表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界から学ぶライフスタイル 〜第一部 始まりの地〜  作者: カズー
第三章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/62

19話 狩猟

 オレは、チャンと共に森へと狩猟に出た。

 空はまだ深い藍色に染まり、日の出前の冷えた空気が肌を刺す。薄明かりの中、チャンは確かな足取りで草木をかき分け、迷いなく森の奥へと進んでいく。


 その背中を追いながら、オレはぽつりと尋ねた。

「チャンさんは、いつからクルワン師匠と一緒にいるのでしょうか?」


 チャンは歩を緩めず、低い声で答える。

「もう、10年以上だな……。良い人だから、お前も主人に感謝しろ!」


 確かに、クルワン師匠は良い人だ。

 オレのような、記憶もない流れ者を弟子として迎えてくれた。

 おそらく、記憶を無くしたオレを哀れんで助けてくれたのだろう。


 少し考えてから、オレは再び口を開く。

「ところで、この国は何と言うのですか?」


 チャンが振り向いて、あきれたような顔を見せた。

「お前、そんなことも忘れたのか! ノルトリア王国だ!」


「なるほど……」

 王制の国か。なんとなく、それっぽいとは思っていたが、やっと確信できた。


「チャンさん、すみません。他には国や……魔王領なんかもあるのですか?」


「もちろんだろ。オレたちは魔王国と戦争中だ。南には帝国もあるが、遠くてオレもよくは知らん!」


 そう言ったあと、チャンの声が少し低くなる。

「……それより、そろそろ罠を仕掛けた場所だ」


 チャンは草を慎重にかき分け、身を低くして進む。

 そこには、大きなイノシシが罠にかかっていた。片足にロープが絡まり、必死にもがいているが逃げられない。


 チャンは冷静に弓を構え、息を殺して狙いを定める。

 そして、矢を放つ。

 ──矢は風を切って飛び、イノシシの眉間に深々と突き刺さった。


 イノシシは呻きもせず、その場に崩れ落ちる。


「……見事だ」


 チャンは無言でイノシシの足にロープを括り、持ち運びやすくする準備を始めた。だが、次の瞬間──


 彼の動きが止まった。


 何かを察知したように、チャンはゆっくりと弓に手をかけ、オレに向かって“黙れ”という仕草をする。

 オレはすぐに呼吸を整え、辺りに意識を集中させる。


 チャンが森の奥を指差す。

 その先に、かすかに動く影──数体のゴブリンが、こちらへ向かって歩いてきていた。


 チャンは音も立てずに、まるで森の精のように素早く木に登る。

 オレは魔法の杖を握り締め、身構えた。


 ゴブリンたちは警戒する様子もなく近づいてくる。

 そして、先頭の一体が視界に入った瞬間、チャンが矢を放った。

 矢は音を立てずに飛び、ゴブリンの胸に正確に突き刺さる。


 オレもすぐに呪文を詠唱する。

「ファイアボール!」


 魔法の火球が発射され、次のゴブリンに直撃。火と煙に包まれたその体は、霧散する。


 だが、残りのゴブリンたちは恐怖に駆られ、慌てて逃げ出す。


(前にも逃げたゴブリンに逆襲された……!)


 オレは迷わず追いかける。

 一番後ろのゴブリンに照準を合わせて──


「ファイアボール!」


 命中。爆発と共に敵の姿がかき消える。

 残り2体。


 さらに追いかけながら、続けて魔法を放つ。

「ファイアボール!」


 今度も命中。もう1体が消えた。だが、最後の1体は既に射程圏外へと逃げ去っていた。


「クソッ……!」


 その時──

“シュン”という風切り音とともに、どこからか飛来した矢が、最後の1匹の背に突き刺さる。


 ゴブリンは絶命し、地に倒れた。


 オレは振り返る。

 木の上から降りてきたチャンが、無言で矢を放った直後の姿勢をとっていた。


(……なんて弓の腕前なんだ!)


