23話 帰還
シャムが戻って来てくれた。
こんなに嬉しいことはない。
翌朝、俺は、クルワンとチャンにシャムを紹介する。
「この猫は、俺の仲間のシャムだ!」
師匠のクルワンは、少し眉をひそめ、不思議そうに俺を見る。
「お前の……ペットか?」
「違います、師匠!ペットじゃありません!仲間のシャムです!」
俺は強く否定する。シャムをペットとして考えるなんて、俺には絶対にできない。シャムは俺の、大切な、大切な仲間だ。
すると、シャムが誇らしげに尻尾を立てて言う。
「シャムは主の仲間ニャ!」
俺には確かにそう聞こえる。しかし、クルワンやチャンには、ただの「ニャー」にしか聞こえない。これは、俺が持つゲームシステムの恩恵——仲間の言葉を理解するスキルによるものだ。
クルワンは少し哀れむように笑い、言った。
「まぁ、お前は記憶を失っておるしな。たまにペットを家族と呼ぶ者もいるし……その猫は、お前の“仲間”ということにしておこうか」
チャンは特に興味もなさそうに、シャムがくわえてきたウサギを見て尋ねる。
「このウサギ、朝食に使っていいのか?」
「もちろん。でもシャムにも少し分けてくれると嬉しい」
チャンは頷くと、ウサギの肉を使ってスープを作り始めた。香草の香りが漂い、食欲をそそる。
俺たちは固いパンをスープに浸しながら、静かに朝食をとった。
朝食の後、俺たちは移動を開始する。
北の森はすっかり遠ざかり、視界の先には広大な草原が広がっている。俺たちは、南へと向かって歩を進めた。
しばらくすると、小さな村が見えてくる。
村に立ち寄って、食料や水を補充する。クルワンは村長と面会し、これまでの出来事を手短に報告しているようだった。どうやら、師匠はこの村の安全を気にしているようだ。
一方、村長は深刻な表情でこう言った。
「それよりも……最近、盗賊が出没しておりましてな。どうか、気をつけてくだされ」
俺は思わず心の中でつぶやく。
(この世界にも盗賊がいるのか……どこにでも悪人はいるものだな)
その日は、村長の家に泊めてもらえることになった。
クルワンから塩漬けの肉を村長に渡すように頼まれ、それが礼となったのか、村長は夕食を用意してくれた。焼き立てのパンと、香ばしく焼かれた塩漬け肉、そして野菜たっぷりのスープ——質素ながら温かく、心が安らぐ食事だった。
俺が少し申し訳なさそうにしていると、チャンがぽつりと教えてくれる。
「この村は、主人の領地の一部だからな。つまり、主人はここの領主なんだ」
腑に落ちた。
(なるほど……領主が来れば、こうなるのは当然か)
翌朝、俺たちは村長の家で朝食を取り、再び旅を再開する。
麦畑の脇を通り抜け、城塞都市を目指して歩き出す。
俺のすぐ横には、シャムがぴたりと寄り添って歩いている。
俺はふと、シャムのステータスを確認してみた。レベルは15のまま。ジョブはビーストテイマー。そして、スキル欄には俺が以前外した《狩猟》が載っていた。どうやら、シャムもこのスキルを使えるらしい。さらに、もう一つのスキル《スキャン》が目に留まる。
「シャム、《スキャン》って使える?」
シャムは自信たっぷりに言った。
「主、シャムはいつでも周りを観察してるニャ」
……なるほど、常時発動型のスキルなのだろう。
その日の夜、日が沈む前にチャンの提案で川辺に野営地を構えることにした。
俺とクルワンでテントを設営し、チャンは薪を集めて焚き火を起こし、夕飯の準備に取り掛かる。俺は少し離れた場所へシャムを連れて行き、アイテムボックスから魚を取り出す。
「シャム、これをあげるよ」
シャムは嬉しそうに目を細め、川魚をぺろりと平らげる。
「魚、好きニャ〜!」
満足そうな様子に俺も微笑むと、二人で焚き火の元へ戻った。
夕食は塩漬け肉のスープと、村で手に入れたパン。スープの中には村の野菜がふんだんに入っていて、優しい旨味が染み出している。食後、俺とシャムは同じテントに入り、寝袋にくるまった。
◆ ◆ ◆
その夜、しとしとと雨が降り始め、テントの天幕に落ちる雨粒の音が静寂を破った。耳障りなほどの音ではないが、いつまでも止まない雨に、心がざわついてくる。
翌朝。空はどんよりと灰色に染まり、朝だというのに薄暗い。湿った冷気の中、シャムが静かに身を起こし、耳をぴくりと動かした。
「主、敵が近づいてくるニャ!」
シャムの低い声に、オレはすぐに目を覚ます。魔法のマントを羽織り、すぐさま外へ飛び出した。
森の中はまだ雨に包まれている。だが、魔物の気配はない。
「……どこだ?」
シャムは小さく鼻を鳴らしながら、前足である方向を指す。
「あっちニャ。悪い人間が来るニャ!」
(盗賊か……!?)
心臓が早鐘を打ち始める。オレはすぐにテントに戻り、仲間を起こした。
「クルワン、チャン、急いで!盗賊かもしれない!」
チャンはすぐに目を細め、空気の流れを読むように言った。
「確かに、あの方角から何者かが接近しています。数は多そうです」
クルワン師匠は迷いなく指示を下す。
「ここでは不利だ。林の中に移動するぞ!」
オレたちは静かにテントを離れ、林の陰へと身を隠した。
ほどなくして、十数人の男たちが姿を現した。武装した彼らは、オレたちがいたテントに向かって、一斉に剣を突き立てる。
「いねえぞ……?」
「どこ行きやがった……?」
男たちがざわつき始める。
クルワンが低く呟いた。
「盗賊だ。やらなければ、こちらがやられる」
言葉と同時に、師匠は魔力を練り、水の魔法を放った。
水弾が一人の盗賊を打ち、男は苦悶の声を上げて地面に崩れ落ちた。動かない。
その光景に、オレは思わず息を呑む。
(人だ……魔物じゃない。俺は……本当に、やるのか?)
心の中で問いが渦巻く。今まで一度も人を傷つけたことすらないオレが──命を奪うなんて、していいのか?
だが、チャンはすでに弓を構えていた。そして、矢が放たれ、一人の盗賊が胸を押さえて倒れた。
生き残った盗賊たちがこちらの気配を察し、警戒しながら近づいてくる。チャンが再び矢を放つが、今度は木の盾で防がれた。
数の上ではまだ向こうが有利だ。オレはシャムの方を見た。シャムも、不安げにオレを見返してくる。
(ここで躊躇すれば……シャムがまた傷つくかもしれない)
拳を握り、オレは叫んだ。
「ファイアレイン!」
雨の中、空から火の粉が降り注ぐが、濡れた空気に魔法の威力が薄れている。
「……くそっ!」
オレは魔力を込めて再び叫ぶ。
「ファイアボール!」
炎の火球が一人の盗賊を直撃し、彼は吹き飛ばされて動かなくなる。
クルワンも魔法を続ける。チャンは弓で応戦し、着実に敵の数を減らしていく。
気づけば、敵は残り五人を切っていた。仲間を失い、我々の力を思い知った盗賊たちは、ついに踵を返して森の中へ逃げ出していった。
静寂が戻る。雨はまだ、細く降り続いている。
その中で、オレはただじっと、倒れた男たちを見つめていた。
命が、そこにあった。
オレの魔法で、それを奪ってしまった。
そしてオレは学ぶ。
〈人は、人を殺す〉
と言うことを。