22話 移動
師匠のクルワンは、重い口調でオレとチャンに告げた。
「ここを出て、南の城塞都市へ向かうぞ」
辺りに漂う空気はどこか重く、張りつめていた。今回こそ、ゴブリンの襲撃を退けたものの、聖印石の力が目に見えて弱まってきている。ここに長く留まるのは危険だと、クルワンは判断したのだ。
クルワンとチャンが旅支度を進めている間、オレは先ほどの戦いで何かを獲得した時の音について、ゲームシステムを開いて確認する。
──レベル30。
画面に表示された自分の情報を見て、思わず息を呑む。だが、新しい魔法の習得欄は新しい魔法はない。しかしその代わり、スキル欄に見慣れない文字が追加されている。
《火の魔法》
(……まさか、これって──)
頭の中で閃いたひとつの仮説に、心が跳ねる。オレは急いでジョブを「戦士」に切り替え、外に飛び出した。
そして、大きく息を吸い込み、叫ぶ。
「ファイアウォール!」
刹那、空気が熱を帯び、目の前に燃え上がる火の壁が現れる。赤い炎が夜の空気を押しのけるように揺らめいている。
(やった! やっぱり……戦士のままでも魔法が使える!)
スキルとして魔法が使えるということは、もう戦士のジョブでも敵を倒してレベルを上げられるということだ。剣が扱えない自分にとって、これはまさに革命だった。
抑えきれない喜びに身体が震えた。
◆ ◆ ◆
家へ戻ると、チャンが猪の死体を前に、腕を組んでうなっていた。
「うーん……この猪、大きすぎて持って行けないな……」
朝、山で仕留めた猪だ。どうやら、運搬に苦労しているようだ。
「猪を解体して、持てる分だけ持っていきましょう」
「そうだな。そうするしかないか……」
チャンは小さく頷くと、手際よくナイフを取り出して解体を始めた。筋肉を躱し、骨を外し、肉塊がいくつも並べられていく。
しばらくするとチャンがオレに声をかける。
「カズー、これをクルワン様に渡して干し肉にしてもらってくれ」
オレは頷き、生肉の塊を大切に包んで師匠のもとへ向かう。事情を説明すると、クルワンは静かに目を閉じた。
(魔法を使う気だな)
すると、肉の表面からじわじわと水分が浮き出し、次第にそれが蒸気となって消えていく。目の前で肉が乾いていき、数分後には見事な干し肉が完成した。
「どうじゃ……すごいじゃろ!」
誇らしげに胸を張るクルワンに、オレは言う。
「師匠、あと60個ぐらいお願いします」
クルワンの顔が固まった。
「なんじゃと!? そんなに……できるか!」
どうやら、先程の戦いでかなりの魔力を使ってしまったようで、作れてもあと10個が限界だという。
オレはチャンのもとへ戻り、事情を説明した。チャンはしばらく考え込んだ後、ぽつりと答える。
「他の保存方法としては塩漬けがあるが……持ち運びに不便だな」
「では、オレが持ちます。このバックパック、まだまだ余裕ありますので」
チャンが「よし、わかった!」と言って塩漬け肉を作り始める。
オレは生肉の塊をクルワンに渡すと、クルワンは嫌そうな顔でそれを受け取る。
少しするとチャンが塩漬け肉が完成したと言う。
オレはアイテムボックスに50個分の塩漬け肉をしまい、表向きはバックパックに詰めているフリをする。
チャンがオレが全ての肉をバックパックに入れたことで驚いている。
1時間後、クルワンは汗をにじませながら11個の干し肉を手渡してくれた。
「ふぅ……まったく、若い者は容赦がないのう……」
◆ ◆ ◆
翌朝、3人は城塞都市を目指し、ひっそりと集落を後にした。草の揺れる音と虫の鳴き声が耳に心地よい。チャンが先頭に立ち、魔物の気配に神経を尖らせながら進む。オレは最後尾で周囲を見張っていた。
チャンはしばしば進路を変える。どうやら、察知した魔物の気配を避けて進んでいるようだ。
移動の合間、オレはクルワンに尋ねる。
「師匠、城塞都市ってどんなところなんですか?」
クルワンはゆったりと歩きながら答えた。
「ふむ、以前話した公爵様の治める都市じゃ。魔王国と接しておるゆえ、防衛の最前線ともいえる。公爵様配下の軍団が駐屯し、王国西部を守っておる要塞じゃな」
(なるほど……魔王を倒すための拠点としても最適だ。仲間を集めるのにもよさそうだ)
そんなことを考えていると、前方のチャンが声を上げる。
「この辺りで、今日の野営をしましょう」
オレとクルワンは各々テントの準備を始め、チャンは森の奥へ薪を探しに行った。やがて戻ってくると、焚き火が起こされ、温かい光が周囲を照らし出す。
オレはアイテムボックスから塩漬け肉を取り出し、チャンに手渡す。チャンが笑いながら言う。
「そうだな。重い塩漬け肉から先に食べようか」
(全然重くないけどな……)
チャンは簡素なスープを作り、オレたちは固いパンと共に夕食を済ませる。やがて火が落ち、各々テントに戻って静かに横になる。
オレも寝袋に身を預け、うっすらと目を閉じた。虫の声が耳をくすぐる中、突然──
『シャムを仲間にしますか?』
ゲームシステムのポップアップが前方に浮かび上がった。
オレは驚き、喜びとともに跳ね起きる。テントを勢いよく開けて外に出ると、そこには──
月明かりの下、テントの前でちょこんと座る猫の姿があった。口にはうさぎを咥えている。
「主、うさぎを上げるニャ!」
ピンと立てた尻尾が、どこか誇らしげだった。
そしてオレは学ぶ。
〈友に再会出来た喜び〉
と言うことを。




