48話 騎士団との進軍
夜が明け、騎士団は森の奥深くへと進軍を再開した。
朝、オレはシャムのMPが全回復しているのを確認して一安心した。昨夜、確認したときにはほとんど残っていなかったからだ。
だが、オレはまだ一人で乗馬ができない。今も、シャムのテイムに頼っている。
朝、餌を与えてから馬にまたがったが、やはり馬は一歩も動こうとしなかった。暴れはしないが、まるで「指示がないから動かない」と言わんばかりだ。
(テイムは一日もつし、まぁ大丈夫だろう)
◆ ◆ ◆
そして、昼も過ぎて、恐らく本日最後の休憩に入る。
オレはいつものように、馬の世話をする。布で丁寧に身体を拭き、汚れを落とす。馬はじっと動かず、気持ちよさそうに目を細めている。
しばらくすると、斥候の一人が森の奥から駆け戻ってきた。息を荒げながら団長のルイアナに報告をする。その様子は、明らかに切羽詰まっていた。
すぐさま団長が各班長とオレを招集する。
「斥候からの報告だ。この先にゴブリンの集団を発見した。数は数十。突撃して蹴散らすぞ! カズー子爵は、魔法で後方支援を頼む!」
ルイアナの命令に各班長は頷き、それぞれ自分の班へと散っていく。オレは、団長のすぐ傍らで出撃の号令を待つ。
やがて、全班の準備が整ったことを確認したルイアナが高らかに叫ぶ。
「騎士団、突撃っ!!」
騎士たちが鬨の声を上げ、斥候の騎馬に続いて森へと駆け出す。オレも手綱を引き、馬を走らせた。
森を抜けておよそ十分——敵影が見える。
開けた林間に、ゴブリンの集団が蠢いていた。その中には、ひと際大きな影——全身を筋肉で覆われ、2メートルを超える身体に棍棒を持った“ボブゴブリン”が数体混ざっている。
しかし、こちらは騎乗している。目線の高さでは互角だ。
先頭の騎士が槍を構えて突撃、狙いを定めた一体のボブゴブリンの腹へ、鋭く槍を突き立てた。刹那、ボブゴブリンは叫びもあげられず霧のように掻き消えた。
それに続き、次々と騎士たちが突撃。馬の勢いと槍の威力でゴブリンたちは次々に弾き飛ばされ、消えていく。
ゴブリンどもは、なすすべなく散り散りに逃げ始めた。
オレも馬上から魔法を放つ。
「ファイアボール!」
火球が飛び、逃げるゴブリンの背を焼くように直撃。黒煙と共に一体が消えた。
続けて「ウィンドボール!」と叫び、風弾を放つ。巻き起こる突風が、別のゴブリンを吹き飛ばし、木に叩きつけて霧散させた。
(火の魔法も風の魔法も、ゴブリンには効果があるな……)
辺りでは、騎士たちが逃げるゴブリンを追撃している。そこへ、シャムの鋭い声が響いた。
「主! 左から敵が来るニャ!」
すぐさま左の森を見ると、別のゴブリンの集団——同じく数十——が騎士団の側面へ回り込もうとしていた。
オレはシャムに叫ぶ。
「シャム、左のゴブリンをやるぞ!」
「了解ニャ!」
シャムが叫び返すと同時に、オレの馬が左へと駆ける。
敵のゴブリンたちは、オレに気づいて矢を放ってきた。オレはすかさず鉄の盾を構えて防御する。
矢が盾に鋭い音をたてて当たり弾き返すが、何本かは馬にも当たった。それでも馬は、一歩も引かず、揺るがなかった。
(何て、強い馬なんだ……!)
