45話 帰路
オレの船は、陽の光が穏やかに海面を照らす中、自由都市の港を静かに離れた。
満載の武具を積み込んだ帰路。目的を果たした達成感と高揚感が、胸の奥に灯る。
船長には、マーブル島までの一日航行を急がず安全第一で進むように命じてある。
潮風が頬を撫で、オレのマントが風に踊る。
甲板に立ち、遠ざかる自由都市を背に、マーブル島を目指すその時──。
シャムが、猫らしく足元にすり寄りながら言った。
「主、魚釣りはやらないのかニャ?」
その声に笑って返す。
「そうだな。今度やろう!」
「約束ニャ!主!」
シャムが嬉しそうに尻尾を振るその時、異変に気づいた。
左舷に目をやると、同型の船が並走している。
(まさか……)と右舷を振り向けば、そこにも同じ型の船が──。
「どういう事だ!」
オレは即座に船長を呼ぶ。
「船長!この船と同じ型の船が、左右で伴走しているぞ!」
船長の表情が険しくなり、声を低くして言った。
「カズー様、それは海賊船です。この船は、元は海賊船……。奴ら、挟み撃ちにするつもりです!」
「……なんだと!? 船長、逃げられないのか!」
「やってみましょう! 野郎ども、オールを持てぇ!!」
船内に緊張が走る。船員たちが一斉に下層に駆け込み、巨大なオールを掴んで漕ぎ始める。
「野郎ども、死ぬ気でオールを回せ!!」
船長の怒号が響き渡る。
船は唸りを上げて加速する──が、海賊船もまた動き出していた。
「船長、奴らも加速している!」
その時、シャムの目が金色に光る。《スキャン》スキルの発動だ。
「主! 奴らは敵だニャ!」
迷いはない。オレはすぐさまバックパックにシャムを入れ、ジョブを[戦士]に変更する。
(海賊船が2隻。こちらはたった20人……乗り込まれたら危険だ!)
海賊船はじりじりと距離を詰めてくる。
「船長、海賊船の方が速いぞ!」
「この船は荷が重いですからな……追いつかれます!」
「わかった。魔法で牽制する」
左側の海賊船に向け、オレは詠唱する。
「ファイアレイン!」
空から燃え盛る火の粉が降り注ぎ、甲板を駆け回る海賊たちを灼く。マストに炎が移り、煙が立ち上る。
しかし、今度は右舷──。
フックが飛来し、海賊たちが乗り込もうとしていた。
「野郎ども、甲板に上がって応戦しろ!」
船長の怒声とともに、船員たちが武器を手に応戦へ向かう。
オレは左舷の海賊船に対し、次の一手を繰り出す。
アイテムボックスから【爆裂玉】を取り出し、甲板へと投擲。
――ドォォン!
轟音とともに海賊が吹き飛ぶ。さらに側面に狙いを定め、炎の魔法を連射。
「ファイアボール!」
火球が船体に直撃し、分厚い板を焼き裂く。
「ファイアボール!」 【爆裂玉】
「ファイアボール!」 【爆裂玉】
「ファイアボール!」 【爆裂玉】
容赦ない魔法の連打。ついに左舷の海賊船は浸水を始め、速度を失って後方へと離れていく。
(……これで一隻は無力化できた)
だが安堵も束の間。右舷の海賊たちは既に船内に侵入し、甲板では激しい戦闘が始まっていた。
「主、海賊が来るニャ!」
シャムの叫びと同時に、一人の海賊が剣を振りかぶってオレに突っ込んでくる。
「ファイアボール!」
火球が直撃し、海賊は火花と共に吹き飛び、海へと消えた。
剣を抜き放ち、オレは叫ぶ。
「降伏しろ! お前たちの負けだ! 左舷の海賊船を見ろ!」
振り返った海賊たちの視線の先には、燃え盛り、崩れながら沈んでいく海賊船の姿があった。
「オレは火の魔法使いだ! 貴様らの船も燃やしてやろうか!?」
炎と威圧に心を折られた海賊たちは、次々と武器を捨て、ひざまずいた。
「船員たちよ、投降した海賊を縛れ!」
船長が号令をかけ、縄で縛られた海賊たちは、順に敵船の倉庫へと押し込められた。