 オレはただ、感嘆の思いでチャンを見つめた。


 チャンが叫ぶ。

「カズー、急いで戻るぞ!」


 オレたちはイノシシを引きずるように持ち上げ、急ぎ足で家へと帰還する。


 家に着くと、チャンはすぐに師匠・クルワンに状況を報告する。


「ご主人、恐らく、ゴブリンが多数迫っていると思います。これを見て下さい」


 チャンが差し出したのは、淡く青く光る【聖印石】。

 しかしその光は、ほとんど消えかけていた。


 それを見たクルワンが、眉をひそめてつぶやく。

「……なるほど。聖印石の力が弱まっておったか」


 オレはどうしても気になって尋ねる。

「聖印石とは、何ですか?」


「魔物を避けるための結界のような石じゃ。だが、効果はせいぜい1、2年……」


 クルワンは決断の色を帯びた目でチャンを見る。

「このままでは、この場所もじきに魔物に襲われよう。街へ避難するぞ! チャン、準備を急げ!」


 チャンがうなずき、荷物の準備を始める。

 クルワンも黙々と、必要な道具を袋に詰めていく。


 オレは呆然と立ち尽くしていたが、チャンが声をかけてくる。

「お前の背負い袋は、ずいぶん入りそうだな。ちょっと入れさせろ」


 オレは一瞬、考える。


(……オレのアイテムボックスは、神様から授かった特殊な能力。今はこの力を隠しておくべきだ。人に知られれば、悪用されたり、実験材料にされかねない)


 慎重に言葉を選びながら答える。

「はい。かなり入ると思います」


 チャンは満足げに、革の水袋、干し肉、パンを渡してくる。

 オレは黙ってそれらをバックパック──いや、アイテムボックスにしまい込んだ。


「お前、テントや毛布は持ってるのか?」


「はい、大丈夫です」

(【エバキュエーションキット】があるからな)


 チャンがため息交じりに言う。

「今朝、せっかく獲った大物の猪を捨てるのはもったいないな……」


 彼の目が、オレの背負い袋に向けられる。

「お前の背負い袋、ずいぶん入るな……まさか、“魔法のバック”じゃないよな?」


 オレは少し焦りながら問い返す。

「魔法のバックって何ですか?」


「あぁ……お前は記憶が無かったな。魔法のバックは、たくさんの物が入れられる特別な袋だ。小さいのに、何倍もの荷物が入る。かなり便利な代物だが……貴重品だ。ご主人ですら、持っていないくらいだ」


 チャンの言葉に、オレの心がざわめく。


(魔法のバック……それなら、オレの《《アイテムボックス》》の存在を隠す口実になる!)


 胸の奥に小さな希望の火が灯る。

(いずれは本物も手に入れておこう……そうすれば、より自然に偽装できる)


 笑みを押し殺しつつ、オレは肩をすくめて答える。

「いえいえ、私のはそんな大層なものではありませんよ」


 チャンは特に疑う様子もなくうなずき、最後の荷物をオレに手渡す。

 革の水袋、干し肉、そして硬く乾いたパン。

 オレは無言で受け取り、背負い袋――実際には《《アイテムボックス》》――へ、すべてをしまい込む。


 そのときだった。


 チャンの表情が急に引き締まった。

 音もなく立ち上がり、窓へと歩み寄る。そして、わずかに開けた隙間から外をうかがう。


 次の瞬間、緊張に満ちた声が室内を貫いた。

「ゴブリンが……襲って来たぞ!」


 その一言が、空気を一変させた。


 師匠のクルワンが立ち上がり、窓の外を確認する。

 木立の影に、複数の小さな影が素早く動いている。獣のように、地を這い、牙を剥きながら、こちらへとじわじわ迫ってくる。


 オレは思わず喉を鳴らした。

 胸の奥が、冷たい手で握られたように凍りつく。


(まさか、もう来たのか……!? まだ準備も……!)


 しかし同時に、ひとつの理解が脳裏を貫いた。


 ――敵は、待ってはくれない。

 ――敵は、時も場所も選ばず、牙を剥いてくる。


 という、当たり前でありながら、身をもって実感した現実。


 窓の外でゴブリンたちの影が、森の薄闇の中からじわじわと姿を現し始めていた。

 咆哮の代わりに、静かに、確実に、死が近づいてくるようだった。


 オレは、杖を握りしめる。

(準備が整っていようがいまいが──もう戦うしかない)


 クルワンが短く命じる。

「全員、戦闘準備!」


 チャンは無言で矢筒を背負い直し、クルワンは古びた杖を強く握る。

 オレもまた、覚悟を決めて戦闘態勢を取った。


 夕闇が、再び静けさを飲み込む。

 しかしその静けさは、嵐の前のそれだった。


 そしてオレは学ぶ。


〈敵はところ構わず襲ってくる〉


 と言うことを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