59話 クエスト
翌日―――。
朝日が街を照らし始める頃、オレは冒険者ギルドへと向かっていた。
目的は、ダンジョン攻略のためのクエストを受けること。
レオックを貴族にする。その目標のためには、誰もが納得するような確固たる「功績」が必要だ。
オレが考える最も説得力のある実績――それは、ダンジョン攻略。
だからこそ、まずはその地盤を固めるため、ダンジョン関連のクエストを探しに来たのだ。
ギルドに入ると、クエストボードには今日も無数の依頼が並んでいる。
オレは、その中から慎重に目を走らせる。
『★★ ダンジョンアタック:3階層まで』
ちょうど良い依頼があった。
受付のカウンターへと向かい、オレはアイテムボックスから冒険者証を取り出して差し出す。
「ダンジョンアタックのクエストを、受けたいのですが」
対応してくれたのは、慣れた手つきでオーブに冒険者証をかざす女性スタッフだった。証が淡く光る。
「カズーさん、ですね。問題なく受けられますよ。明日の朝、城門に集合してください。確か……バインさんと以前もご一緒でしたね?今回も、バインさんのチームに合流してください」
◆ ◆ ◆
翌朝―――。
城門に向かう途中、いつものように家の前で、シャムがオレを待っていた。
くるりと一回転して、すっとバックパックに飛び込んでくる。
「シャム、おはよう」
「主、おはようニャ!」
今日も元気そうだ。
最近ふと気付いたのだが、シャムが、離れても、再び戻ってきても、ゲームシステムにポップアップ表示が出ない。以前なら『シャムが仲間から外れました』『シャムを仲間にしますか?』といったメッセージが表示されたはずなのに。
(ゲームシステムは、どうやって“仲間”を認識しているんだろうな……)
「シャム、最近はオレと別れようとは思わないのか?」
「思ってないニャ! 主の近くで寝てるのが一番ニャ!」
(……もしかして、仲間の認識は“本人の意思”が影響してる?)
一方で、以前一緒に戦ったルイアナは、“仲間”としては認識されなかった。
(シャムとルイアナの違いは何だ……?)
シャムはオレを“主”と認識している。だが、ルイアナは自分がリーダーで、オレはその一員という感覚だった。
「シャム、オレってシャムにとって何なんだ?」
「主は主ニャ! 唯一無二の仲間ニャ!」
(……なるほど。リーダーになることがカギか……?)
◆ ◆ ◆
城門では、すでに100人以上の冒険者が集まっていた。
がっしりした体格の男――バインがこちらに気づいて手を振ってくる。
「カズー、よく来てくれた! 今回も頼む!」
「やあ、バインさん。こちらこそ、よろしくお願いします」
バインにはすでに固定メンバーがいて、戦士・斥候・魔法使いとバランスが取れている。だが、ゲームシステム上、オレの“仲間”としては認識されていないようだ。
(新しい仲間を得るのって……本当に難しいな)
「バインさん、今回の人数……すごいですね?」
「ああ、今回は三階層のフロアマスター攻略が目標だ。“シャドウウルフ”って魔物でな、影から影へと移動する厄介なヤツだ。過去に何度か挑んだが、全部失敗だった」
ダンジョンには階層ごとに“フロアマスター”が存在し、それを倒さなければ先に進めない。最深部の“ダンジョンマスター”に辿り着くには、避けては通れない道だ。
「諸君、出発する!」
団長の一声で、一斉に冒険者たちが移動を開始する。
オレは、ジョブを“槍兵”から“風の魔法使い”に変更する。
レオックとの戦いを経て、オレが真に強くなれる道は“魔法”だと確信していた。
装備も魔法仕様に切り替える。ハイブリッド鎧に、魔法のマント、そして魔法の杖。
人数が多いためか、道中での魔物の襲撃はほとんどなかった。
ダンジョン1日目―――
到着したのは、森の中に隠れるように口を開ける中期のダンジョンだ。
城塞都市からは、まる二日かけての移動だった。
バインたちはこのダンジョンに何度も挑んでおり、定期的に討伐を行っているという。
放っておけば、ダンジョンは“成長”し、魔物の数が増え、ついには“スタンピード”(魔物の大群による都市襲撃)を引き起こす。
だからこそ、冒険者は領主の命を受け、ダンジョンの魔物を狩り、最奥を目指すのだ。
斥候が先行し、ダンジョン内を確認する中、オレたちも続いてダンジョン内部へ。
すぐに、魔物が現れ始めた。
「ファイアボール! ウィンドボール!」
火球と風弾がスライムを貫き、瞬時に消し去る。
続いて、天井からジャイアントバットが大量に出現!
オレは、二つの全体攻撃魔法を放つ。
「ファイアレイン! ウィンドレイン!」
火の粉と風の粒が空から降り注ぎ、無数の蝙蝠を焼き払い、吹き飛ばす。
魔法が重なり合うことで、まるで花火のように煌びやかな爆発を生んだ。
それと同時に、ポップアップが現れる。
『風の魔法使い レベル40。新しいジョブ“水の魔法使い”を獲得しました』
(よし! クルワン師匠と同じ水属性魔法だ!)
