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第36話 銃声

 どこかで鍵の開く音がした。

 

 

 先を急ぐエストリエたちの前では、立ち塞がるフィオーレが笑みを浮かべている。その瞳はもはや全てを諦めきっており、魔族という存在を前にして——しかも片方は自らの姉の仇と知りながら——彼女は身も心も投げ出していた。



「ふむ。ユースティアを傷つけた、か……」



 エストリエは立ち止まり、顎に手を添える。

 その後ろにいたカタリーナは、焦りから小さく舌打ちをした。



「ねぇ……ちょっと、何やってるのよエストリエ! こんなガキ一人、グズグズしてないで早く殺せばいいじゃない!」


「……いや、それはナンセンスだね」



 人差し指を立てて、苛立つカタリーナを制止する。それからエストリエは人当たりのいい笑みをつくると、真正面にいるフィオーレに対してこう投げかけた。



「フィオーレ、といったかな? 君、さっき『ユースティアを傷つけた』と言ったね」


「? はい……」


「ということは、彼女はまだこのあたりにいたりするのかな? こちらとしてはぜひ彼女に会って話がしたいところだから、居場所だけでも教えてほしいんだけど」



 情報提供を持ちかけてきたエストリエの軽薄な笑みに、フィオーレは一瞬迷いを見せた。ここでユースティアの居場所を明かせば、最悪彼女を間接的に死に至らしめる可能性もある。


 フィオーレは逡巡し、それでも平静を装った。


 

「いえ、()()()()()()()()


 

 エストリエは表情を変えずに、彼女を問い詰める。



「どうして、そう言い切れるんだい?」


「……ユースティアさんは、自分を中傷した私のことを見限って、すでに王都へ向かっています。なので残念ですが、いくら地下牢(ここ)を探してもお友達は見つかりませんよ」



 毅然とした態度で、フィオーレは言い放った。

 もっとも、その内容こそ真っ赤な嘘であるが。



「ふーん……」



 一方のエストリエは、疑り深くフィオーレを見つめる。

 その瞳は次第に、どす黒く染まっていく。


 そして、彼女はまた笑った。




「——嘘だよね。それ」



 

 フィオーレはごくり、と息を呑んだ。

 それは単なる「探り」ではなく、明確な殺意を孕んだ彼女の確信。死を望む少女が最後に働かせた悪知恵は、〈魔王〉には通用しなかったのである。



「ボクの知るユースティアは、そんなくだらないことで仲間を見限ったりしない。おおかた君のほうがユースティアから逃げてきたんだろう? それくらい、表情を見ればわかるさ」


「なっ、(ちが)——」 


「ボクらはもう、君の時間稼ぎに付き合うつもりはない。そんなに死にたいんだったら、正しい情報を吐くまで嬲り殺しにしてあげるよ」


 

 エストリエは魔術を起動し、黒い剣を何本も宙空に発生させた。横並びになったいくつもの剣先は、覚悟の揺らいだフィオーレの体に向けられている。


 非戦闘員の彼女にはもう、なす術はない。


 

 

「喜びなよ。これは君の望んだ“罰”だろう?」




 ニタリ、と魔王が少女を嘲笑う。

 再び死を覚悟したフィオーレは、ぎゅっと目を瞑った。一度は自暴自棄になりながらも、確実に迫り来る死を前に彼女の手足は本能的に震えている。


 魔王の手がまた一つの命を刈り取ろうとした、その時。

 

 足音が、暗い地面を駆けた。




「——フィオーレ!!」




 少女の背後、曲がり角から飛び出してきた白い影。

 エストリエがそれに目を滑らせると同時に、一発の銃声が甲高く鳴り響いた。


 銀の弾丸が、魔王の掌を穿(うが)ち抜く。



「……ッ!」


「ちょっ、何やってんのよ馬鹿……!?」

 


 思わぬ反撃に狼狽えるカタリーナ。

 しかし駆けつけた白い影は素早くマスケット銃の再装填(リロード)を行うと、二発目をカタリーナの右肩に命中させた。二人の敵を怯ませつつ、彼女はフィオーレを庇うようにその場に立ちはだかる。


 フィオーレはただ、呆然と顔をあげていた。



「なんで、あなたが……」



 また他方、右手を撃たれたエストリエが笑みを深める。

 その表情は——「歓喜」に満ちていた。



「ふふ……驚いたよ。まさか、()()()()()()()()()()()!」



 懐かしむような笑みで、彼女は語りかける。




 

「五年振りだね——“ユスティ”」


 

 

 

 魔王が親しげに、旧友に向けて微笑む。

 ユースティアの青い瞳は、宿敵を睨めつけていた。

 


 




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