50話 ダンジョン
城塞都市を出発して三日目―――。
オレは騎士団の一員として、ダンジョン攻略部隊と共に進軍していた。
今回は歩兵部隊も同行しているため、以前に比べて移動速度は格段に落ちている。オレが発見したあのダンジョンまでは前回ならば二日で到着していたが、今回はすでに三日目。食事は補給部隊が配給してくれているが、味気なく、腹を満たすだけのものだ。
そして今日、ついに街道を外れ、鬱蒼とした森の中へ足を踏み入れた。
湿った空気が重たくのしかかる中、前衛から微かな騒ぎ声が聞こえ始める。
剣戟の音、叫び声……どうやら、魔物が現れたようだ。
オレは中衛にいる騎士団長、ルイアナの方へ馬を向け、声をかけた。
「ルイアナ、前衛部隊に動きがあるようだ。様子を見てくる」
「……あぁ、頼む!」
ルイアナは即座に頷いた。
オレは手綱を握りしめ、馬を走らせる。
風を切る中、バックパックの中から声がした。
「主、魔物がいるニャ! 注意するニャ!」
シャムの警告に、オレは頷いた。
前衛に到着すると、すでに戦闘が始まっていた。
スライム、そして空を舞うジャイアントバット。スライムは剣でも対処できるようだが、ジャイアントバットは飛行しているため、剣や槍ではなかなか手が出せない。弓兵や魔法使いが応戦しているが、数が多く、押されている。
オレは全体攻撃魔法を放つ。
「ファイアレイン!」
頭上に火の粉が広がり、空中のジャイアントバットたちに降り注ぐ。
炎に包まれ、奴らは羽ばたきを乱し、次々に地面へと落下していった。
続けて魔法を撃ち込む。
「ファイアボール!」
赤く輝く火球が、翼を焼き尽くし、地面に転がるジャイアントバットを直撃する。
オレはすかさずアイテムボックスから妖精剣を取り出し、駆け出す。
身体がふっと軽くなる感覚――妖精剣の補助効果だ。動きが滑らかに、無駄のないものになる。
地に落ちたジャイアントバットの首を斬り、次々ととどめを刺す。
途中、スライムに遭遇したが、魔法で対処する。
「ファイアボール! ウィンドボール!」
火の魔法も風の魔法もスライムには有効なようだ。粘液を焼き、風圧で切り裂く。
空に残ったジャイアントバットにも再び魔法を放つ。
「ファイアボール! ウィンドボール!」
火球の一撃で仕留める。風弾は奴らを地上に叩き落とすだけだが、それで十分だ。
落下したところを妖精剣で斬り伏せていく。
戦いが落ち着き始めた頃、オレの騎士レベルが20に達し、“突撃”という全体攻撃を習得した。戦力が一段階上がるのを肌で感じる。
やがて――ダンジョンのある“大穴”が視界に入った。
そこに簡易野営地を構築することが決まった。
オレがバックパックから折り畳み式のテントを取り出し、設営の準備をしていると、白い法衣を纏ったエルミナが姿を現した。静かにオレに近づいてくる。
「子爵様。先程の戦闘に参加されたと聞きました。お怪我などございませんか?」
柔らかな声に、オレは微笑んで答える。
「ありがとうございます、エルミナ様。すでに全快しています」
新しい鎧とスキル《オート・リカバー》のおかげだ。
エルミナは頷き、礼儀正しく答える。そして、オレはある疑問を確認する。
「エルミナ様。癒しの魔法は何人ぐらい使えるのでしょうか?」
「子爵様、癒しの魔法で何人ほど対応できるかは……怪我の程度にもよりますが、20人以上には対応できるかと存じます。先ほども、負傷兵たちの手当てをして参りました」
(ヒールの魔法の消費MPは案外少ないのか……これは、なんとかしてプリーストのジョブを手に入れる方法を探すべきだな)
そう思いながら、オレは空を見上げる。雲は重く、夜の帳が静かに降り始めていた。
