17話 家
オレは、シャムと人間の家の前で別れた後、しばらくその場に立ち尽くしていた。
心にぽっかりと穴が開いたような感覚――それは、不思議な別れだった。
追いかけようかとも思ったが、シャムは最後にこう言った。
「いつでも、側にいる」
その言葉を胸に刻み、オレは静かに前を向いた。
夕陽が地平線に沈もうとしている。空は赤く染まり、風に混じって土と草の匂いが流れてくる。
オレは深く息を吸い込み、少し躊躇いながら、目の前の大きなログハウスのような家の扉をノックした。
「トントン……」
しばらく待ったが、返事はない。もう一度、少し強めにノックする。
「トン、トン……」
今度は、中から低く、野太い声が返ってきた。
「……誰だ……」
オレは、用意していた言葉を口にする。少しだけ声が震えていた。
「すみません、旅の者です。魔物に襲われて……一晩、寝床と食べ物を恵んでもらえませんか?」
……沈黙。
(考えているのだろうか……)
だが、言葉が通じたことに安堵する。ゲームシステムが翻訳してくれているのだろう。
やがて、内側から重たい鍵の外れる音がした。
「入れ……!」
ギィィ……という軋む音とともに扉が開く。現れたのは、ほぼ2メートル近い大男だった。
黒髪に浅黒い肌、鋭い眼差し。年の頃は三十代後半だろう。威圧感はあるが、敵意は感じない。
大男に促され、オレは家の中へ入る。床板はしっかりしており、木の温もりが感じられる。
通されたのは、広々としたリビングのような部屋。暖炉には薪の炎が揺れ、部屋をほんのりと温めている。
そこには、一人の老人がいた。
深く彫りのある顔立ちに白髪と髭。ローブをまとい、パイプタバコを燻らせながら静かに座っている。
その老人が、鋭いが穏やかな目でオレを見つめ、口を開いた。
「どうしたんじゃ? こんなところで」
オレは慎重に言葉を選ぶ。
「中に入れて頂きありがとうございます。私は旅をしていたところ、魔物に襲われて崖から落ち……記憶を失ってしまいました。その後、ゴブリンに襲われ、命からがらここまで逃げてきました……」
老人は少し疑うように眉をひそめたが、オレのボロボロの革の防具を見ると、納得したように頷いた。
「お前は珍しい顔をしておるな。……自分の国と名前は覚えておるか?」
この世界の住人に比べて、オレの平たい顔はやはり目立つようだ。
「すみません。国の名前は思い出せませんが……名前は、カズーです」
すると、老人は立ち上がり、部屋の隅に置かれた台座を指差した。
そこには、直径20センチほどの水晶玉が静かに置かれている。
「では、このオーブに触れてみよ」
オレは言われたとおりに、水晶の上にそっと手を置いた。
水晶はひんやりとしており、手を当てた瞬間、奥の方から微かに振動のようなものが伝わってくる。
オレが顔を上げると、老人は水晶を凝視していた。そして、やがて安心したような表情を浮かべ、言った。
「……もうよい。嘘は言っておらんようじゃな。ところでお前……火の魔法使いか?」
やはり、あのオーブはジョブや嘘を見抜く仕組みのようだ。
「はい。火の魔法使いです。ところで、あなたを何とお呼びすればよろしいでしょうか?」
老人は少し目を見開き、微笑む。
「わしはクルワンと呼ばれておる。そちらの大男はチャンじゃ。ちょうど食事の時間じゃ。一緒に食べながら話そうか」
クルワンがチャンに食事の支度を指示すると、チャンは無言で頷き、奥のキッチンへと向かっていった。
クルワンは、テーブルの向かいにある椅子を手で示しながら言った。
「それにしても、随分とゴブリンにやられたようじゃが……大丈夫か?」
オレは椅子に腰を下ろし、背もたれに体を預けながら答える。
「はい。大丈夫です。傷はもう塞がっています」
クルワンはオレのボロボロの防具を見て、少し目を細めると、棚を開けてしっかりとした生地の服を取り出した。
「よかったら、わしの昔の服をやろう」
手渡されたのは、年代は感じるものの、丁寧に織られた質のいい服だった。
「ありがとうございます。でも……私、お金が無くてお支払いができません」
アイテムボックスの金貨欄が「0」であるのを思い出して、少し俯く。
「気にするな。わしの若い頃の物でな、今のわしじゃ腹がつかえて着られんのじゃ」
そう言って、クルワンは自分の丸いお腹をポンと叩いて笑った。
「ありがとうございます」
オレは感謝しながら服に着替えると、ポケットから小魔石を数個取り出し、テーブルに並べた。
それを見たクルワンの目が驚きで見開かれる。
「おおっ……! 魔石ではないか!」
オレは静かに頷きながら言った。
「よかったら……寝床と食事のお礼に差し上げます」
(アイテムボックスには、まだ【小魔石】×99個あるから問題ない)
「これは……ありがたい!」
クルワンは顔をほころばせながら魔石を大事そうに手に取った。
その時、チャンが食事を運び終えて席につき、クルワンの合図を待っている。
「では、食べようか」
クルワンの合図とともに、オレは手を合わせ、温かな食事に手を伸ばした。
パンとスープ、そして焼いた肉。パンは少し固いが香ばしく、小麦の甘い香りが鼻をくすぐる。
スープには野菜がたっぷり入っており、ほんのりとした塩味が身体に沁み渡る。
肉はしっかりと焼かれ、何の肉かはわからないが、噛むごとに旨味が広がる。
久しぶりに、人のぬくもりを感じる食事。
オレは一口ごとに、心が満たされていくのを感じた。
そしてオレは学ぶ。
〈美味しい食事は、人を幸せにする〉
と言うことを。




