44話 自由都市の領主
日が暮れかけた石畳の道に、赤く染まった夕陽が静かに降り注いでいた。長く伸びた影が、街の終わりを告げる鐘の音と共に揺れている。オレは、役人に、この地を治める領主について尋ねた。
「名前はユリウス伯爵様です。芸術に心酔していて、絵画を多く集めておられる方です」
そんな話を聞きながら道を歩いていると、荘厳な造りの館が視界に現れる。領主の館だ。門の前には重装備の衛兵が二人。だが、役人が耳打ちすると衛兵は無言で門を開いた。
館の中は静まり返っていた。オレは客間でしばし待たされたが、間もなく一人の小姓が現れ、丁寧に一礼して言う。
「カズー子爵様、伯爵様がお待ちです。どうぞこちらへ」
案内されたのは、広々とした大広間だった。公爵様の城の大広間と同じくらいの規模だが、雰囲気がまるで違う。壁一面に飾られた絵画の数々が、部屋に格調高い美しさを与えていた。色彩豊かで精緻な筆致──芸術に疎いオレでも、それがただ者ではないことくらいはわかった。
大広間の中央に立つ男──ユリウス伯爵は、オレと同じくらいの年に見えたが、その装いは豪奢で、金糸が織り込まれた上着はまるで宝石のように光っていた。
「ユリウス伯爵殿、お招き頂きありがとうございます。私はカズーと申します」
伯爵は優雅な動作で微笑み、言った。
「ユリウスだ。お初にお目にかかる。……どうだ、この都市は?」
オレは答える。
「素晴らしい都市です。活気があり、多くの物資が行き交っていて、まさに繁栄の象徴だと思います」
伯爵は口元をわずかに綻ばせた。
「カズー子爵も授爵されたばかりだと聞くが、海賊討伐で名を上げたそうではないか?」
やはり、噂はすでに耳に届いているようだ。オレは肩をすくめて答える。
「いえ、運が良かっただけです」
伯爵は興味深げにオレを見つめながら問いを続けた。
「ところで、カズー子爵は何のご用でこの都市へ?」
「はい。領地の自警団に支給する武具を購入しに参りました」
正直に答えると、伯爵の目が少し鋭くなった。
「かなりの数を買い付けたと聞く。……資金はどうされたのかな?」
「海賊の財宝を使用しました」
実際には、まだ支払いは済ませていないが、そう返答すると、伯爵はふと背後の壁に目をやり、そこに飾られた一枚の絵画を指しながら言った。
「なるほど、海賊の財宝か。どうだ、ここにある絵画を一つ買わないか?こちらのものは、金貨1000枚なら譲っても良いぞ」
唐突な提案だった。だが、オレは首を横に振った。
「申し訳ありません、芸術の心得がなく……私にはその価値を判断できませんので」
伯爵は「そうか」と言い、さほど気にした様子もなかった。が、心の底で何かが動いた気配はした。
(……断って良かったのだろうか)
そんな迷いを抱えていると、伯爵が再び口を開いた。
「カズー子爵は、まだ貴族としての日が浅かろう。何か困ったことがあれば、何でも私に聞くと良い」
「ありがとうございます。心強いお言葉です」
オレが頭を下げると、伯爵の口調がやや変わった。
「私も、カズー子爵から城塞都市やその周辺貴族の話をぜひ聞きたいと思っている。なに、情報交換というやつだよ。よろしく頼む」
(……まずいな。これは情報を引き出すつもりか?)
オレは、言葉を選びながら答えた。
「申し訳ありません。私は公爵様の配下です。軽々しく他領の方に自領の情報をお話するわけには参りません」
その言葉に、伯爵の表情が一瞬だけ険しくなった。
「……冗談だよ。気にするな。ところで、カズー子爵はいつ出発するのかな?」
「明日、荷の積み込みが終わり次第、出発する予定です」
伯爵は少し身を乗り出し、叱責するように言った。
「ふむ、貴族として仕方ない部分もあるのだろうが、子爵たる者、他領を訪れた際には表敬訪問をするのが礼儀だ。自由都市とはいえ、礼は尽くすべきだぞ。では、帰るが良い!」
「申し訳ございません。無礼をお詫び申し上げます」
オレは深く頭を下げ、領主の館を後にした。
(貴族の作法……そんなものがあったのか。面倒くさい。やはり、貴族になんてなるべきじゃなかった……)
そう思いながら、船に戻る。夜の港には潮風が吹き抜け、船の帆をかすかに揺らしていた。
◆ ◆ ◆
そして翌日──。
朝早く、シャムが帰ってきた。毛並みに砂埃をまとい、少し疲れた様子だが、しっかりとした足取りでオレの前に跳ね上がる。
「主、ただいまニャ……」
シャムは首輪を前足で掻きながら言う。
「主、首輪を見てくれニャ……」
見ると、首輪に付いていた宝石が1個から2個に増えていた。ゲームシステムのメニューで確認してみると、装備の効果が『最大MPアップ』から『最大HPMPアップ』に変わっている。
「僕はタダじゃ寝ないニャ。店主から貰ったニャ……」
(どうやって……?)
深くは追及しない。オレはシャムの頭を優しく撫でた。
その時、街道から軋む車輪の音が聞こえてきた。多数の荷馬車が到着し、甲冑や槍、弓といった武具が次々と運び込まれてくる。船員たちが手際よく荷を積み込む中、商人のマリオが現れた。
「これで全て揃ったよ。買取りの金額と差し引いて、金貨440枚になる」
オレは懐から金貨を取り出して手渡す。
「また頼む」
マリオも笑顔で答えた。
「こちらこそ、またぜひ頼む」
オレはマリオの背中を見送りながら、ふと考える。
(いい商人だ。今後も良い関係を築けるだろう)
そしてオレは学ぶ。
〈貴族には不文律がある〉
と言うことを。




