46話 騎士のジョブ
オレは、朝の澄んだ空気を吸いながら、石畳の道を歩いていた。向かう先は城の厩舎。昨日、公爵の使いから「そなたに与える馬が決まった」との報せがあり、厩舎へ赴くよう指示を受けていたのだ。
オレの背中のバックパックから、ひょっこりと猫のシャムが顔を出す。長い尻尾がゆらゆらと揺れている。
「主、今日はどこに行くニャ?」
「今日は、オレの馬に会いに行くんだ」
「主、馬に乗るのかニャ? 僕も乗りたいニャ!」
「お前はオレのバックパックにいるから、もうすでに乗ってるようなもんだよ」
オレが笑いながらそう言うと、シャムは耳をぴんと立てて嬉しそうに言った。
「やったニャー!」
◆ ◆ ◆
厩舎に着くと、見覚えのある馬丁がにこやかに迎えてくれた。かつてオレがアマンダ姫と乗馬をしたとき、オレに老馬をあてがってくれた男だ。
「やっぱり、前に会った奴だな。あんた、子爵様になったのか?」
「はい。公爵様から姫を助けた褒美として領地を賜り、子爵に叙爵されました。それと、馬を頂けると伺いましたが……」
「おう、こっちだ」
そう言って馬丁はオレを厩舎の奥へ案内する。そして、1頭の黒毛の馬の前で足を止めた。
それは、かつての老いた軍馬とは全く異なる姿だった。艶やかな毛並みに引き締まった体躯。大地を踏み鳴らすような力強い蹄。そして、鋭い眼光はまるで戦場を知っているかのようだった。
「こいつは立派な軍馬だ。並の騎士でも振り落とされることがある。認めた主にしか従わんぞ。お前、乗れるか?ま、やってみろ!」
馬丁はそう言って手綱を渡し、馬を厩舎の外へ連れ出した。
オレは少し緊張しながら鞍にまたがった。思いのほか大人しく乗せてくれる。しっかり調教されているようだ。オレはアマンダ姫に教わった通りに、両足で馬の腹を軽く蹴る。
……動かない。
もう一度、腹を蹴る。
……やはり、動かない。
「駄目だな、あんた。馬に信頼されてないよ。馬は背中から乗り手の心を読むんだ」
馬丁の声には嘲るような響きはなく、ただ真剣だった。
(なるほど……馬は繊細な生き物と聞いたことがある。オレの不安を感じ取っているんだろう)
「どうしたら、信頼関係を築けるんでしょうか?」
オレがそう尋ねると、馬丁は指を1本立てて答えた。
「毎日世話をするんだ。餌をやって、体を洗って、寝床を掃除してやる。普通は1週間もすれば慣れるが……あんたは少なくとも1ヶ月はかかるな」
(1ヶ月!?毎日通って世話か……。くっ、騎士なんてなるんじゃなかった……)
落胆して肩を落とすオレの背で、シャムがひょいと前に出る。
「テイム!」
シャムが小さく呟いたその瞬間──
あの堂々たる軍馬が、まるで風を受けたようにすっと動き出した。
「うおっ……!? シャム、お前、馬をテイムしたのか!?」
「そうニャ!主の行きたい所に行かせるニャ!」
驚いた馬丁がぽかんと口を開ける。
「なんじゃ……いきなり動き出した……。お前、まさか……乗馬の天才か!?」
オレは笑ってごまかしつつ、シャムにこっそりと頼んで馬を操ってもらい、厩舎の周りをひと回りする。
そのとき──。
裏手の馬場で、馬に乗った一人の女騎士がオレに声をかけてきた。
「あなたが、カズー子爵か?」
その騎士は、一般女性よりもがっしりした体格をしていたが、どこか品があり、美しい栗毛の髪を風に靡かせていた。その髪の色は、彼女の馬と同じ色をしていた。
「はい、私がカズーです」
そう答えると、女騎士は馬からひらりと降り、軍靴の音を鳴らしながら近づいてきた。
