29話 買い物
翌朝。
オレは、昨夜のボロボロの服をまといながら、街へと出かける準備をしていた。服が必要だ。今夜は貴族との食事が控えているのだから、みすぼらしい格好のままでは失礼にあたる。
玄関を出て数歩も歩かないうちに、見慣れた影が近寄ってきた。
「主、どこ行くニャ?」
シャムだ。オレを待っていてくれたらしい。こいつは、いつもどこか抜けてるが、妙に人懐っこくて、可愛いやつだ。
「オレの着る服を買いに行くんだ。服屋の場所、知ってるか?」
「知ってるニャ!案内するニャ!」
胸を張ったシャムは、すぐに街の通りを軽快に歩き出す。しっぽをふりふりと揺らしながら、まるで自分が街の案内人であるかのように。
オレは、少し意外だった。この街に来てまだ日も浅いのに、シャムは随分と道に詳しい。どこで覚えたんだか。
人通りの多い石畳の通りを、しばらく歩く。
それなりに時間も経った頃、シャムが突然立ち止まって、得意げに前足を掲げた。
「ここニャ!」
オレが顔を上げると、そこにあったのは……食べ物の露店だった。
「おい、シャム。ここは服屋じゃないだろ!」
思わずツッコミを入れる。案の定というか、やっぱりというか、シャムが行きたかったのは服屋じゃなくて――うまいものがある場所だったのだ。
ため息をひとつ。しかし、確かにこの露店は美味そうな匂いを漂わせている。炭火で焼かれた鳥のローストや、香ばしく焼かれた魚の香りが胃袋を刺激してくる。
「まあ、ついでだ……」
オレは店主に声をかけた。
「その鳥のローストと、焼き魚を一本ずつくれ!」
陽気そうな店主が笑顔で答える。
「はい、ありがとうございます。大銅貨1枚になります!」
オレは銀貨を1枚差し出すと、店主が慣れた手つきで大銅貨9枚を返してくれた。どうやら、この世界では銀貨1枚=大銅貨10枚らしい。これも覚えておかないと。
そして、焼きたての鳥肉と魚を受け取る。湯気の立ち昇るそれらは、見た目にも香りにも食欲をそそられる。
「なあ、店主。服屋って、この辺にあるか?」
「はい、すぐ近くですよ。――この道を真っ直ぐ行って、二つ目の角を右に曲がってください」
店主は親切にも道順まで丁寧に教えてくれた。
感謝を述べた後、オレはシャムに焼き魚を手渡し、自分はロースト肉にかぶりつく。
……うまい。鳥の皮はパリッと香ばしく、肉汁が口の中に広がる。スパイスも程よく効いていて、思わず目を細める。
ふと隣を見ると、シャムが焼き魚を頬張りながら、得意げにこちらを見ている。
「“どうだ”、って顔してるな……」
まったく、お前はどこまでマイペースなんだか。
それでも――オレたちは、その後、服屋へと向かった。
◆ ◆ ◆
服屋の扉を開けると、すぐに店内から整った身なりの女性店員が出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。どのようなご用でしょうか?」
オレは少し照れくさそうに説明する。
「今夜、ある貴族と食事をする予定でして、ちゃんとした服が必要なんですが……あいにく、手持ちがこうでして」
身を屈め、みすぼらしい服を見せる。女性店員はすぐに察して、「畏まりました」と軽く頭を下げ、奥の棚へと消えていった。
その間、オレはシャムと一緒に店内の服を眺める。
すると、シャムが前足でトン、とある服を指す。
「主、この服が僕は良いニャ!」
見ると、それはひらひらとしたフリル付きの女性用ワンピース。しかもかなり華やかなやつだ。
「……シャム、それは女性用だ。しかも、お前は猫だから、そもそも着れないだろ……」
シャムはしゅんと肩(?)を落として、尻尾をしおれて下げた。
「わ、わかったよ。どこかでお前にも何か買ってやるから、元気出せ」