倉庫は空だった。恐らく、この船の荷を奪う準備をしていたのだろう。
船員の中には負傷者もいたが、重傷者には【ハイポーション】、軽傷者には【傷薬】を使って治療を施す。
(……《オート・リカバー》よりも、ハイポーションの方が回復が早いな)
オレは満足し、船長に指示を出す。
「海賊を連れて、城塞都市へ向かおう。もう一隻の船は、他の船員で操縦させろ」
翌日──
城塞都市の石畳に馬車の車輪が響き渡る頃、オレはすぐさま公爵の居城へと向かっていた。
城門をくぐり、衛兵に身分証を見せると、彼らは敬礼をしながら道を開ける。
騎士団員に海賊を捕えた事とオレの船からの移送を依頼した後、オレは、一連の報告のために公爵への面会に行く。
すでに伝令で連絡が入っていたのだろう。すぐにオレは、公爵との謁見を許され、大広間へと通された。
広々とした大理石の床に、緋色の絨毯が伸びている。その中央に立つ人物──公爵だ。
「おお! カズー。無事で何よりだな!」
公爵は満面の笑みを浮かべながら、力強くオレの手を握ってきた。
その手には、遠征を終えた者への労りと、信頼の重みがあった。
「はい、途中までは順調だったのですが……帰路で海賊の襲撃に遭いまして」
オレが慎重に言葉を選びながら答えると、公爵は驚いたように目を見開き、すぐに肩に手を置いてきた。
「しかし、お前はそれを退け、しかも海賊船を拿捕したと聞いている」
「はい。運が良かっただけです。味方の被害も出ましたが、何とか……」
そう応えつつ、胸に抱えていた懸念を切り出す。
「実はもう一件、ご報告がございます。自由都市に滞在中、ユリウス伯爵から呼び出されました。そこで、城塞都市および関連貴族の情報を提供するよう提案がありました。私が断ると、彼は冗談だと笑ってはおりましたが……」
言い終えると、公爵の表情が陰る。
「……やはり、か。あの男、ついにお前のような新参の貴族にまで手を伸ばし始めたとは……見境がない」
重々しい声でそう呟き、公爵はしばし考え込むように顎を撫でた。
「ユリウス伯爵には、以前からよからぬ噂がある。どうやら他国と密かに通じているとも……本当かどうかは定かではないが、用心するに越したことはない。あまり関わらぬ方がよいだろう」
「畏まりました」
オレは膝を折って頭を垂れた。
あのとき、無用に深入りせず断ったのは正解だったのかもしれない──そう思う。
気を取り直し、もう一つの確認をする。
「公爵様、拿捕した海賊船の扱いについてお伺いしたいのですが……」
「ふむ。もちろん、お前のものになる」
即答だった。
やはり、賊を討ち取った者がその所有物を得るという原則は、ここでも生きているらしい。
「何か他に欲しいものはないか? 報酬として、何か望みがあるなら遠慮なく言え」
そう言われ、オレは少し考える。
海賊との戦いのあと、新しいジョブを獲得した。
戦士のジョブレベルが40に達し、新たに得たジョブ──それは[騎士]だった。
騎士には馬が必要だ。
「もし可能であれば……馬を一頭、頂ければ幸いです」
「馬か!」
公爵は声を上げ、目を細める。
「なるほど、確かに貴族には必要だな。……カズー、お前は馬に乗れるのか?」
オレは正直に答える。
「いえ……素人です。アマンダ姫と一度、軽く乗ったことがある程度で……」
「そうか。それなら騎士団に行くといい。訓練に参加できるよう、私の名で通しておこう」
「ありがとうございます」
思わず頭を下げてしまった。
訓練が必要だと自覚している自分にとって、それは何よりの報酬だった。
──そう、貴族の社会は戦場と同じだ。
剣の代わりに言葉が飛び交い、裏切りが陰で刃となる世界。
その中で生き抜く術を、オレは学び始めていた。
そしてオレは学ぶ。
〈貴族には裏切り者もいる〉
と言うことを。




