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異世界から学ぶライフスタイル 〜第一部 始まりの地〜  作者: カズー
第八章

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55話 褒美

 やがて、広間の空気が静まり、執事が壇上に立った。


「本日は勝利の宴にお越しいただき、誠にありがとうございます。――ただいまより、城塞都市の領主にしてノルトリア王国の重鎮、シグルド公爵閣下がお越しです!」


 全員が席を立ち、拍手が沸き起こる。

 重厚な扉がゆっくりと開き、シグルド公爵が堂々とした足取りで現れる。その後ろには、威厳を漂わせたローランド王子、そして気品に満ちたアマンダ姫の姿が続いた。


 テーブルには、給仕たちの手によってワインの入ったグラスが配られていく。

 やがて、全員にグラスが行き渡ったのを確認し、公爵が声を上げる。


「皆、よくぞ来てくれた。先日、我が領土に潜むダンジョンが見事攻略された。この勝利は、女神の御加護、そして攻略部隊の勇敢な戦いなくしては成し得なかっただろう。この宴は、その功績を讃えるものだ――乾杯!」


 グラスを高々と掲げる公爵。

 それに倣って、オレもクルワン師匠、ルイアナと共にグラスを掲げた。


 口に含んだ葡萄酒は、豊かな香りと酸味が広がり、胸の奥に染み入るようだった。


 給仕たちが次々と豪華な料理を運び込んで来る。

 オードブル、肉料理に魚料理、焼きたてのパン……どれも見たことのない贅沢な品ばかりだった。


 オレは白身魚の香草焼きを口に運びながら、ふとシャムの顔を思い出す。

(……シャムにも、食べさせてあげたかったな)


 そう思ってルイアナの方を見ると、彼女は皿にほとんど手をつけず葡萄酒を飲みまくっている。


「ルイアナ、どうしたんだ?飲み過ぎじゃないのか?」


「いや……ただ、こういう場は苦手でな……」


 戦場では鬼神のごとき活躍を見せる彼女も、こうした式典では不器用になるらしい。そのギャップがどこか微笑ましく思えた。


 やがて、壇上の執事が声を張り上げる。


「皆様、ご注目ください!ただいまより、この勝利における勲一等の発表を行います!」


 場が一気に静まり返る⋯⋯⋯⋯⋯。



「――騎士団長、ルイアナ子爵!」


 大きな拍手が鳴り響く中、ルイアナが立ち上がり、公爵の前へと進み出て、片膝をついて跪いた。


「ルイアナ子爵、よくぞ攻略部隊を率いてダンジョンマスターを討ち取った!その功に報い、北西のメルキウ地域の領地を授ける!」


 広間には、歓声と賞賛の拍手が巻き起こった。


「このような誉れ、身に余る光栄にございます。我が剣、この身、この命……尽きるまで公爵様に捧げます!」


 ルイアナは声を震わせて言い切った。


 そして、司会が静かに次の名を読み上げる。


「――アルテナ教会のプリースト、エルミナ!」


 その名が響き渡ると、会場に微かなざわめきが広がる。驚きと敬意が入り混じった反応だった。場を包んでいた厳かな静寂に波紋が走り、すぐに温かい拍手が続いた。


 白銀のローブをまとった若きプリースト、エルミナがゆっくりと壇上に進み、公爵の玉座の前でひざまずく。教会の象徴であるアルテナの聖印が、彼女の胸元で淡く光を受けて揺れている。


 高位貴族の威厳を纏いながら、公爵がエルミナを見下ろして言葉を紡ぐ。


「プリースト・エルミナ。お前が攻略部隊に同行し、幾度となく戦場で負傷者の治療にあたったこと――その献身、誠に見事である。これに対し、教会に金貨五百枚を寄贈しよう。……良いな?」


 公爵が言葉の最後にわずかに声音を下げる。それは、褒賞が個人ではなく“教会”に与えられることの確認であった。プリーストは己の名誉や利益よりも、常に教会と女神の意志を優先する立場にある。


 エルミナは静かに頷き、深く頭を垂れた。


「はい、公爵様。ありがたきお言葉。すべては女神様のお導きのままに――」


 その声は柔らかくも確かな響きを持ち、会場に再び静寂が戻る。エルミナの姿はまさしく信仰に生きる者のそれであり、多くの者の胸に何かを残した。


 そして司会は、再度壇上に立ち、高らかと最後の功労者を発表する。――


「騎士団から、ダンジョンマスターへ挑んだアタックチーム!」


 オレは、心臓が跳ねた。まさか、自分まで壇上に呼ばれるとは思っていなかった。


 ルイアナが静かに手を差し出し、オレに前に来るように促す。

 他の騎士たちと共に、公爵の前へと進み出て、跪いた。


「勇敢なるアタックチーム。ルイアナを助け、ダンジョンマスター討伐に貢献した。その功績に報い、それぞれに金貨100枚を授けよう」


  ずしりとした重みが、掌に伝わる。

 金の重みだけではなく、認められたという誇りも、その中に含まれていた。


 そして、ルイアナが一歩前に出て、壇上の視線をすべて受け止めるように堂々とした声で言った。


「かの者たちは、臆することなくダンジョンマスターに立ち向かい、最後まで諦めず戦い抜きました。今後も、公爵様の剣として、敵を打ち倒して参ります!」


 その言葉に、広間の空気が一瞬静まり返ったあと、割れるような拍手が巻き起こる。称賛と感謝の音が、石造りの天井に反響し、祝宴の締めくくりを華やかに彩った。


 オレは、その光景を壇下から見上げながら、静かに胸を撫で下ろす。


(……良かった。オレの出番は、これだけのようだ)


