43話 アイテム店
「少し街を見てこようか」
そう呟き、オレは若い商人から聞いていた商店街を目指すことにする。相棒のシャムも一緒だ。こいつもまた、街歩きが嫌いじゃない。
「シャム、幸先よく武具も手に入れたし、何か食うか?」
「主、魚が良いニャ!」
さすがはシャム。迷いのない即答だった。
商店街の路地を進んでいくと、香ばしい匂いが鼻をくすぐる。露店の炭火で焼かれた魚が、じゅうじゅうと音を立てていた。
「焼き魚を二つくれ」
そう言って銅貨2枚を渡す。思ったより安い。熱々の焼き魚を受け取り、1本をシャムに渡すと、彼はしっぽをピンと立てて目を輝かせた。
その様子があまりに微笑ましく、つい追加で10本注文してしまう。アイテムボックスに保存しておけば、後でいつでも食べられる。すると、店主がニヤリと笑って言った。
「じゃあ、銅貨7枚でいいよ。たくさん買ってくれてありがとね」
思わぬ値下げに、少し得した気分になる。
焼き魚をしまいながら、ふとアイテムボックスの中を確認して、ある物の存在を思い出した。
(そういえば……あの海賊の財宝の中に、宝石があったな)
手持ちの資金も潤うだろう。売るなら今だ。オレは足早に近くのアイテム店を目指す。
見つけた店は、ひときわ大きな店構えだった。重厚な木製の扉を開けると、カラン、と澄んだ音が鳴る。それと同時に、中から声が響いた。
「いらっしゃいませ。どのようなご用でしょうか?」
現れたのは、黒髪の女性店主。整った顔立ちに、落ち着いた雰囲気。しかしその瞬間、シャムが「フッ」と低くうなり、毛を逆立てた。
(……この反応、どこかで……)
思い出した。城塞都市で出会った猫好きの店主だ。空気がまるで同じだ。
「なんて可愛い猫ちゃんなのーっ!」
ほらな、と思いながら、オレは宝石の袋を取り出して差し出す。
「この宝石を、買い取ってもらえるか?」
女性店主は猫への熱視線を一旦引っ込め、袋を開けると中の宝石をひとつひとつ丁寧に見定める。そして、唇の端をゆるく上げて言った。
「……金貨100枚ね。でも、その猫ちゃんを抱かせてくれたら、金貨130枚にしてあげるわ」
シャムを見る。彼はすでに察していたようで、じとっとオレを見つめている。
「シャム、頼む」
「……主、これは交渉ニャね。わかったニャ」
渋々ながらも、シャムは女性店主の腕の中に収まる。すると店主は頬を緩ませ、うっとりとした表情でシャムを撫で始めた。
(……すまん、シャム。だが、これは必要な犠牲だ)
礼儀として商品棚を眺めると、目を引くものがあった。ハイポーション、爆裂玉。そして、攻撃の指輪と防御の指輪。
「このポーションは?」
「通常のポーションより回復量が高いものよ。高位冒険者向けね」
「爆裂玉は?」
「衝撃で爆発する魔法の玉。魔力を封じ込めてあるの。壁を壊したり、敵の足止めにも便利よ」
それだけではない。指輪を手に取ると、メニューにステータス補正が表示された。
『物理攻撃+5』『物理防御+5』
……本物だ。
「これら全て、買おう。ハイポーションと爆裂玉は99個ずつ」
店主は目を丸くしながらも、素早く奥の倉庫に向かう。その間も、シャムは抱かれたままだ。
そして戻ってきた店主は、にやりと意味深な笑みを浮かべながら言った。
「……実はね、特別なアイテムがもう一つあるの。猫ちゃんを、今晩一晩だけ貸してくれるなら、売ってもいいわ」
そう言って、彼女は奥の棚から何の変哲もないバッグを取り出した。
「これ、【魔法のバッグ】よ。手に持てるものなら、10種類、各100個まで収納できるわ。もちろん出し入れは自由」
オレは目を見開いた。
(……掘り出し物だ!以前、チャンから聞いたやつだ!)
アイテムボックスは便利だが、他人の前では使えない。街中や人がいるところでの取り出しには難がある。だが、このバッグがあれば……堂々と使える。
「……いくらだ?」
「本来は金貨100枚以上。でも、猫ちゃんを借りれるなら、金貨70枚でいいわ」
すぐさまシャムを見た。真剣な目で言う。
「シャム、頼む。これは、これからのオレたちの冒険に必要なんだ」
シャムは、しばし沈黙したのち、ふっとため息をついた。
「主……わかったニャ。頑張るニャ……」
オレは深く頷き、店主に向かって言った。
「条件を呑む。買おう」
すると店主はにこやかに頷き、計算して、最後に金貨20枚を返してきた。
「まいどあり。いい買い物だったわね」
オレは、手に入れた装備とアイテム、そしてバッグを見て満足した。
シャムには、悪いことをしたと思っている。だが、彼の犠牲のおかげで得られたものは大きい。
オレは、さっそく魔法のバッグから【攻撃の指輪】と【防御の指輪】を取り出し、指に装備した。金属とも宝石ともつかない独特の輝きが指に馴染んだ瞬間、身体の内側から力が湧き上がるのを感じる。視界の端には一瞬だけ、ステータス上昇を示すウィンドウがポップアップした。
「よし……これで戦闘が少し楽になるだろう」
そう呟きながら、魔法のバッグをそっとアイテムボックスに収納する。
(やった……【魔法のバッグ】がそのままアイテムとしてアイテムボックスに入った。これで、保有可能な枠が+9だ。しばらくは容量を気にせずに済みそうだな。何かあれば、この【魔法のバッグ】を出してやり過ごせる)
アイテム整理も一段落し、ゲームシステムの挙動を確認しながら船へと戻る。その途中、見覚えのある制服姿の役人が埠頭のそばで待っていた。
「カズー子爵様」
名前を呼ばれ、足が自然と止まる。
「この都市の領主様が、貴殿にお会いしたいとのことです。どうか、お越しください」
背筋を正して丁寧に頭を下げる役人の目には、こちらの返答を拒む余地はない。
(……やな予感がする。だが、この流れじゃ断れないな)
心の中で小さくため息を吐きつつも、オレは無言で頷いた。役人の案内に従い、静かに歩き出す。街の喧騒が徐々に遠ざかり、石畳の広い通りの向こうに、重厚な門構えの館が見えてきた。
領主の館――
オレの中に渦巻く不安が、確かな形を帯びていく気がした。
そしてオレは学ぶ。
〈猫好きは、どこにでもいる〉
と言うことを。




