25話 城塞都市
オレたちは、夕暮れの光が石畳に長い影を落とす中、城塞都市の大門へと足を進めていた。門は既に開いており、旅人や商人たちが行き交っている。門の両脇には屈強な門番が数名立っていて、通る者たちに厳しい視線を向けながら確認をしている。
だが、クルワン師匠が一歩前へ出ると、門番たちは姿勢を正し、深く頭を下げた。
「クルワン様、どうぞお通りください」
(流石、公爵の顧問だけある。顔パスで通してくれるようだ)
クルワンは「ご苦労」と短く告げると、当然のように堂々と門をくぐる。オレとシャムもそのまま後に続いた。
城塞都市の中は、活気に満ちていた。石畳の通りには、荷馬車が軋んだ音を立てながら行き交い、両脇には木造の家屋が肩を寄せ合うように並んでいる。大半は二階建てで、看板や布が風に揺れていた。窓からはパンの焼ける香りや、人々の笑い声が漏れ、どこか懐かしさを覚える温もりのある光景だった。
クルワンは躊躇なく公爵の城へと向かって歩くが、奴隷のチャンは途中で別れ、師匠の家へ向かっていった。オレはクルワンに「来い」と促され、そのまま付き従う。
城は、都市の中心部に構えていた。平地に建てられたその巨大な石造りの建物は、荘厳でいて静かな威圧感を放っている。高くそびえる塔、丁寧に整備された庭園、そして馬のいななきが聞こえる厩舎。すべてが都市の中心としての風格を備えていた。
城門の前には衛兵が立っていたが、クルワンの姿を認めるとすぐに動きを止め、恭しく言った。
「クルワン様、お帰りなさいませ」
「ご苦労」
その言葉だけで、門はゆっくりと開かれる。オレとシャムも何も問われることなく中へ入ることができた。
(師匠はここでは信頼が厚いようだな)
城内に入ると、クルワンは近くにいた使いの者に何事かを耳打ちし、静かに歩いて自室へ向かう。その背中は、まるでこの城の一部であるかのように自然だった。
部屋に入ると、そこは書斎のような造りで、中央には重厚な木製の大きなテーブルが据えられており、周囲にいくつかの椅子が並んでいる。奥にはクルワン専用の机と高背の椅子があった。壁には古びた書物が整然と並び、窓から差し込む光がその背表紙に反射していた。
クルワンは一言だけ告げた。
「お前も疲れたじゃろう。少し休憩しよう」
◆ ◆ ◆
やがて、扉が開き、静かに足音を立てて使いの者が食事を運んできた。湯気の立ち上るスープと、焼き立てのパン。質素ながらも温かみのある食事だった。クルワンと向かい合い、オレはその温もりを感じながら口を動かす。
「明日の朝、公爵様とお会いすることになった。使いの者がお前を迎えに行くので、準備しておくのじゃ」
「……はい」
オレは状況がよくわからないまま、ただ従うしかなかった。
食事を終えると、使いの者がオレを客間へ案内した。その部屋は広くはないが、清潔で居心地が良く、ベッドのシーツも柔らかだった。重い身体を横たえると、シャムが小さく鳴きながら隣に潜り込んでくる。
オレは、異世界に来てからの日々を思い返した。
(森での戦い、シャムとの出会い、師匠と共に歩んだ旅路、盗賊の討伐……)
確かに今の生活は厳しい。だが、不思議と心は軽かった。
(そうか。昔の世界では、オレは常に他人と比べて、劣っていると感じていた。羨み、妬み、孤独の中で、ただ疲弊していた。でも、この世界では、比べる余裕など無い。生きることに精一杯で、周囲に目を向ける暇も無い。そして、シャムが……仲間がいる)
オレはシャムの柔らかな体をそっと撫でながら、深い眠りへと落ちていった。
◆ ◆ ◆
朝、身支度を整えて待っていると、屋敷の使いの者がやって来て、静かに頭を下げながら「こちらへ」と手で示す。案内された先は、石造りの回廊を抜けた奥にある大広間だった。
その広間は天井が高く、壁には王国の紋章と豪奢なタペストリーが掛けられている。太陽の光が高窓から差し込み、床の赤絨毯を淡く照らしていた。その中心に据えられた長テーブルの傍らには、既にクルワンが立っている。
