33話 散策
翌朝、豪華な食事を終えると、領主代行のキールがオレを町へと案内してくれた。薄暗い空の下、重い石畳の道を二人で歩く。昨夜、最初に出迎えたあの武装した大男が近くにいるからか、あるいは別の理由か、誰もこちらに近寄ってこない。道行く人々は、遠巻きにオレたちをちらりと見ては、すぐに視線を逸らしていく。
(恐れられているのか?それとも、警戒されているだけか?)
沈黙を破り、オレはキールに問いかけた。
「ここでの統治は、何か難しいことがありますか?」
キールは困ったように眉を下げ、遠くを見るような目で答える。
「ええ……、かなり大変です。特に、住民たちが言うことを聞かずに苦労しております」
「例えば、どのようなことでしょうか?」
オレがさらに問うと、キールは空を見上げ、ため息交じりに言葉を絞り出した。
「税金を……、払わないんです。取立が本当に大変でして……」
それから数十分、キールは領地代行としての苦労話を延々と語り続けた。その言葉の節々には、住民への侮蔑が滲んでいた。
町を巡っているうちに、キールは不意にオレを細い袋小路へと誘った。あたりはひっそりとして、妙に静まり返っている。その時だった。
「主、敵がたくさん来るニャ!」
背中のバックパックに潜んでいたシャムが、鋭い声で警告を発する。
シャムが指し示す方向を見ると、路地の奥から重い足音を響かせ、十人ほどの武装した男たちが迫ってきていた。
「どういうことだ!」
オレがキールに詰め寄ると、キールは何も答えず、まるで初めからそうするつもりだったかのように、男たちの脇をすり抜けて去っていく。
(嵌められた……!)
男たちがゆっくりと間合いを詰めてくる。逃げ場のない状況に、オレは静かに決意を固めた。
「やるしかないか!」
シャムはバックパックの中で身を潜めており、安全だ。そして幸いなことに、ここは袋小路。うまく立ち回れば、一度に複数の敵と対峙せずに済むかもしれない。
オレのジョブは火の魔法使い。子爵の身分証を発行した際に変更したままだった。しかし、戦士のスキルも手に入れている。
アイテムボックスから鉄の剣と木の盾を取り出し、素早く装備する。そして、何よりもまず防御だ。
「ファイアウォール!」
呪文を唱えると、オレと武装した男たちの間に、燃え盛る炎の壁が瞬時に立ち上がった。男たちはその熱と威圧感に怯み、足が止まる。
その隙を見逃さず、オレは追撃の全体攻撃魔法を放った。
「ファイアレイン!」
空から火の粉が雨のように降り注ぎ、男たちの服に燃え移る。男たちは炎を消そうと、あたふたと動き回った。
畳みかけるように、さらに攻撃魔法を放つ。
「ファイアボール!」
一つの火球が、武装した一人の男を直撃し、その巨体が吹き飛んだ。
その時、一人の男が火の壁を回り込み、剣を構えてオレに迫ってきた。オレは盾でその一撃を受け止め、間髪入れずに魔法を放つ。
「ファイアボール!」
再び火球が放たれ、男は勢いよく後方へ吹き飛ばされた。
オレは炎に怯む男たちの脇を駆け抜け、袋小路から脱出する。そして、追撃を防ぐため、男たちとの間に再び火の壁を再展開した。
「ファイアウォール消えろ!」
最初の壁を消し、
「ファイアウォール!」
新たな炎の壁で道を塞ぐ。これで逃げ切れる。そう思った矢先、遠くの路地の角から、さらに十人以上の武装した男たちがこちらに向かってくるのが見えた。
(まずい、同じ魔法は一度に一つしか使えない!)
絶望が胸をよぎったその時、左手の路地裏から、一人の壮年を過ぎた男がオレに声をかけた。
「おい!こっちだ!早く来い!」
オレは一瞬ためらったが、他に選択肢はなかった。男の言葉を信じ、指示に従う。
男は複雑に入り組んだ路地を、まるで知り尽くしているかのように迷いなく進んでいく。オレも必死にその後を追った。
一時間ほど男について行くと、彼は一軒の古びた物置小屋に入っていった。中に足を踏み入れると、男は扉を閉め、ようやく一息つく。
「新しい領主様、私は前の領主代行をしておりました、ジーノと申します」
男が静かに語り始める。
「ジーノさん、ありがとうございました。助かりました」
オレは素直に感謝を伝えた。
前の領主代行、ジーノは言葉を続けた。
「今の領主代行のキールが、昨夜、海賊どもと新しい領主様を殺害する相談をしているのを耳にしまして。何とかお助けしたいと、ずっと機会を窺っておりました。無事で良かったです。しかし、領主様の魔法は本当に凄まじいですね!」
オレは冷静に、一番の疑問をぶつけた。
「ジーノさん、なぜキールはオレを殺そうとするのですか?」
ジーノは、静かに、そして重い口調で答える。
「領主代行のキールは、この島を根城にする海賊どもと結託しているのです。このマーブル島は今や、海賊たちの居留地と化しております」
その言葉で、すべての点と点が繋がった。税金が払われない理由、住民が怯えていた理由、そして、キールがオレを陥れようとした理由。この島全体が、悪の巣窟だったのだ。
オレは、静かに、そして力強く決意を固める。
「ジーノさん、領主代行と海賊を殲滅します。力を貸してください!」
そしてオレは学ぶ。
〈悪の巣窟は身近にもある〉
と言うことを。




