20話 ゴブリン
師匠のクルワンが険しい表情でチャンに命じた。
「チャン、扉と窓を塞げ!」
「了解っ!」
チャンは短く返事をし、重い板を掴み、ギィギィと音を立てて扉に打ち付ける。木槌で叩き込みながら叫んだ。
「カズー! 何でもいい、扉の前に重いもんを置け!」
オレはリビングへ走り、どっしりとしたダイニングテーブルの脚を掴んで引きずる。床に擦れる音とともに、それを扉の前に設置した。
「よし……!」
今度は、チャンが窓に木の板を打ち付けている。その手早さと正確さは、まるで熟練の大工のようだった。板を固定し終えたチャンが、またオレに怒鳴る。
「カズー! こっちの窓にも何か置け!」
「わ、わかった!」
オレはキッチン横の戸棚を見つけ、歯を食いしばってそれを引きずる。重い。だが背中に感じる緊張と焦燥が、いつも以上の力を引き出してくれた。何とかして窓の前に運び込むと、汗だくで息をついた。
すると、師匠のクルワンがオレに向かって声を上げる。
「カズー、私と一緒に二階へ来い!」
「はい!」
オレは、クルワンの後に続いて階段を駆け上がった。二階の突き当たり、バルコニーのある部屋にたどり着く。クルワンがカーテンをさっと払うと、広がる視界の先には、黒い波のように迫る森と、そこから這い出してくる異形の群れ――ゴブリンたち。
ざっと数えても百、いや、それ以上。森の奥から次から次へと押し寄せてくる。中に、ひときわ異様に大きな影が混じっていた。全身を鎧のような皮膚で覆い、大きな棍棒を肩に担いでいる。
「あれは……!」
息を呑む。漫画やゲームで見たことがある。その名は――ボブゴブリン。
身長は2メートルを優に超え、チャンよりも一回り以上大きい。その堂々たる体格に、ただのゴブリンとは違う格を感じた。
唖然としているオレに、クルワンが低く語りかけてくる。
「火の魔法と水の魔法は互いに干渉し、力を打ち消し合う。だから、まずはお前の火の魔法で数を減らせ。火は魔物に対して特に有効だ!」
「はい、師匠! 始めます!」
オレはバルコニーに出て、敵が密集している場所に狙いを定める。両手を構え放つ。
「ファイアレイン!」
空が赤く染まり、熱を帯びた火の粉が空中から降り注ぐ。着弾範囲は10メートルほどだが、その中にいるゴブリンたちは叫び声を上げてのたうち回る。衣服に火が燃え移り、火だるまとなって地面を転げ回る者もいる。
火の雨は約1分間続いた。
(全体攻撃魔法には制限があるが、《オート・リカバー》のスキルで魔力を回復すれば、連続発動や同時詠唱も可能かもしれない!)
そして、もう一度唱える。
「ファイアレイン!」
再び、空から無数の火の粉が降り注ぐ。ゴブリンたちがパニックに陥る。火の粉は簡単には消えず、皮膚に焼き付き、悲鳴が響き渡る。
だが、オレは止まらない。すでに決めていた攻撃魔法を撃つ。
「ファイアボール!」
火球が轟音とともに一直線に飛び、一匹のゴブリンに命中。爆風とともに、その存在は跡形もなく霧散した。
「ファイアボール!」「ファイアボール!」
続けざまに魔力を放出する。次々と敵が塵になって消えていく。オレの魔法は、他の魔術師と違い、詠唱や詠文の手間が一切ない――ゲームシステムのおかげでそのままの叫ぶだけで、無駄がない。
クルワンが思わず呟く。
「なんて早さと威力だ……」
(やっぱり、オレの魔法はこの世界のものとは違う……ゲームシステムによる魔法だから、反応も速く、タイミングも自在だ)
ファイアレインの効果が切れたのを見て、今度は戦場の中心に立つボブゴブリンを狙う。
「ファイアレイン!」
火の粉がボブゴブリンにも降り注ぐ。だが――奴はまったく怯えた様子がない。無造作に火の粉を手で払い落とす。効果がないわけではない。肌は火傷で赤黒くなっている。だが、苦痛を感じていないようだ。
「ファイアボール!」
巨大な火球が炸裂し、ボブゴブリンの胴に直撃。衝撃で奴の体が後方に吹き飛ぶ。しかし――
「嘘だろ……」
ゆっくりと、ボブゴブリンは立ち上がってきた。皮膚は焼け焦げ、血が滲んでいるにもかかわらず、まるで平然とした顔つきで。
(体力と耐久力が桁違い……!)
師匠のクルワンが一歩前へ出る。目を閉じ、杖を静かに構える。数秒の沈黙。そして、杖の先がボブゴブリンを指した。
「アクア・グラブ!」
空間が歪み、ボブゴブリンの顔の周囲に水の塊が現れる。それはまるで意志を持っているかのように奴の口と鼻を覆い、呼吸を奪っていく。
「グッ……ゴボッ……ガ……!」
ついに、奴は膝をつき、そのまま崩れ落ちて消滅した。
クルワンがオレを振り返り、静かに微笑む。その顔は、誇らしげだった。
だが、安堵の時間は一瞬で終わる。
一階から、怒鳴り声が響いた。
「もうだめだ! 扉が破られる!!」
チャンの叫びに、オレとクルワンは顔を見合わせた――戦いは、まだ終わっていない。
そしてオレは学ぶ。
〈敵は容赦ない〉
と言うことを。