上座の大椅子には、緋色のマントを羽織った金髪の男が静かに座していた。中年を過ぎた落ち着いた年頃で、背筋をまっすぐに伸ばし、鋭い目でこちらを見ている。口元には薄く笑みを浮かべているが、微塵も油断がない。
――この人物が、公爵か。
オレは、こういう場でどう振る舞うべきかまるで分からない。焦る心を抑えながら、とっさにクルワンの一歩後ろに出て、片膝をついてうつむいた。できる限り、礼を尽くしたつもりだった。
すると、その男――公爵が口を開いた。
「儂は、堅苦しいのは苦手だ。こっちに来て座れ!」
声は大きくはないが、驚くほどよく通る。壁に反響することなく、まるで真っ直ぐこちらに届くような響きだった。
その言葉に、クルワンと並んで席に着く。椅子は重く、木の軋む音が静かな広間に響いた。すると、公爵はオレではなく、まずクルワンに尋ねる。
「クルワン、その者がお前の新しい弟子か?」
「はい。公爵様」と、クルワンは静かに頷き、簡潔に答える。
次に公爵はオレに目を向けて、言葉を投げかけた。
「お前は名を何と言う?」
まっすぐに向けられる視線に、思わず背筋が伸びる。
「カズーです」と、オレはできるだけ落ち着いて名乗った。
公爵はうなずくと、再びクルワンに問いかけた。
「クルワン、お前の依頼は何じゃ?」
「は! この者に、身分証の発行をお願いします!」
即答だった。声には一切の迷いがない。
それを聞いた公爵は、わずかに口元を緩めて言った。
「まぁクルワンの頼みとあっては聞かぬ訳には行かぬな」
その言葉と共に、傍らに控えていた侍従に軽く手を振る。侍従はすぐにうなずき、大広間の脇にあった棚から丸いオーブを取り出して、慎重にテーブルの上に置いた。
(これは……師匠の家にあったものと同じだ。ステータスを映し出すオーブだな)
オレは即座に、ジョブを“火の魔法使い”に切り替える。ここでジョブが変わっていたら怪しまれるだろう。
「オーブに手をかざせ」
公爵の声がまた響いた。
オレは言われるまま、右手をオーブの上にそっと差し出す。すると侍従が掌ほどの銅板を取り出し、手元で何やら呪文のような文句を唱えながら、オーブに近づけた。
数秒の沈黙の後、侍従が結果を報告する。
「名前はカズー、種族は人間、ジョブは火の魔法使い、レベル30、クラスは無しです」
その言葉に、公爵がわずかに目を見開き、感心したように声を漏らした。
「レベル30か! かなり高いな。よし⋯⋯」
彼は立ち上がり、堂々たる声で続ける。
「城塞都市の領主にして王国の公爵たるシグルドが宣言する。カズーのクラスを、魔術師クルワンの弟子とする!」
すると侍従が銅板に向かって再び呪文を唱え、記録が完了したことを報告した。
「カズーのクラス、魔術師クルワンの弟子。後見人、公爵シグルド公となっております」
公爵――シグルドは満足そうに頷き、椅子に腰を下ろしながらオレに尋ねた。
「ところで、お前は、まだ記憶が戻らないのか?」
その問いに、オレは少し申し訳なさそうに俯き、「はい」と答えた。
シグルドはしばしオレの顔を見つめ、ふっと笑った。
「お前は、面白い顔をしているから外国人には違いなかろう」
(確かに、彫りの深い顔立ちの彼らと比べると、オレの顔は平坦だ。髪も黒いし……)
視線を下げたままのオレに向けて、シグルドはさらに言葉を続けた。
「まぁ、魔法使いが増えることは王国の防衛にとって良いことに間違いない。良し!2日後にでも一緒に夕食を共にしよう。良いな、クルワン、カズー?」
クルワンとオレは息を合わせたように「はっ!」と答える。
そして退出する際、オレは強く感じた。
それは、言葉でも、態度でもなく、存在そのものから滲み出る“力”だった。
そしてオレは学ぶ。
〈地位とふるまいにより威厳を感じさせられる〉
と言うことを。




