49話 大穴
オレは、森で見つけた異様な大穴のことを報告するため、騎士団と合流すると、まっすぐ団長のルイアナの元へ向かった。
「ルイアナ。ゴブリンを追撃した先で、あやしい大きな穴を見つけた。周囲は不気味な気配に満ちていて……恐らく、中には魔物が多数潜んでいるんじゃないかと思う」
ルイアナは、その言葉に一瞬目を細め、何かを思案するように視線を伏せた。
「……そうか。わかった!」
次の瞬間、彼女の瞳が鋭く光り、騎士団全体へと声を張り上げる。
「全員、出発の準備を!カズー子爵、案内を頼む!」
「わかった!」
オレは馬に飛び乗り、先導役として前方に出る。もう、この馬はシャムのテイムが無くてもオレの指示にしっかり従ってくれるようになっていた。
(馬は賢いし、何より……可愛い)
森を抜け、馬を走らせること約20分。あの不気味な大穴がある岩場に、再びたどり着く。
「ルイアナ。ここだ。オレが言った穴は、あれだ」
ルイアナは馬から降り、険しい表情でその巨大な穴を凝視した。そして、低く、しかしはっきりとした声で告げる。
「……これは、ダンジョンの入口だ」
「ダンジョン……この世界には、そんなものがあるのか!」
初めて聞く言葉に、オレは思わず驚きの声を上げる。
ルイアナは、オレの方を見て微笑んだ。
「よくやったな、カズー。お手柄だ。実は、私たちの任務の一つは“ダンジョン”の発見だったんだ」
「どういうことだ?ルイアナ、ダンジョンって一体なんなんだ?」
オレの問いに、ルイアナの表情が少しだけ険しくなる。そして、静かに語りはじめた。
「ダンジョンは魔物の発生源だ。魔物は自然に生まれるものじゃない。ダンジョンの中には魔物を産み出す“核”のようなものが存在する。それを壊さない限り、魔物は際限なく生まれ続ける。まだこのダンジョンは初期段階のものだと思う。だから、今のうちに破壊しなければならない」
「そんな恐ろしいものが……。でも、どうしてダンジョンなんてものが出来るんだ?」
ルイアナは、ふと視線を落とし、ためらうように口を開いた。
「……魔王国の仕業だと言われている。魔王が、他国を攻めるためにダンジョンを用いている、という話だ」
(なるほど……。つまり、ダンジョンは敵国への侵略手段ってことか)
ルイアナが再び騎士団を見渡し、指示を出す。
「偵察任務は完了した!全班、城塞都市に帰還する!」
騎士団の面々が一斉に動き出し、整然とした列をなして撤収を開始する。
◆ ◆ ◆
翌日、城塞都市へ戻ったオレに、公爵からの呼び出しが届いた。城に足を運び、いつものようにオレの部屋で待っていると、小姓が姿を見せる。
「カズー子爵様、公爵様が大広間でお待ちです。どうぞお越しください」
大広間に入ると、そこには公爵と騎士団長のルイアナが立っていた。公爵は満面の笑みを浮かべ、オレに歩み寄る。
「おお、カズー!よくやった!ルイアナからすべて聞いておるぞ。まだ未発見だった初期のダンジョンを見つけるとは、大した功績だ!」
「初期のダンジョンの発見が、そこまで重要なことだったのですか……」
「当然だ。ダンジョンは成長すれば、もはや手がつけられん。だが、初期段階ならすぐに我らが破壊することも可能だ。都市を守るためには、今が好機なのだ」
そう言って、公爵は傍らの小姓から一本の剣を受け取り、それをオレに差し出した。
「カズー、この剣を褒美として授けよう。“妖精剣”という名の由緒ある魔剣だ。お前の戦いの助けになるはずだ」
オレは深々と頭を下げ、剣を受け取る。
「公爵様、ありがたく頂戴いたします!」
ルイアナも嬉しそうに頷いた。
「カズー、良かったな。その剣は本当に優れものだぞ」
ゲームシステムのメニューで【妖精剣】を確認すると、「俊敏」のステータスが大幅に上昇する効果があるようだ。
(これは……使える!)
