26話 新しいこと
オレとクルワンは、公爵の城を後にして、クルワンの家へと向かう。
家は城からそれほど離れておらず、街を歩くこと数十分。見えてきたのは、こぢんまりとしていながらも、どっしりとした木造の二階建ての家だった。見た目こそ質素だが、どこか温かみがあって、クルワンの人柄を感じさせる。
玄関を開けると、夕食のいい匂いがふわりと漂ってきた。中では、奴隷のチャンが夕食の準備をしており、どうやらちょうど出来上がるところらしい。
「おかえりなさい」とチャンが小さく頭を下げて挨拶する。
「ただいま、チャン。何か変わったことはなかったか?」
クルワンが声をかけると、チャンは手を止めて首を横に振った。
「特に何も。静かな一日でした」
そう答えながら、食卓に夕食を並べ始める。
オレたちはテーブルにつき、湯気を立てる食事を口に運びながら、会話を交わした。
「カズー、お前、街の中で行きたい場所はあるか?」
クルワンの問いに、オレは考える。
(異世界の街で真っ先に行くべき場所なんて、もう決まってる……!)
「師匠、この街には、冒険者ギルドってありますか?」
クルワンはニヤリと口元を緩めて答えた。
「もちろんあるぞ。……ふふ、金を稼ぎたいってわけか? だがまぁ、お前なら冒険者として重宝されるだろう。お前は魔法使いだからな」
「はい……」
とりあえずそう答えたが、本音は別にある。
(確かに金はない。でも、それ以上に、冒険者ギルドで仲間を探したい。シャム以外の──)
「明日の朝、冒険者ギルドに行こうと思います」
そう言うと、クルワンはうなずき、食事を続けた。
夕食を終えると、彼はオレに一部屋を用意してくれた。小さな部屋だが、清潔で、ベッドと机もあり、居心地が良さそうだ。
ベッドに横たわりながら、オレは思いを馳せる。
(シャムは、元気だろうか……)
──別れは、公爵の城を後にしてクルワンの家の前だ。
「主、僕は他人の家の中には行かないニャ……また会うニャ」
そう言って、シャムは尻尾を揺らしながら背を向けた。
その瞬間、ゲームシステムのメニューにポップアップが表示された。
『シャムが仲間から外れました』
オレは寂しさを噛み締めながらも、また必ず会えると信じて、シャムと別れた。
◆ ◆ ◆
翌朝、オレは街に出て、冒険者ギルドへと向かう。
出発前、チャンがギルドの場所と目印を丁寧に教えてくれた。どうやらギルドの建物はかなり大きく、ひと目で分かるらしい。
オレは歩きながら、街の様子を観察した。
街には活気が満ちていた。
朝日を浴びて行き交う人々の表情は明るく、道沿いの店先からはパンや焼き菓子の香りが漂ってくる。衛兵たちが巡回し、子どもたちが元気に走り回る──この街の人々は、確かにここで「生きている」のだと実感する。
オレの胸も、自然と高鳴ってくる。
冒険者ギルドという未知の場所に挑む興奮と、それに伴うわずかな不安が心を満たしていた。でも、今のオレには魔法がある。
前の世界で持てなかった自信が、少しずつオレの背中を押してくれていた。
やがて、冒険者ギルドの建物が見えてきた。
他の建物よりも明らかに大きく、重厚な造りだ。すでに多くの冒険者たちが出入りしており、剣や槍、防具を身につけた者たちの姿が目立つ。
オレはその流れに混じり、ギルドの中へと足を踏み入れた。
中は天井が高く、広々とした空間だった。
手前にはいくつものテーブルがあり、そこでは冒険者たちが食事をとりながら談笑していた。女性スタッフが皿を運び、香ばしい匂いが漂っている。壁際には掲示板があり、紙がいくつも貼られている。恐らく、クエストの依頼だ。
オレはその賑やかさに少し気圧されつつも、自分が魔法使いであることを思い出して、まっすぐ受付へと向かった。
カウンターの一つが空いていたので、意を決して歩み寄る。
明るい声が響いた。
「おはようございます。御用は何でしょうか?」
受付にいたのは、金髪の女性スタッフだった。柔らかな笑顔が、不安なオレの心を和らげてくれる。
「おはようございます。冒険者になりたいんですが、どうすれば……」
「はい、かしこまりました。冒険者登録ですね。では、こちらのオーブに手を置いてください」
差し出されたのは、いつもの魔法のオーブ。
(なるほど、このオーブでステータスを見るわけか。まぁ、嘘をつく冒険者もいるだろうし、当然か……)
オレは躊躇せずに、手を置く。
少しすると、女性の口から小さな声が漏れた。
「火の魔法使い、レベル30、魔術師の弟子……凄いわ……!」
(あ、この人、心の声が漏れるタイプだ……)
やがて彼女は顔を上げて、笑顔で言った。
「はい、ありがとうございます。カズーさん、テン等級になります。ビギナー等級を飛ばしての登録は稀ですが、魔法使いの方は別扱いになります。こちらが冒険者証になります」
彼女が手渡してくれたのは、小さな鉄製のプレートだった。中央にはオレの名前と、星が2つ刻まれている。★★
「テン等級の方は、クエストボードの依頼書の中から、★2つ以下の依頼を受けることができます。ところで、カズーさん。今日はクエストに参加されますか?」
少し高揚していたオレは、勢いよく答えた。
「ああ! 今日からやるつもりだ!」
彼女は笑顔で、1枚の依頼書を取り出して差し出す。
『★★ 魔物討伐』
「都市の近郊に魔物が出没していて、今から討伐隊が出発します。実は、まだ魔法使いの枠が空いていて……ぜひ参加していただけませんか?」
内容もタイミングも、まさに今のオレにぴったりの依頼だった。迷う理由はない。
「よし、受けよう!」
彼女に案内されながら、討伐隊の待機場所へと向かう。
この一歩が、オレの新しい冒険の始まりになる。
そしてオレは学ぶ。
〈新しいことに挑戦する喜び〉
と言うことを。




