13話 逃亡
オレはシャムのもとへ駆け寄った。
シャムは微動だにしない──その小さな体から、今にも命の火が消えかけているようだった。
(シャムが……死ぬなんて……そんなこと、考えられるかッ! オレが、何とかするんだ!)
血の気が引いていく中、オレは必死に思考を巡らせた。
(この場所はまずい。四方を崖と木々に囲まれ、敵がどこからでも攻撃してくる。ここにいてはジリ貧だ!)
そのとき、茂みからひゅっ、と鋭い音がした。気配を感じて即座に詠唱する。
「ファイアボールッ!!」
轟音と共に火球が炸裂し、待ち伏せしていたゴブリンが黒煙と共に消え去る。
オレはすかさずシャムを抱きかかえ、北へ向かって全速力で走り出した。
(滝の奥にある洞窟──あそこなら、防御魔法で敵の侵入を防げる!)
背後から、追ってきたゴブリンたちの咆哮が響く。無数の足音が迫り、槍がオレの体を容赦なく貫いた。
それでも構わない。痛みなど、今はどうでもいい。
(少しでも早く……シャムを……!)
朝日が昇り、周囲が明るくなる。森の木々が金色に染まり、風がオレの髪とマントをなびかせる。
全力で走るオレの後方で、ゴブリンたちが徐々に距離を離されていく。
オレの《オート・リカバー》スキルが機能し始め、傷の痛みがわずかに和らいでいった。
3キロほど進んだところで、ついに敵の気配が遠のいた。
オレは走りながら、腕の中のシャムの顔を見る。
(すまない……オレのせいで……)
小さな顔は青白く、呼吸も浅い。
(オレがもっと警戒していれば……こんなことには……!)
悔しさが胸を焼く。
思い返す。ゴブリンを甘く見ていた。あれはただの雑魚ではなかった。
武器を使い、罠を仕掛け、集団で襲ってきた。知性を持った、れっきとした“敵”だったのだ。
そして何より──あの一匹を逃がした。それがすべての始まりだった。
焚き火で位置を知らせ、無防備に夜を過ごしたオレの浅はかさが、シャムを瀕死に追いやった。
(オレは……本当に、馬鹿だ……)
◆ ◆ ◆
それからさらに、2時間以上走っただろうか。
ようやく、川のせせらぎが耳に届いた。あの滝から続く川だ。
オレは川に沿って上流へ進む。木々をかき分け、足を滑らせながらも、ついに──
滝の裏に隠された洞窟へと辿り着いた。
洞窟に入ると、まずは入口に魔法を展開する。
「ファイアウォールッ!」
火の壁が入口を封じ、これで敵は入って来られないはずだ。
オレは急いでシャムを地面に寝かせ、アイテムボックスから【ファーストエイドキット】を取り出した。
中の傷薬をたっぷりと掌に取り、慎重にシャムの傷口に塗る。薬の匂いが洞窟内に広がる。
オレはメニューを開き、シャムのHPバーを見る。ほんの少しずつ、確実にHPが減っている──急がなければ。
次に、【小回復の実】を取り出し、水と共に口元へ持っていく。
「シャム……頼む、飲んでくれ……」
赤く小さな実をそっとシャムの唇に差し込む。反応がない。
(ダメか……)
しかし──
かすかに、唇が動いた。シャムが、わずかに咀嚼して、実を飲み込んだのだ。
(やった……!)
すぐにメニューでHPを見ると、1だけ回復している。
オレは次の実を取り出し、同じように飲ませる。
ゆっくり、焦らず、確実に。
一粒、また一粒と、赤い実をシャムに与え続けた。
◆ ◆ ◆
それから、1時間ほどが過ぎた。
小回復の実を与えるたびにHPはわずかに回復するが、しばらくするとまた傷の影響で減ってしまう。
焦る気持ちを抑え、オレは辛抱強く赤い実を与え続けた。
やがて──
HPの減少が止まった。回復が、ようやく追いついたのだ。
傷口を確認すると、血は止まり、塞がり始めていた。
(よかった……!)
そのときだった。
「……主、赤い実は飽きたニャ……」
シャムが、目を開けていた。かすれた声で、文句を言った。
「シャム……!」
オレは顔を上げ、嬉しさのあまり声を詰まらせる。
頬に涙が伝う。オレは涙を拭うこともせず、シャムを見つめる。
たとえ冗談の一言でも、その言葉がどれほど心を救ってくれたか──シャムが生きていてくれた、それだけで十分だった。
そしてオレは学ぶ。
〈仲間の大切さ〉
と言うことを。




