15話 スローライフ
◆ ◆ ◆
オレたちが洞窟に戻ってから、もう3日が経った。
今の生活はシンプルだ。昼は森へ狩りに出かけ、夜は洞窟で休む。そんなリズムが、次第に体に馴染んできた。
洞窟生活をより快適にするため、オレは内部に“部屋”を作ることにした。かつてジャイアントバットが巣くっていた広い空間を活用する。
まずはリビングルームだ。
ゴツゴツとした岩肌の地面から、比較的平らな場所を選び、そこにテントの布を敷く。床が整うだけで、ずいぶん雰囲気が変わった。テーブルには折りたたみ式の簡易なものを使う。座る場所が欲しくて、寝袋を丸めてクッションにした。シャムの分と合わせて二つ。懐中電灯を分解して、光が部屋の隅々まで届くように工夫も施す。
寝室にもテントの布を敷いて、寝袋を置いた。岩の冷たさを感じにくくなり、よく眠れる。
(まずは、こんなところか。でも、もっと改良して快適にしていこう)
便利とは言えない環境だが、不思議とストレスはない。シャムもいるし、何より、この“異世界スローライフ”をオレは楽しんでいた。
そこへ、シャムが戻ってきた。
口には一匹のうさぎをくわえている。どうやら狩りに成功したらしい。
「ナイスだ、シャム」
オレはうさぎを受け取り、調理のために洞窟の外へ出る。そして、防御魔法を唱えた。
「ファイアウォール!」
ゴォッという低い音とともに、川原に赤い火の壁が出現する。
焚き火の煙で敵に見つかるのを避けるために、あえてこの魔法を使った。煙が出ないのが最大の利点だ。
オレはうさぎを手際よく捌き、アイテムボックスから取り出した魚2匹と一緒に火の壁の遠火でじっくりと焼いていく。うさぎの肉からはジュウッと音を立てて、香ばしい肉汁が滴り落ちる。
その間に、事前に採っておいた野草を炒める。ゲームシステムで“食べられる”と確認できたものだ。中でも一番美味しいと感じた種類を使う。この野草なら、シャムも少し食べてくれる。
焼き上がった料理を洞窟内のリビングに運び、テーブルに並べる。
「じゃあ、シャム。食べようか」
「食べるニャ!」
シャムは嬉しそうに声を上げると、すぐに焼き魚にかぶりついた。香ばしい音を立てながら夢中で食べるその姿を見て、オレの口元も自然と緩む。
(この後は、ちょっと腹ごなしにシャムと遊ぶか)
食後、オレは川原で猫じゃらしを取り出し、シャムと遊ぶ。ふわふわと揺れる草を追って、シャムが軽やかに駆けまわる。時折、くるくると宙返りする姿が妙に芸術的で、見ていて飽きない。
ふいに、シャムが動きを止めた。そして、警戒した様子で後ろを向き、低く唸るような声で言う。
「ゴブリンがこっちに来るニャ!」
「……なんだと?」
オレは緊張しながらシャムに問い返す。
「シャム、数と場所はわかるか?」
「主、いっぱいニャ!あちこちから来てるニャ!」
(まずい……包囲されてる?)