翌朝―――。
澄んだ朝の空気に、号令が鋭く響く。
騎士団長ルイアナが、野営地で整列した部隊に向けて高らかに声を張り上げた。
「補給部隊と救護隊、歩兵二百はここに残れ! 他の者は、これよりダンジョンへ向かう!」
その命令に応じて、各部隊がすばやく動き出す。
巨大なクレーターのような大穴――ダンジョンへの入口が眼前に広がる。地面は崩れ落ちた岩と砂で不安定だが、大穴は馬でも悠々と通れるほどの広さを持っていた。
斥候部隊がまず中へと滑り込むように入っていく。間を置かずに、オレたち本隊も続いた。
オレもまた、息を整えながらその暗き口へと足を踏み入れた。
ダンジョン内部はひんやりとしていて、昼間だというのに不気味な暗がりに満ちていた。苔むした岩壁からは水滴がぽたりと落ち、乾いた足音と共にどこまでも響いている。
オレは背中のバックパックに声をかける。
「シャム、敵が近づいてきたら教えてくれ」
「わかったニャ!」
シャムから返事が、軽やかに返ってきた。バックパックの中で丸くなっていたシャムが、ピンと耳を立てる。
兵士たちは手にした松明で周囲を照らしながら、警戒を強めつつ前進していく。炎の揺らめきが、壁の影を奇妙に歪ませ、不安を煽った。
ダンジョンは複雑に分岐しており、どちらに進むかは団長ルイアナの判断に委ねられている。
すると、先行していた斥候の一人が慌ただしく戻ってきて、ルイアナに報告する。
「団長! この先にて魔物を発見しました!」
「よし、騎士団で迎撃する!」
ルイアナは即座に決断を下す。目に宿る光は、戦場を知る者のものだ。
オレも彼女に続いて足を速める。
進んだ先、空間が広がった大部屋にて――
かつてアマンダ姫と共に遭遇したあの魔物、トロールが数体、棍棒を握りしめて待ち構えていた。
その巨体から放たれる圧迫感は尋常ではない。獣のような咆哮を上げながら、こちらへと突進してくる。
「来るぞ――!」
兵士たちが応戦するが、トロールの皮膚は分厚く、刃が食い込まない。殴られた兵士が吹き飛び、壁に激突して崩れ落ちた。
「トロールか……! 厄介な魔物だ」
ルイアナが眉を寄せ、低く呟く。
「奴らは再生能力を持つ。中途半端な攻撃では倒しきれん!」
(再生能力……俺の《オート・リカバー》のようなものか。一撃で倒すしかないな)
オレは前線へ躍り出て、攻撃魔法を放つ。
「ファイアボール! ウィンドボール!」
紅蓮の火球と鋭い風弾が飛び、トロールの体を撃ち抜く。爆炎と風圧の中、トロールの巨体が霧のように掻き消えた。
(いける……二発の複合でなら)
突進してきた別のトロールに向かって、再び魔法を放つ。
「ファイアボール! ウィンドボール!」
衝撃と熱風が炸裂し、トロールは叫びを上げながら吹き飛ばされる。地面に叩きつけられ、再生する間もなく消滅した。
その様子を見たルイアナが叫ぶ。
「カズー子爵に続け!!」
「うオォーッ!!」
騎士たちが一斉に鬨の声を上げ、士気が一気に高まる。魔物への恐怖を振り払うように、彼らはトロールに突撃していく。
倒れたトロールには、歩兵が躊躇なくとどめを刺す。
オレもその背を守るように、魔法で援護を続けた。
「ファイアボール! ウィンドボール!」
爆発音と断末魔が洞窟内に響き渡り、やがて最後のトロールが崩れ落ち、静寂が訪れた。
――トロール討伐、完了。
息をつきながら、ルイアナが冷静に次の指示を下す。
「よし、先に進むぞ!」
誰もが疲弊しつつも、決意を新たに頷いた。
オレたちは再び、暗く深いダンジョンの奥へと進み出す。
やがて――
漆黒の闇が、冷たい吐息のように迫ってくる。
そしてオレは学ぶ。
〈暗闇の先にある恐怖〉
と言うことを。