シャムは目を輝かせて、「はいニャ!」と声を上げた。
そこへ、奥から女性店員が数着の服を抱えて戻ってくる。
「お待たせしました。今すぐご用意できるのは、中古品になってしまいますが……こちらはいかがでしょうか?」
見せられた服は、質こそ上等とはいかないが、しっかりと手入れされていて、なかなか悪くない。
試着室で袖を通してみると、サイズもぴったり。シャムも「良いニャ!」と太鼓判を押してくれた。
「これにします」
そう言って、銀貨1枚を女性店員に渡す。
その後、シャムのためにアクセサリーか何かを扱っている店がないか尋ねると――
「お隣にございますよ」と案内された。
◆ ◆ ◆
オレたちは、石畳の通りに面した、木造の趣ある建物──隣のアイテム店に足を踏み入れた。扉のベルがカランと鳴ると、薄暗い店内からふわりと薬草と金属の匂いが漂ってくる。奥から姿を現したのは、黒髪を垂らし、やや翳を帯びた雰囲気の女性店主だった。深い色のローブに身を包み、その瞳にはどこか鋭い光が宿っている。
「どのようなご用でしょうか?」
店主は、静かだがはっきりとした声で尋ねてきた。
オレは軽く会釈しながら尋ねる。
「ここでは何を売っているのでしょうか?」
店主は手元のカウンターに視線を落としつつ、落ち着いた口調で答えた。
「アクセサリー類と、ポーションです。冒険者には人気ですよ」
その言葉に、オレの心は自然と躍った。
(流石、異世界だ! 本当にポーションがある。ゲームのように傷を即座に治せるし、危ないときにはHP回復ができるなんて!)
オレはさらに興味を持って聞いた。
「店主、ポーションの効果と費用を教えてくれませんか?」
店主はうなずき、商品の並ぶ棚の方へ手を伸ばしながら答える。
「はい。ポーションの効果は、傷口を塞ぎ、体力を回復することです。ただし、失った腕や脚などの欠損までは回復できません。価格は──1本で大銅貨二枚になります」
(やはり体の欠損は回復できないのか……戦うときは慎重にいかないとな)
そうオレが心の中で考えていると、後ろにいたシャムがすっと前に出て、店主をじっと見上げた。
その瞬間──
「なんて可愛い猫ちゃんなのーっ!」
店主の顔が一変し、少女のような高い声を上げた。表情がふわっとほころび、目尻が下がる。店主は勢いよくシャムを抱き上げると、頬ずりを始めた。
「あなたのペットですか!?こんなに愛らしい子見たことないわぁ!」
シャムはというと、目をまん丸に見開き、オレの方に必死で助けを求めてきた。
「主、助けてくれニャ!」
もがいて逃げようとするが、店主の腕の中でしっかりホールドされている。オレは苦笑しながら言った。
「店主、その猫はオレの仲間です。ペットじゃない」
すると、店主は目を輝かせながら、まるで商談を持ちかけるような口調で言った。
「……では、提案があります。ポーションの価格を半額にいたしますので、その猫ちゃんを一晩だけ、貸していただけませんか?」
(おぉ……半額か。大銅貨二枚が一枚に……10本なら大銅貨10枚ぶんの節約。これはデカい。……多分この店主、相当な猫好きだな)
しばしの沈黙のあと、オレは決断した。
「わかりました。では、ポーションを10本お願いします」
オレは銀貨1枚を差し出すと、店主は嬉しそうに頷いてポーションの瓶を包んでくれた。小瓶をアイテムボックスにしまい込むと、シャムが再び訴えてきた。
「主、裏切り者ニャ……!」
その言葉に少し胸が痛んだが、オレは小さく笑って肩をすくめた。
「シャム、一晩の辛抱だ。頑張ってくれ……冒険のためだ」
シャムが小さく「うう……」と呻く声を背に、オレはアイテム店を後にした。扉のベルが再び鳴り、外の光が視界に差し込む。
そしてオレは学ぶ。
〈猫好きに悪い人はいない〉
と言うことを。