オレの心臓がドクンと大きく鳴る。
森の中で多数を相手にするのは、あまりにも分が悪い。オレは即座に決断した。
「シャム、洞窟に戻るぞ!立てこもる!」
「了解ニャ!」
オレたちは素早く洞窟へと駆け戻った。そして、岩陰に身を潜め、迫り来るゴブリンの気配に集中する。
薄暗い洞窟の奥で、オレはサバイバルナイフの柄を強く握りしめた。
オレたちは、洞窟の入口で作戦を練る。
できる限り一対一で戦えるよう、オレは洞窟の入口を防御魔法で狭めることにした。狭くすることで敵が一度に突入してくるのを防ぎ、こちらの攻撃を確実に叩き込むためだ。
異なる系統の魔法なら同時に発動できる——それがオレの強み。
「シャム、敵が洞窟の入口から入ってきそうになったら教えてくれ!」
シャムは勢いよく応じた。
「分かったニャ!」
オレは防御魔法を唱える。
「ファイアウォール!」
洞窟の入口に炎の壁が走る。熱気が周囲に広がり、空気が震えた。
(よし、うまくいった……入口の右手側だけ、少し開けてある)
「シャム、ここで待機してくれ!オレは敵をおびき寄せる!」
オレは素早く洞窟の外へと出た。目の前の川原には、数匹のゴブリンが周囲を警戒しながら歩き回っている。こちらを探しているようだ。
オレはその中の1匹に狙いを定め、手を掲げて呪文を唱えた。
「ファイアボール!」
赤黒い火球が唸りを上げて飛び、命中と同時に爆発する。ゴブリンの体が炎に包まれ、霧のように掻き消えた。
他のゴブリンたちがこちらに気づき、一斉に叫び声を上げて走ってくる。
オレはさらにもう一発、攻撃魔法を放ったが——距離が遠く、今度は回避された。
(チッ、急がないと!)
オレは洞窟へ引き返し、シャムに叫ぶ。
「ゴブリンが入口に来たら教えてくれ!」
すぐにシャムの声が響く。
「来たニャ!」
オレは入りかけてくるゴブリンに向けて、攻撃魔法を放つ。
「ファイアボール!」
爆炎とともに先頭のゴブリンが消し飛ぶ。
「また、来たニャ!」
「ファイアボール!」
次々に敵が現れ、そのたびに攻撃魔法で撃退する。
(よし!作戦は成功している!)
狭めた入口を利用して、ゴブリンを一体ずつ誘い込む。各個撃破だ。一対一なら、ゴブリンごときに負けるはずがない!
何体も同様に倒していくうちに、入口には敵の姿が見えなくなった。
「シャム、ゴブリンはいるか?」
シャムが答える。
「いっぱい、いるニャ。でも、近くにはいないニャ……」
(警戒され始めたか……?)
嫌な予感がして、オレは洞窟の入口から顔を出し、外の様子を探る。
その瞬間、目に飛び込んできたのは、一列に隊列を組んでこちらに向かってくるゴブリンたちの姿だった。
(なに……?あいつら、訓練されてるのか?)
オレはすぐに洞窟内に戻り、再び魔法の準備を整える。
「来たニャ!」
シャムの声が響くと同時に、オレは魔力を集中させる。
「ファイアボール!」
先頭のゴブリンが爆発とともに消える。だが、次のゴブリンがためらいなく突っ込んでくる。
「ファイアボール!」
「ファイアボール!」
「ファイアボール!」
「ファイアボール!」
呪文を連呼し、火球を撃ち続ける。
◆ ◆ ◆
何十匹ものゴブリンを倒した。しかし敵はまるで恐れを知らないかのように突進してくる。数の暴力——ゴブリンにしては異常な統率だった。
(くそっ……終わりが見えない!)
オレはふとメニューを開き、MPの残量に目をやった。
(……まずい……!)
MPがほとんど残っていない。《オート・リカバー》によるMP回復が、連発する魔法の消費にまったく追いついていない。加えて、いまも防御魔法を展開中。防御魔法と攻撃魔法の両立は、オレのMPを削り続けていた。
それでも、ゴブリンの突進は止まらない。わずかな間隔で次々に姿を見せる。
(このままだと魔法が撃てなくなる……!)
オレは意を決し、腰に差していたサバイバルナイフを握り直す。頼りない銀の刃が、魔法の杖よりも重く感じた。
「シャム、まだ来るか……?」
「まだ来るニャ!」
(……なら、迎え撃つまでだ)
洞窟の中に立つオレの手には、もう魔法ではなく鋼の冷たさが握られていた。
闘いは、まだ終わらない——!
そしてオレは学ぶ。
〈数の暴力の強さ〉
と言うことを。