感心している暇もなく、オレは魔法を再び発動する。
「ファイアボール! ウィンドボール!」
火球と風弾が連続して飛び、前列のゴブリンたちを吹き飛ばす。
だが敵は怯まず、突撃してくる。オレは剣と盾を構えて迎え撃とうとした——その瞬間、背後から団長ルイアナの声が響く。
「左翼の敵に突っ込むぞ! 私に続けっ!!」
「うおおおおおっ!!」
騎士団が再び集結し、ルイアナの後に続いて左翼のゴブリンに猛然と突撃した。剣が、槍が、ゴブリンたちを次々と薙ぎ倒していく。
やがて左翼の敵も崩れ、散り散りに逃げていった。
そのとき、シャムがまた叫ぶ。
「主! 馬にかけてるテイムが切れるニャ!」
(シャムは戦闘中にスキャンを連発して、MPが切れたんだろう……まぁ、戦闘も終わったし、馬が動かなくなっても問題ないだろう)
そう考えた矢先だった。オレの馬が、突然、まだ逃げているゴブリンの群れに向かって走り出した。
「お、おい! 待てっ……!!」
オレは必死に手綱を引くが、馬は止まらない。両腕に力を込めてしがみつくのが精一杯だった。
馬は怒涛の勢いで森を駆け抜け、敵を蹴散らしていく。逃げるゴブリンたちは、それに気づいて矢を放つ。
一矢がオレの足に突き刺さった。激痛が全身を駆け巡る。だが、ここで落ちれば命はない。歯を食いしばり、何とか馬にしがみつく。
15分ほど走り続けた頃、ようやく敵の反撃が止んだ。耳をつんざいていた矢の音も、いつの間にか聞こえなくなっていた。
少しして、馬が緩やかに足を止めた。
オレはようやく、息を整えながら周囲を見渡す余裕を得た。視線の先、岩陰の一角に、大きな黒々とした穴が口を開けているのが目に入る。その穴からは、どこか異様な、冷たい空気が漂っている。周囲の風景とは明らかに異質だ。
そのとき、シャムが鋭い声で言う。
「主、あの穴の中には――いっぱいいるニャ! 敵が、たくさん!」
ゾクリと背筋に冷たいものが走る。その穴からにじみ出る不気味さに、オレの直感が警鐘を鳴らしていた。
(……ここは、戻った方がいい)
騎士団のもとへ引き返す決意を固めたオレは、その前に、馬の様子を確かめようと振り返った。
すると、オレの馬の体には、何本もの矢が深く突き刺さっていた。濃い赤が毛並みに広がり、見るも無惨な状態だ。
「……すまん……!」
オレは震える手で矢を一本ずつ、慎重に引き抜いていく。皮膚を裂く音が耳に痛い。
だが、馬は微動だにしない。ただ、静かに立ち尽くしている。
(……絶対に痛いはずなのに……なんて気丈な馬なんだ!)
その健気な姿に胸が締めつけられたオレは、急いでアイテムボックスを開き、ハイポーションを取り出した。ためらうことなく、傷ついた馬の口元に瓶を差し出す。
ごくごくと薬を飲み干した馬の身体から、たちまち淡い光が溢れ、傷口がみるみるうちに塞がっていく。
「……良かった。これで、きっともう大丈夫だ」
オレはそっと馬の首筋に手を当て、安堵の息をつく。
しかし、シャムの魔力が切れているため、馬は魔法の補助なしではもう動かないだろうとオレは思い、手綱を取って歩かせようとした。
だが、馬は一歩も動かない。
それどころか、オレの手に、優しく頭を擦りつけてくる。
シャムが呟くように言った。
「主……馬が、乗れって、言ってるニャ……」
「えっ、そうなのか? 本当に……?」
そう尋ねながら、オレは馬の顔に手を当て、そっと撫でた。すると馬は、静かに、確かに――頭を下げた。
(……いいのか?)
オレが鞍に乗ると、馬はまるでオレの意図をすべて理解したかのように、ゆっくりと歩き出した。
蹄が地面を静かに打つたびに、確かな絆のようなものが胸の奥に芽生えていく。
オレは感じた。
今――この瞬間、オレと馬の心が通じ合っていると。
これこそが、「人馬一体」というものなのだろうか。
ゆったりとした足取りで、オレの馬は騎士団のいた場所へと歩を進めていく。
夕焼けが差し込む中、風が優しく頬を撫でた。
そしてオレは学ぶ。
〈馬と心が通じた喜び〉
と言うことを。




