58話 決闘後
オレとレオックは、未だ地面に膝をつき、起き上がることすらままならなかった。先程の激しい戦いの余韻が、まだ体に残っている。
そんな中、ルイアナが静かに近づいてきて、優しく声をかけながら、オレたちを支えて立たせてくれた。いつの間にか用意されていた木製のテーブルと椅子に、そっと座らせてくれる。
テーブルの上には、冷えたエールが三つ並んでいた。
「まぁ、飲め! 二人とも!」
ルイアナが明るく言う。その声は、まるで長い戦いを終えた兵士たちを労うかのような、温かさに満ちていた。
オレもレオックも、喉がカラカラだった。戦いの緊張と消耗で、体中の水分がすべて汗として流れ出たような気がしていた。
二人で同時に、カップを手に取り、ぐいっと一口。
……旨い。体の隅々まで染みわたるような感覚。冷たいエールが喉を通り、内臓に届いた瞬間、凍てついた魂がじわりと溶けていく。
気がつけば、オレもレオックも一気に飲み干していた。
「ほら、もっと飲め!」
ルイアナが、オレたちの空いたカップに、惜しげもなくエールを注いでくれる。
レオックも二杯目を飲み干したあと、うつむいて、ぽつりと呟く。
「……私の負けだ……」
その声には、悔しさだけでなく、何か別の感情――己に対する苛立ちのようなものが混じっていた。
だが、ルイアナはすぐにそれを否定した。
「レオック、言っただろう。この勝負は引き分けだ! 確かに、カズーはお前を抑え込んではいたが、そこから攻撃には移れなかった。そして、お前はカズーにかなりのダメージを与えていた! ……ところで、カズー、傷は大丈夫か?」
オレは、エールを飲みながらレオックに視線を向けた。
――まだ、20歳を少し過ぎたばかりの若者。剣の才覚を見込まれ、若くして近衛騎士に抜擢され、姫付きという栄誉まで得たレオック。しかし、その内面には、まだ迷いと葛藤が渦巻いているように思えた。
「大丈夫だ。ポーションを持っているからな。それと……勝負は引き分けでいいと思う。それよりレオック、お前は……自分の気持ちに、向き合ったことがあるのか?」
しばらく沈黙が続いた―――。
レオックはゆっくりと顔を上げ、そして言った。
「……私は、アマンダ姫が好きだ……。姫様は美しく、聡明で、優しい。だが、私はただの騎士……貴族でもない私が、姫様に想いを寄せるなど……身の程知らずにも程がある……」
そう言って、再び俯いたレオック。その瞳は、エールのカップの底に沈んだようだった。震える肩が、抑えた感情を物語っていた。
オレは、この世界の貴族制度の厳しさは知らない。しかし、それでも言わずにはいられなかった。
「何を躊躇っているんだ! アマンダ姫もお前と同じ人間だ! 貴族がなんだって言うんだ! 人を好きになるのに、身分なんか関係あるのか!」
ルイアナが苦笑しながら口を挟んでくる。
「カズー……貴族の悪口は侮辱罪になる……。今のは、聞かなかったことにしておく……」
だが、オレは止まらない。
「レオック、もし貴族じゃないとダメだって言うんなら、貴族になればいい! オレがなれたんだ。お前なら、もっと簡単になれる!」
その言葉に、レオックの瞳が震えた。そして、真っ直ぐオレを見つめ、静かに言った。
「……カズー子爵、ありがとう……!」
ルイアナが、満面の笑みでエールを掲げる。
「二人とも、飲もう! 乾杯だ!」
三人のカップがぶつかり合い、冷たいエールが再び喉を潤した。
そして、オレは言った。
「オレは……この世界に来る前は、落ちこぼれだった。借金に追われ、毎日怒鳴られて、ただ働くだけの毎日だった。でも、この世界で人生を取り戻せた。〈前に進む〉こと、〈やれば出来る〉こと――この世界が教えてくれたんだ。レオック、お前なら出来る! お前なら貴族になれる! お前なら、姫様の騎士であり恋人になれる!」
オレは力強くカップを掲げ、レオックのカップにぶつける。
「カズー子爵……ありがとう!」
レオックも力強く飲み干してくれた。
ルイアナは、三人の空いたカップに再びエールを注ぎながら、言った。
「なぁ、どうだ? わたしたち――真の友にならないか?」
レオックが首を傾げる。
「真の友とは……?」
「真の友とは――この三人が、どんな困難にも立ち向かい、決して裏切らず、助け合い、信じ合う……そういう存在だ!」
その提案に、レオックはすぐに応えた。
「……わかった。真の友になろう!」
オレも笑って頷く。
「よし、オレも誓おう!」
ルイアナは立ち上がり、自分の剣を天へと掲げた。
「カズー! レオック! 剣を取れ! この剣に、重ねろ!」
オレは、妖精剣を抜き、ルイアナとレオックの剣に重ねた。
三本の剣が、静かに触れ合う。
「一人は三人のために! 三人は一人のために!」
声が重なったその瞬間、まるで空気が変わったようだった。三人の間に、目には見えない確かな絆が結ばれた気がした。
剣を置き、再びエールを波波と注いで、三人で飲み干す。
オレはレオックに笑いかけた。
「これからは、『カズー』と呼んでくれ」
「……わかった、カズー!」
その日、交わされたエールと誓いは、きっと永遠に色あせない。
そしてオレは学ぶ。
〈真の友を得た喜び〉
と言うことを。




