4話 危機
◆ ◆ ◆
⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯
オレは生きていた。
滝壺に落ちた衝撃で、てっきり死んだと思っていた。しかし――スキル《エマージェンシー・リカバー》が発動していたらしい。
HPが0になる直前にHP1で踏みとどまり、その代わりにMPが1減る。そんなチートじみたスキルに、命を救われたのだ。
オレはなんとか滝壺から這い上がったが、背中の傷が深く、出血が止まらない。メニューを見ると、HPは1のまま変わらないがMPはじわじわと減り続けている。残り10になった⋯⋯⋯⋯。
――あと1分も持たないだろう。
せっかく異世界に来たというのに、たった1日で終わりとはついてない。
《幸運》のスキルをもらったはずだが、神様が言っていた通り、それだけではどうにもならないと痛感した。そういえば、神様から「魔王を倒せ」と命令されていた。
(神様……使命を果たせず、すみません)
絶望を噛み締めながらメニューを確認すると、不意にポップアップが現れた。
『【小回復の実】を入手しました』
気づけば、手に小さな赤い実が触れている。
どういうことだ⋯⋯⋯?
多分、手にしたものをゲームシステムはオレが手に入れたと認識したようだ。
小回復とあるのでポーションのようなものだろうか⋯⋯⋯⋯。
今は迷っている暇などない。すぐにそれを口に放り込んだ。
するとHPとMPが1ずつ回復する。ほんのわずかだが、生への望みが繋がった。
オレは必死に地を這い、さらに赤い実を探す。
――そして、MPが尽きかけるその時。
視界の先に、赤い実の群生地を見つけた。
オレは無我夢中で実を食べまくった。苦くて不味い味だが、気にしていられない。
命のために、ひたすら食う。数えていたわけじゃないが、気づけば50個ほどは食べていただろうか。
そのとき、またポップアップが現れる。
《オート・リカバー》のスキルを獲得しました。
すると、赤い実を食べていないのに、HPとMPが1秒ごとに1ずつ自動回復し始める。
(なんだこれは?何が起きているんだ)
《オート・リカバー》スキルを手に入れてから起こっている。これはスキルの能力だ。オレはメニューのスキル欄の《オート・リカバー》を確認する。『自動的に小回復』と説明がある。
オレは歓喜に震えた。
どうやら何かの条件を満たし、レアスキルを手に入れたらしい。
それから、オレは急いでアイテムボックスから【ファーストエイドキット(使いかけ)】を出す。それを開け、痛み止めを飲み、背中に傷薬を塗る。
《オート・リカバー》のおかげで、HPもMPもみるみる回復していく。傷口も無かったかのように塞がっていく。
――助かった。生き延びることができた。オレは何とかもがいて生き延びることが出来た。異世界は厳しいところだが乗り切った。
(神様、ありがとうございました。《エマージェンシー・リカバー》と《幸運》のお陰です。……本当に感謝します)
赤い実はたくさんあった。取れるだけ取っておこう。これがなければ、今日の命はなかったかもしれない。
アイテムボックスに収納する。
【小回復の実】 ×99が10個分作れた。興奮して、少し取りすぎたかもしれない。
(今生きているのは、この赤い実のおかげだ!)
少し、呆然と立っていると日が暮れてきた。この場所には灯りがないので、すぐに暗くなりそうだ。
オレは生きるためにやらなければいけないことを考える。このままでは真っ暗になる。寝る場所はどうするか⋯⋯⋯⋯
(そうだ!)
アイテムボックスから【エバキュエーションキット】を取り出す。
(これは良いぞ!)
エバキュエーション・キットは大型のバックパックで、いろいろな装備が詰まっている。かなり使える代物だ。
中身は、テント、寝袋、焚き火セット、キャンプ用の簡易調理器具、サバイバルナイフ、懐中電灯、そして三日分ほどの水とカンパンなどの食料。
(良かった。これで当分は食料にも困ることはない)
野営出来そうな場所を探すと川の近くに平らな場所があった。
暗くなる前に周囲から枝や倒木を集め、焚き火を起こす。テントも、なんとか張ることができた。
(やれば出来るものだ)
最近流行っていた一人キャンプを一度やりたかったので少し楽しい。
オレは、焚き火を眺めながら夕食をとる。すっかり日も暮れて真っ暗だ。
(――今日一日、本当にいろんなことがあった)
今、オレは「生きている」と強く実感している。
元いた世界では、決して味わえなかった感覚だ。だからこそ、今ここでの一瞬一瞬が鮮やかに胸に刻まれている。
昔のオレは、本当に「生きていた」のだろうか?
今日は、生きるために必死でもがいた。
そのすべてが、充実感に変わっている。
かつてのオレは、いじめに苦しみ、ブラック企業とパワハラ上司に心を壊され、完全に病んでいた。
今思えば、あれは生きていたのではなく、ただ「耐えていた」だけだったのかもしれない。
オレは見えない社会の常識や恐怖に縛られ、逃げ出すこともできず、ずっと苦しんでいた。
だが今、ここに来て、やっとわかった。
自由に生きることは、決して不可能なことじゃない。
一歩を踏み出すことは、本当はそれほど難しくないということを。そして、解放された先には”自由”と”精神の幸福”が待っている。やれば出来るんだ!
オレはふと空を見上げた。
満天の星が夜空を覆っている。異世界の星はなんと綺麗なんだろう。今まで星を見上げるなんてしたことがなかった。綺麗な星々がオレを祝福しているようだ。
今日一日は、本当に大変だった。
だけど、オレは人として本来あるべき「生き方」に少し近づけた気がする。
(さようなら、昔のオレ⋯⋯⋯⋯⋯)
そしてオレは学ぶ。
〈前に進む〉
と言うことを。