公爵の声が再び響く。
「カズー子爵。ダンジョン攻略に、騎士団と共に赴くことを命ずる!」
「はっ!」
オレとルイアナは声を揃えて応える。やるしかない――オレは、剣をしっかりと握りしめた。
大広間を出たオレは、次なる準備へと動き出す。
(ダンジョン攻略となれば、魔物との激しい戦闘が避けられない。防具を整えなければ……)
オレは、以前訪れたことのある武具店へ向かった。馴染みのある扉を押し開けると、奥から筋骨隆々の中年男の店主が現れる。
「おう、いらっしゃい。今日はどんな防具を探してるんだ?」
「動きやすくて、でもある程度は鉄で守られているものがいい。重すぎると動きづらいからな」
「ふむ……そういうのなら、これがいいかもな」
店主が持ってきたのは、鉄と革を組み合わせたハイブリッドの鎧だった。頭と胴体は鉄でしっかり守られ、四肢や腰回りは軽量の革製だ。
(これなら動きやすいし、防御力もある。ちょうどいいな)
「いい感じたな。いくらだ?」
「普通は金貨3枚だが、試作品ってことで……金貨2枚でどうだ?」
「助かる。買わせてもらう」
ジョブを商人に変えたお陰だろうか。安く買えた。
こうして、オレは新たな防具を手に入れた。
◆ ◆ ◆
数日後―――。
公爵から正式にダンジョン攻略隊への参加命令が届き、俺は騎士団が集結している城塞都市の厩舎へ向かった。シャムも当然のように俺の横を歩いている。
「主、僕も一緒に行くニャ!」
その声とともに、シャムはひょいっと俺のバックパックに飛び乗った。毛並みが揺れ、尻尾が心地よさそうに左右に揺れる。
「シャム、よろしく頼むな。でも……馬のテイムはもう必要なさそうだぞ」
そう、俺はすでに“自分の馬”をコントロールできる。
厩舎の奥に繋がれていたのは、黒毛の美しい馬。名前はまだないが、すっかり俺に懐き、今では手綱を軽く引くだけで思い通りに動いてくれる。
鞍にまたがり、蹄の音を響かせながら裏手の馬場へ向かう。そこにはすでに騎士団の面々が整列していた。
「カズー、よく来たな! 私の横に付け」
騎士団長のルイアナが高台から俺に声をかけてくる。凛とした声に周囲の騎士たちも背筋を伸ばす。
「はい、ルイアナ団長」
馬を進めて彼女の隣につくと、遠征部隊の全体像が見渡せた。
(……これは、想像以上に大規模だな)
騎士団が約200名。銀の鎧を着込んだ騎士たちは、馬上で静かに指示を待っている。さらに、後方には歩兵が約500名。重装歩兵に弓兵、槍兵が隊列を整え、周囲を見渡していた。
補給隊が200名、魔法師団が50名、そして救護隊が50名。総勢およそ1000名。これが“初期のダンジョン”の攻略に動員される人数だという。
ルイアナが説明する。
「今回は初期のダンジョンとはいえ、確実に制圧するための布陣を敷いている。万が一にも失敗するわけにはいかないからな」
(なるほど……本気の遠征だ)
俺の視線は自然と魔法師団へ向かう。見覚えのある顔を探したが、師団長はクルワンではなかった。見知らぬ中年の男性が指揮を取っている。
一方、救護隊の中に一人、目を引く女性がいた。銀の装束を身にまとい、首元には神紋が刻まれたロザリオが揺れている。明らかに他とは違う“聖職者”の雰囲気。
「団長、あの女性は?」
俺が尋ねると、ルイアナは頷きながら答える。
「彼女はこの城塞都市にいる二人のプリーストの一人だ。王都から派遣されてきた本物の聖職者だよ」
プリースト──それはこの世界で“癒し”を司る者たち。非常に希少で、戦場では命綱ともなる存在だとルイアナが説明する。
俺は馬を降り、彼女のもとへ歩み寄る。
「はじめまして。カズーと申します。今回、公爵様の命により遠征に参加させていただくことになりました」
女性は静かに頭を下げ、柔らかく微笑んだ。
「はじめまして、子爵様。私はエルミナと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
その落ち着いた物腰と透き通るような声に、どこか神聖さを感じる。
俺は思い切って尋ねる。
「エルミナ様。もしよければ、プリーストについて教えていただけませんか? 癒しの魔法が使えると聞きました」
「はい。私は“ヒール”を使うことができます。切り傷や刺し傷、骨折も、部分欠損でなければ癒すことができます」
彼女は静かに言う。その姿はまるで祈りの中にあるようだった。
(……やはり、ポーションと同じで欠損には無力か。でも、戦場で即座に治癒ができるのは、何よりも心強い)
「エルミナ様。もしよければ、プリーストになるには何が必要なのでしょうか?」
その問いに、エルミナは胸の前で手を合わせ、目を閉じた。
「……王都にて、“神様”からの天啓を受ける必要があります。私も五年前、王都の大聖堂で神様から天啓を受け、この力を授かりました」
神様──この世界に存在する超常のものということか。
(神様か……オレも、この世界に来る前、“神様”に導かれた。もしかしたら、プリーストの力も、あの存在から授かるものなのかもしれない)
「ありがとうございます、エルミナ様。とても参考になりました」
「こちらこそ、子爵様。どうかご無事で」
その一言に、心が少しだけあたたかくなる。
そしてオレは学ぶ。
〈この異世界には、神様がいる〉
と言うことを。