 ようやく肩の力が抜ける。壇上に立つことも、注目されることも苦手なオレにとって、この役目が済んだだけでも十分だった。


 だが、安心しかけたその時だった。


「――では、これで良いな?」


 会場の一角から、重厚な声が響いた。公爵が、椅子に腰掛けたまま、壇上の司会に向かって問いかけていた。


 その口調には、儀礼的な確認と共に、どこか「これで褒賞の儀はすべて終わったな?」という意図がにじんでいた。


 オレの心に、一瞬ざわりとした不安が広がる。


(……ん? これで終わり、なんだよな?)


 まるで何か、まだ続きがあるかのような間が、広間に流れていた――。



「公爵様、一つ宜しいでしょうか」


 突然、前に立っていたルイアナが一歩踏み出し、しっかりとした声で言った。


 その声音には、ただの感謝ではない、何かを伝えなければという強い意思が宿っていた。


「ダンジョンマスターを倒したのは確かに私ですが、それはカズー子爵の力があったからです!」


 場内がざわめき始める。


 ルイアナの瞳は真っ直ぐに公爵を見据え、言葉を続けた。


「子爵の連続魔法で、まるで津波のように押し寄せてくる魔物の群れをなぎ払い、巨大な魔物には強力な防御魔法で接近すら許さなかったからこそ、私が討伐の一撃を放つことができたのです。だから、勲一等はカズー子爵にこそ、与えられるべきです!」


 観客席から驚きの声が上がる。


 その声を切り裂くように、プリーストのエルミナが前に出た。


「公爵様、私もお話ししたいことがあります。癒やしの最中、私の魔力が尽きたとき、カズー子爵は迷うことなくハイポーションと治癒薬を渡してくれました。――私は、この栄誉をカズー子爵に差し上げたいと、心から思っています!」


 また一人、今度はオレの隣にいた騎士が声を上げた。


「公爵様、私も命を救われました。あの時、ダンジョンマスターとの戦いで魔物の攻撃を受けて動けなくなった私を、カズー子爵が庇い、守ってくれたのです。あの瞬間がなければ、今ここに私は立っていません」


 大広間は、まるで風が吹き抜けたかのようにざわめきに包まれる。


 オレは、その場に立ち尽くしながら思った。


(頼む、もうやめてくれ……)


 その願いも虚しく、会場は感動と称賛の渦に巻き込まれていく。


 やがて、公爵が重々しく立ち上がった。すると、それまでざわついていた会場が一瞬で静まり返る。


「皆の言葉、しかと聞いた。カズー子爵の活躍は、今、余すところなく明らかになった」


 ゆっくりと視線を巡らせた公爵は、ふと遠くを見るように目を細める。


「実はな、儂の娘――アマンダ姫も、カズー子爵に救われたのだ」


 この一言で、会場の空気が変わった。


「えっ、姫も……!?」「まさか、アマンダ姫まで……!」


 参加者たちが、ざわざわと口々に囁き合う。


 公爵はその声に苦笑しながらも、続けた。


「カズーを子爵に叙爵したのも、その功績によるものだ。その後も彼は貴族に値する働きをし、貴重な剣すら渡した。儂が与えられる褒美など、もう残っておらん……いや、あとは――」


 ふと、意味深な笑みを浮かべると、会場を見渡しながら声を張る。


「……娘のアマンダ姫を与えるしかないのか?」


 どっ、と会場が湧いた。冗談とも本気ともつかぬ言葉に、どよめきと笑いが広がる。


 しかしその直後――


 柔らかな衣擦れの音と共に、アマンダ姫がオレの元へと歩み寄ってきた。


 一歩、また一歩と近づくたびに、周囲の視線が集中していくのが肌でわかる。


 そして、姫は目の前で静かに膝を折るオレを、両手でそっと立ち上がらせた。


 その動作は、まるで儀式のように美しく、静かで、そして――あたたかい。


 そして彼女は、迷いなく、オレの頬に唇を寄せた。


 柔らかな感触が、触れるか触れないかの距離でオレの心臓を撃ち抜いた。


「これは、命を救ってくれたお礼です」


 優しい声が耳に届いた瞬間、会場は喝采に包まれた。


 拍手、歓声、口笛――様々な音が天井を揺らし、オレを中心に祝福が渦巻く。


 だが、公爵はその喧騒の中でも、はっきりと声を響かせた。


「カズー子爵、今回の褒美は――姫のキスで良いな!?」


 オレは、顔を伏せたまま、震える声で答える。


「……身に余る光栄です」


 そしてオレは学ぶ。


 〈姫のキスは褒美になる〉


 と言うことを。

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