闘志が宿っていた。
オレも気合を入れる。三階層での戦闘を経て、レベルは10に到達。新たに習得した防御魔法‘’ファイアシェル”を試す絶好の機会でもある。
「シャム、頼むぞ!」
「わかったニャ!」
バックパックから、小柄な猫――シャムの元気な声が返ってくる。その一言に、自然と肩の力が抜けた。オレは静かに呼吸を整え、仲間たちと共に前室へと足を踏み入れる。
そして、扉が開く。
フロアマスターの部屋は、ダンジョンマスターの部屋と同じような広さを持つ広大な空間だった。
その最奥に、一匹の魔物が佇んでいる。
――シャドウウルフ。
漆黒の毛並みは月光すらも吸い込みそうな深い闇色で、全身から滲み出る威圧感はただの獣ではないことを告げている。鋭い牙と爪がギラつき、殺意を隠そうともしない。
俺は、重い鉄の盾を構え、じっとその時を待つ。
作戦はシンプルだ。斥候が敵の注意を引きつけ、戦士が防御に徹する。そして、俺ともう一人の魔法使いが後方から魔法で攻撃を仕掛けることになっている。
戦いが始まった。
斥候が身軽に前へ進み、シャドウウルフに近づいたところで、手持ちの投げナイフを放つ。
しかし、ナイフが届くよりも速く、シャドウウルフは姿を消す。次の瞬間、鋭い爪が斥候のいた場所を切り裂いた。何とか攻撃をかわした斥候だが、体勢を崩して地面に倒れ込む。
その時、信じられない光景が目の前に広がった。シャドウウルフは、倒れ込んだ斥候の影に飛び込んだのだ。そして次の瞬間、最前線にいた戦士の背中が、鋭い爪に裂かれた。分厚い鉄の鎧のおかげで致命傷は免れたものの、戦士は苦悶の表情を浮かべる。
「影から来るぞ!気をつけろ!」
バインの叫び声が洞窟に響く。隣の戦士が剣を振るうが、シャドウウルフは再び影に潜り込み、今度は斥候に襲いかかった。不意を突かれた斥候は避けることができず、足から鮮血が噴き出す。斥候は悲鳴を上げ、その場に倒れ伏した。
俺の隣にいた魔法使いが、風の刃を放つ。しかし、距離がありすぎて刃は空を切るだけだ。
シャドウウルフは再び斥候の影に飛び込む。すると、オレのバックパックにいるシャムが悲痛な声で叫ぶ。
「主、来るニャ!」
オレはとっさに周囲を見回す。だが、突如、自分の影からシャドウウルフが現れた。
避けられない。
激痛が足に走り、鮮血が飛び散る。しかし、オレは痛みに耐え、攻撃魔法を放つ。
「ファイアボール!」
だが、魔法は当たらず、シャドウウルフは再びオレの影に潜り込んだ。そして次の瞬間、バインの影から現れ、その爪がバインの体を深く切り裂いた。
バインもまた、その場に崩れ落ちる。
このままでは、全滅だ――!
オレは駆け寄り、バインにポーションを飲ませた。幸い、一命は取り留めたようだ。
シャドウウルフは今度は影に潜まず、隣の戦士に攻撃を仕掛けた。影にばかり意識を向けていた戦士は、不意の攻撃を受けて倒れる。
シャドウウルフが再び近くの影に潜り、今度は魔法使いの影から現れる。魔法使いはそれを予測していたようで、すぐにその場から逃げ出した。その隙を狙い、俺は新たな防御魔法を展開する。
「ファイアシェル!」
オレを中心に半円形の炎の壁が出現した。
これまでの防御魔法は、ただの壁でしかなかったから横から簡単に迂回されていたが、この魔法ならその心配はない。
負傷した戦士たちも、この炎の壁の中にいる。しかし、魔法使いと斥候は壁の外に取り残されてしまった。
シャドウウルフは、警戒するように炎の壁の周りを注意深く観察している。オレはゲームシステムのメニューでステータスを確認した。すると、MPが徐々に減っていることに気づく。これまでの防御魔法は《オート・リカバー》のスキルのおかげでMPが減ることはなかったが、この防御魔法はMPの消費量がスキルの増加量を上回っているようだ。
MP切れを恐れ、俺は一刻も早く戦いを終わらせるため、新たな攻撃魔法を放つ。
「ファイアアロー!」
火の矢が放たれ、シャドウウルフの体に突き刺さる。さらに矢を放つ。
「ファイアアロー!」
シャドウウルフは火の矢を避けようと素早く動く。だが、火の矢はシャドウウルフが避けた方向に追随し、再び突き刺さった。
オレは気づいた!
この魔法は、標的を追尾する誘導型の魔法だ!
だが、MPの消費が激しい。これまでの攻撃魔法の倍近く減っている。度重なるレベルアップでオレのMPはかなり増えたはずだが、防御魔法を維持しながらでは減る一方だ。
俺は全体攻撃魔法をシャドウウルフに放つ。
「ウィンドレイン!」
無数の風の粒がシャドウウルフの周囲に展開され、動きが鈍る。その隙を見逃さず、俺は攻撃魔法を連発する。
「ファイアアロー!」
「ファイアボール! ウィンドボール!」
火の矢がシャドウウルフに当たり、怯んだところに火球と風弾を叩き込む。このコンボを3回繰り返すと、シャドウウルフはゆっくりと消えていった。
俺は、ついにフロアマスターを倒した。
そしてオレは学ぶ。
〈上級職の凄さ〉
と言うことを。