「私はルイアナ。公爵様の命を受け、騎士団を預かっている。あなたが騎士団の訓練を見学したいと申し出たと聞いたが……乗馬の訓練は、必要なさそうだな?」
オレは少し困った顔で言った。
「いえ、その……できましたら、騎士団の訓練を拝見させて頂ければと思います。私も領地に自警団を組織しましたので、参考にしたくて」
ルイアナは微笑んで頷いた。
「自軍を持つとは良い心がけだ。明日、騎士団で武力偵察に出る。君も同行しろ。いい勉強になるだろう。朝早いから遅れるなよ」
そう言って、彼女は颯爽と馬にまたがり、風のように去っていった。
その後、オレは「テイム」無しでの乗馬を試みたが、やはり馬は動かなかった。
「シャム、明日も一緒に来てくれ⋯⋯」
「主、任せるニャ!」
◆ ◆ ◆
翌朝──。
朝日が東の空を淡く染める中、クルワン師匠の家を出ると、門の前でシャムがオレを待っていた。
ふわりとしっぽを揺らしながら、シャムはにこやかに言う。
「主、おはようニャ」
その声に、自然と微笑みがこぼれる。
「おはよう、シャム。今日も頼むな」
オレの言葉に、シャムはピンと尻尾を立てて元気よく答えた。
「任せるニャ!」
朝の澄んだ空気を吸い込みながら、オレたちは厩舎へと向かう。
馬のいななきと革の軋む音が遠くから聞こえてくる。すると──そこには、すでに騎士団長のルイアナが待っていた。
栗毛の髪を束ね、冷たい風にも揺るがぬ凛々しい瞳でこちらを見つめる彼女は、手綱を握ったまま言った。
「カズー子爵。来たな。準備が出来たら行こう!」
広場には、すでにおよそ50騎の騎士たちが整列していた。
それぞれが鎧を身につけ、手入れの行き届いた馬にまたがっている。
彼らの視線を感じながら、オレは深く一礼し、口を開いた。
「カズーです。武力偵察に同行させていただきます。どうぞ、よろしくお願いします」
数人の騎士が軽く頷いたり、手を上げたりと反応を返してくれたが、全体としては控えめなものだった。
(あまり歓迎されてないようだ。まぁ、武力偵察に見学人など邪魔でしかないか⋯⋯)
だが、彼らの目には警戒というよりも、既に団長から話を聞いていた者たちの落ち着いた受容の色があった。
少なくとも、──そう思えた。
やがて、馬丁がオレの馬を引いてくる。
黒毛の精悍な馬で、瞳がどこか利口そうだ。
しかし、オレは乗馬の経験など皆無に近い。
躊躇しつつも、どうにか馬にまたがったその瞬間──
肩越しから、シャムの声が聞こえた。
「テイム!」
小さく光が弾けるような感触と共に、馬の身体がピクリと動き出す。
まるで魔法に導かれるように、馬が団長の横へと自然に歩み寄った。
「……ありがとう、シャム」
「当然ニャ」
シャムがふふんと鼻を鳴らす。
するとルイアナが、振り向いて言った。
「カズー子爵は、私の横に。では、行くぞ!」
「おおーっ!」
勇ましい掛け声が上がると同時に、騎士たちが一斉に動き出す。
重なる蹄の音が、地面を震わせるようだった。
オレは手綱を強く握りながら、ルイアナに挨拶する。
「団長、改めて……よろしくお願いします」
彼女は微笑を浮かべ、さらりと言った。
「ルイアナと呼んでくれ。君と同じく子爵の身分だ。私もカズーと呼ばせてもらおう」
その言葉に少し戸惑いながらも、オレは頷いた。
「……はい。ルイアナ……よろしくお願いします」
ぎこちないながらも、名前で呼ぶ。
彼女は満足そうに頷いた。
そしてオレは学ぶ。
〈馬には簡単に乗れない〉
と言うことを。




