11話 旅立ち
朝食を食べ終えたオレは、湯気がまだ残る空の皿を見つめながら、シャムに尋ねた。
「シャム、人間がいる場所を知っているか?」
シャムは、小さく首を傾げてから答える。
「知っているニャ」
その言葉を聞いた瞬間、オレは胸をなで下ろす。
(まぁ、魔王がいるってことは、人間もいるってことだろうとは思っていたが……よかった)
この世界に来てから、ろくな料理を食べていない。オレの調理スキルでは、焼くか煮るかの二択しかないうえに、味付けも出来ない。もう少し、人間らしいまともな食事がしたい。
「どの方角だ?」
オレが問うと、シャムは尻尾をぴんと立てて言った。
「こっちニャ!」
そのまま軽やかに歩き出す。オレは慌てて荷物をまとめ、シャムの後を追った。
どうやら、人間の住む場所は南にあるらしい。
シャムは時おりこちらを振り返りながら、オレの歩くペースに合わせてくれているようだった。
◆ ◆ ◆
一時間ほどが経っただろうか。森の中は陽の光が木漏れ日となって降り注ぎ、心地よい風が肌をなでていく。歩く足取りも不思議と軽い。
シャムは静かに歩きながらも、周囲の気配を常に警戒しているようだった。
(賢い猫だ……いや、ただの猫じゃないんだよな)
そのとき、シャムがぴたりと足を止めた。
「主、この先に魔物がいるニャ。恐らく……ゴブリンニャ!」
オレも立ち止まり、思考を巡らせる。
(ゴブリンか……人型の最弱クラスの魔物だな)
今のオレはレベルアップを経て、すでに二つの魔法が使えるようになっている。
(あの程度の魔物なら、負けることはないはずだ)
「よし、シャム。ゴブリンのところに案内してくれ」
オレがそう言うと、シャムは小さく頷いた。
「分かったニャ」
そこから少し西へと進んだ先、森がぽっかりと開けた場所にたどり着く。そこに、ゴブリンが四体いた。緑がかった肌に、粗末な布きれを身にまとい、身長はおよそ1メートルほど。まだこちらには気づいていない。
(思ったよりも小さいな……やはり弱そうだ)
オレはシャムを後ろにかばうように一歩前へ出て、手を掲げる。そして、声を張った。
「ファイアボール!」
発せられた火球が一体のゴブリンに命中。轟音とともに爆ぜ、ゴブリンの姿は一瞬で霧と化して消えた。
その瞬間、他のゴブリンたちがこちらに気づき、慌てて武器を構える。1体は粗末な槍、もう1体は手作りの弓を持っていた。
(やはり、人型だから道具を使えるのか)
オレは槍を持ったゴブリンに狙いを定める。再び手を前に突き出し、叫ぶ。
「ファイアボール!」
火球が槍を持ったゴブリンに命中し、爆発とともにその姿が霧散する。
しかしその直後、弓を持ったゴブリンが矢を放ってきた。矢は空を裂き、オレの顔すれすれを掠めて飛びすぎていく。
(くっ……危なかった!)
冷や汗が一筋、頬を伝う。
(オレは無敵じゃない……矢が頭に当たってたら、死んでたかもしれない)
一瞬の静寂。残ったゴブリンはオレの魔力の威圧に恐れをなしたのか、西の森へと逃げ出した。
「逃がすか!」
オレは走るゴブリンの背中に向けて、魔法を放つ。
「ファイアボール!」
火球が飛び、逃げるゴブリンの背中に直撃。炎に包まれ、霧のように消えていった。
……1匹、逃げられたが、残りは全て倒した。
(まぁ、上々だろう)
ふぅ、と一息つくオレの隣で、シャムが尻尾を揺らして言った。
「主、強いニャ」
オレは笑いながら頭をかいた。
「そうでもないさ。でも……ありがとうな、シャム」
森の風が再び吹き、草木をざわめかせる。オレたちは再び、南へと足を進めた。
シャムは戸惑うことなく、森の濃い緑の中を静かに進む。
オレはその後ろをついて歩を進めた。
木漏れ日が揺れ、風がそっと葉を揺らす。
シャムのしなやかな動きに目を奪われながら、自然の息づかいを感じていた。
◆ ◆ ◆
2時間ほど歩いただろうか。
疲れがじんわりと足に溜まってきた頃、オレはシャムに声をかけた。
「今日はここまでにして、野営の準備をしよう」
シャムは軽く頷き、口元に小さな笑みを浮かべて答えた。
「分かったニャ」
森の中の平らな場所を見つけ、オレはテントを張り始める。
周囲には落ち葉や小枝が積もっていて、静かな夜の舞台が整っていく。
薪を拾い集める間、シャムは静かに辺りを見渡し、手際よくネズミをテイムし始めた。
「テイム!うさぎのいる方に行くニャ!」
シャムの小さな声に、ネズミがぴょんと飛び出す。
シャムが息を潜めて囁いた。
「テイム止まれニャ」
目の前にうさぎが現れ、シャムが勢いよく飛びかかる。
柔らかな毛並みが揺れ、うさぎはあっという間に捕まった。
シャムは誇らしげにうさぎを口に咥えて野営地へ戻ってきた。
オレは驚きと感心を隠せず、声をかける。
「シャム、よくやったな。しかも、凄い早さだ!」
シャムは胸を張って答える。
「主、食べるニャ!」
オレは焚き火のそばでうさぎを捌き始める。香ばしい煙が立ち上り、森の冷たい空気に溶け込んでいく。
アイテムボックスから取り出した【焼き魚】×2もテーブルに置いた。まだ熱々の出来たてだ。
「シャム、食べよう」
オレとシャムはそれぞれ焼き魚を手に取り、一口ずつ味わう。
シャムは舌なめずりをしてから、一心に焼き魚にかぶりついた。
「主、美味しいニャ!」
「シャムは魚が好きだな」
焼き魚を平らげた頃、うさぎも焼きあがった。
シャムとオレは一緒に分け合い、じっくりと味わう。
「美味しいニャ」
シャムが目を輝かせながらオレに言う。
オレは静かに心の中で思った。
“仲間がいる”ということが、こんなにも嬉しいなんて。
これまでは理解できなかったが、今は分かる。
仲間がいるだけで、この旅は何倍も楽しく、心強くなるのだ。
オレはシャムの頭を優しく撫でながら、つぶやいた。
「ありがとうな……」
シャムはくすくすと笑いながらこちらを見て、にっこりと言った。
「主、またうさぎを上げるニャ」
オレも思わず笑った。
その夜、テントの中。寝袋の横にいるシャムを撫でながら、オレは穏やかな眠りに落ちていった。
◆ ◆ ◆
突然、シャムの柔らかい前足がオレの肩を軽く叩いた。
まだ夜の闇は深く、空には星が瞬いている。
オレが目を覚ますと、シャムが小声で囁いた。
「主、ゴブリンが来ているニャ……」
外に出ると、森は静まり返っているが、どこか不穏な空気が漂っていた。
シャムは鋭い目で周囲を見回す。
オレはそっとシャムの頭を撫で、訊ねた。
「シャム、ゴブリンの数と場所はわかるか?」
シャムは緊張した様子で辺りを観察しながら答える。
「かなりいるニャ。色々な方向から近づいて来るニャ」
オレの頭の中は瞬時に考えを巡らせた。
(どうやら、オレたちを狙っているようだ。もしかすると前の戦いで逃したゴブリンが仲間を呼んだのかもしれない。しくじった。人型の魔物は知性があって手ごわい……)
そしてオレは学ぶ。
〈仲間は助けになる〉
と言うことを。