だが、クルワンは“水の魔術師”という上級職だった。
(上級職を獲得するにはもう少しレベルを上げる必要があるのかもしれない)
レベル上げを優先し、ジョブを【火の魔法使い】に変更。現在、レベル40。目標は50だ。
その後、1階層のフロアマスター部屋に到着。内部は魔物が湧かない安全地帯らしく、今夜の宿泊地となった。
「バインさん、あの扉……?」
「2階層への入り口だ。フロアマスターを倒すと開く仕組みだ。ここは討伐済だから、もう開いてる」
オレも他の冒険者に倣い、テントを張り休息に入った。
ダンジョン2日目―――。
薄暗い光の中、オレたちは2階層への扉をくぐった。重い扉が鈍い音を立てて閉まると、ひんやりとした空気が肌を撫でる。洞窟はゆるやかな下り坂となっており、足元には水滴が滴る。しばらく進むと、気配が変わった。
――魔物が出始めた。
「来るぞ!」
バインが短く叫ぶと同時に、洞窟の奥からゴブリンたちが四方八方から押し寄せてくる。鋭い歯を剥き出しにし、錆びた短剣を振り回してくる姿は獣そのものだ。
オレは即座に攻撃魔法を放つ。
「ファイアボール! ウィンドボール!」
火球が轟音とともに爆ぜ、続く風弾がゴブリンを吹き飛ばす。肉の焼ける匂いと風のうねりが洞窟に充満し、数体のゴブリンがその場で霧散していった。
バインの仲間たちも抜かりはない。剣士、魔法使い、弓使い、それぞれが役割を果たし、絶妙な連携でゴブリンの群れをさばいていく。一体一体は脅威ではないが、数が多い。油断すれば囲まれ、命を落としかねない状況だった。
その時――耳元で鋭い声が響く。
「主! でっかいゴブリンが後ろから来るニャ!」
シャムの声だ。
オレはすぐに身をひるがえし、背後を確認する。そこには、通常のゴブリンよりかなり大きい魔物――ボブゴブリンが、棍棒を振り上げて突進してきていた。
「くっ……!」
焦る暇もない。オレは反射的に攻撃魔法を放つ。
「ファイアボール! ウィンドボール!」
火球が奴の腹に直撃し、すぐさま風弾が胸を貫いた。ボブゴブリンは悲鳴を上げる間もなく、そのまま光となって消滅した。
以前よりも、魔法の威力が明らかに上がっている。身体の奥で、力がうねる感覚がある。レベルアップのお陰だ。
やがて、オレたちは脱落者を出すことなく、2階層のフロアマスターの部屋にたどり着いた。すでに討伐済みのため、ここは安全地帯となっている。
扉が閉まるのを見届けると、オレは急いでゲームシステムのメニューを開く。というのも、先ほどボブゴブリンを倒した直後、視界にポップアップが現れたのだ。
『火の魔術師のジョブを獲得しました』
その文字を見た瞬間、心臓が跳ねた。
――ついに、上級職だ。
ステータスを確認すると、「火の魔法使い」のレベルはすでに50に達していた。これが条件だったのだろう。オレは迷わず、ジョブを“火の魔術師”に変更する。
新しいジョブの欄には、見慣れない魔法が一つ追加されていた。
“ファイアアロー”――単体攻撃魔法
今までの“ファイアボール”とは異なる系統の魔法だ。直線的な威力重視か、あるいは貫通効果でもあるのか。オレは期待を胸に、この夜をフロアマスターの部屋で静かに過ごした。
ダンジョン3日目―――。
今日の目的は明確だ。三階層のフロアマスターを討伐する。
朝食代わりの携行食を口にし、装備を整える。バインの仲間たちも静かに準備を終え、気を引き締めている。フロアが下がるごとに、危険度は確実に増しているのだ。
三階層への扉をくぐり抜け、さらに深く進む。石壁は湿気を帯び、どこか生臭い。空気が違う。魔物の気配が濃くなっている。
ほどなくして、洞窟の奥から重い足音が響いてきた。
「……来るぞ」
現れたのは――複数のトロール。
背丈は人間より明らかに大きく、筋骨隆々の腕を振り回し、巨岩のような棍棒を握っている。その目には理性の光はなく、ただ破壊への欲望だけが宿っていた。
「行くぞ!」
オレは魔力を練り上げ、叫ぶ。
「ファイアボール! ウィンドボール!」
火球がトロールの肩を焼き、続く風弾がバランスを崩させる。隙を見逃さず、再び詠唱。
「ファイアボール! ウィンドボール!」
2体目のトロールも、爆炎と疾風に吹き飛ばされ、消滅した。
MPの消費は激しいが、《オート・リカバー》のスキルが発動している。時間と共に、徐々にMPが戻ってくる。焦る必要はない。
だが、その様子を見ていたバインの仲間の魔法使いが、苦言を呈した。
「カズー、今日はフロアマスター戦があるんだ。魔力は温存しておいたほうがいい。魔力切れの魔法使いは……ただの的だぞ」
忠告は的確だった。だが、オレには関係ない。「わかった」とだけ返す。
そして――
慎重に魔物の群れを突破しながら、オレたちはようやく三階層のフロアマスターの部屋へとたどり着いた。
戦いは、ただのレベル上げではない。
恐れ、焦り、失敗、判断、連携――そのすべてがオレを強くする。
そしてオレは学ぶ。
〈経験からの成長〉
と言うことを。




