56話 レオック
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勝利の宴は華やかに幕を閉じ、オレは満ち足りた気分で城門を後にしていた。空は茜色に染まり、西の空にはかすかに星が瞬き始めている。
そんな帰路の途中、背後から鋭く張り詰めた声が飛んできた。
「カズー子爵!」
足を止めて振り返ると、そこには銀色の鎧を纏った一人の騎士が立っていた。夜風に揺れる紋章旗、精悍な顔立ち。アマンダ姫付きの近衛騎士、レオックだ。
「カズー子爵、少し話をさせて貰えないだろうか?」
急ぐ用もなかったので、頷いて師匠のクルワンには先に帰ってもらった。落ち着いた表情を装いながら、彼に問いかける。
「何の御用でしょうか?」
しかし次の瞬間、レオックの言葉はオレの想像をはるかに超えていた。
「カズー子爵、正直に答えてくれ!――アマンダ姫のことをどう思っているのだ?」
「……どう思っているとは、どういうことでしょうか?」
まさかそんなことを聞かれるとは夢にも思っておらず、オレは戸惑いを隠せない。だがレオックは真剣な顔つきのまま、さらに踏み込んできた。
「そのままだ!姫様を好いているのか否か、一生を姫様に捧げる覚悟があるのか、答えてくれ!」
あまりの突飛な内容に、オレは思わず吹き出してしまった。
「はははは、やめてくれよレオックさん。そんな気は毛頭ないよ。確かに姫様は美しいが、まだ二十歳そこそこ。こっちはもうすぐ"おじさん"の仲間入りだ。恋愛対象なんて、とてもとても」
そう断言したのに、レオックの顔はますます紅潮していく。怒りを押し殺すようにして、彼は叫んだ。
「貴様、アマンダ姫を侮辱する気か!?公衆の面前で口づけをしておきながら、姫様を蔑ろにするとは……許せん!」
「いやいや!あのキスは姫様からのもので、オレからしたわけじゃ――」
「つまり貴様は、姫様が軽率だったとでも言いたいのか!?己の非を棚に上げ、姫様を悪者にする気か!」
さすがのオレも、次第に腹が立ってきた。落ち着いて対応しようとしていたが、この理不尽な言いがかりには我慢の限界が近い。
「いい加減にしろ!繰り返すが、オレにその気はない!……そもそも、宴の場で突然キスしてくるほうがどうかしてるだろ!」
レオックの目が細くなり、静かな怒気がその声に乗る。
「カズー子爵、姫様を侮辱すること、断じて許せん!決闘を申し入れる!私が勝てば、貴様はこの街を黙って去れ!」
言い終えると、レオックは決闘の日時と場所を告げてその場を去っていった。
立ち尽くしたまま、オレは内心でつぶやく。
(……この世界の近衛騎士って、命がけで主人の名誉を守るのかよ。うっかりしてた……)
◆ ◆ ◆
翌日――。
どうすべきか一晩考えたが、結論は出なかった。そこで、騎士団長のルイアナに助言を仰ごうと、彼女のもとを訪れた。
厩舎裏の馬場では、ルイアナが騎士団員たちに剣の指南をしていた。力強い指導の声と、金属音があたりに響く。
「ルイアナ、悪いんだが、ちょっと相談に乗ってくれないか?」
オレの呼びかけに、彼女は訓練の手を止めて、にこやかに頷いた。
宿舎の一室に場所を移し、オレは昨日の出来事を一部始終話す。
話を聞き終えたルイアナは、呆れたようにため息をついた。
「……あいつ、またか!」
「また?他にも同じようなことが?」
「レオックは、アマンダ姫に近づく男たちに片っ端から決闘を仕掛けて、遠ざけてきたんだ。異常なまでの忠誠というか、執着というか……」
「オレ、姫に近づいたつもりなんかないんだけどなぁ……」
そう言うと、ルイアナがクスクスと笑いながら肩をすくめた。
「カズー、あれだけのことを宴でしておいて、それはないだろ……。で、決闘はいつになる?」
「1週間後だ」
ルイアナの表情が引き締まる。
「そうか。……正直に言うと、レオックは強い。私と互角、あるいはそれ以上かもしれない」
「そうか……。決闘について、何かルールはあるのか?」
「基本的に命のやり取りは無し。致命傷を負わせるのも禁止。武器は自由。降参すれば負け。魔法の使用も許されてるけど、殺したら駄目だ」
(魔法は使ってもいい……けど、オレの火の魔法は強すぎて、手加減が難しい。使うなら風の魔法か……)
そんな考えを巡らせていると、ルイアナが言った。
「よし、私が立会人をやろう。間違いのないように、ルールも監視も私が責任を持つ」
「……ありがとう。助かるよ、ルイアナ」
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その日、オレは武具店で【鉄の槍】を購入し、ポーションをアイテムボックス一杯に買い込んだ。
(レオックは接近戦のエキスパート。まともに戦っても勝ち目は薄い。だが、ちょうど手に入った"槍兵"のジョブを活かせば、間合いを取った戦いができる)
さらに、槍兵としての実力を磨くため、魔物の潜む森へシャムと向かう。
「シャム、魔物がいるところを案内してくれ!」
「任せるニャ!」
剣戟、魔法、回避――
幾度となく魔物と戦い、オレの技術は着実に研ぎ澄まされていった。
◆ ◆ ◆
1週間後―――。
オレの槍兵としてのジョブは、ついにレベル10に到達した。
その証として、ようやく盾をスキルとして装備できるようになった。
攻めるだけではなく、守る術も身につけたことで、オレの戦い方は一段階上の領域へと進んだ。
そして今、オレは騎士の訓練場の中央に立っている。
目の前にいるのは、近衛騎士――レオック。
その背筋の伸びた立ち姿、磨き抜かれた甲冑、そして鋭い眼差し。彼の全てが、騎士という存在の象徴だった。
訓練場には誰の姿もない。
ルイアナが人払いをしてくれたおかげで、ここにいるのはオレ、レオック、ルイアナの三人だけ。
静けさが辺りを包んでいた。
レオックが剣を抜き、静かに構える。
その気配が一変する。張りつめた空気が肌を刺すように冷たい。
「……痛い目に遭いたくなければ、降参してこの街を去れ!」
低く、威圧感のある声だった。
かつてのオレなら、その一言で震え、逃げ出していたかもしれない。
だが――今は違う。
この世界での経験、戦い、失敗、そして支えてくれた仲間たち。
それらがオレを鍛え、少しずつ変えてくれた。
オレはレオックを正面から見据え、一歩踏み出す。
「……レオック、オレはここで降参する気は無い!」
槍を構え、盾を掲げる。
鼓動が高鳴る。足元が大地を踏みしめる感触に、オレは今、生きていると実感する。
そしてオレは学ぶ。
〈経験が人に自信を与える〉
と言うことを。




