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第29話 怪物として

 ローゼオとの対話の後、私は砂浜へと足を運んでいた。

 

 目覚めたばかりとはいえ家の中では退屈だし、何より考え事をするときは、思いきってこっちに来た方が捗る。まばゆい日の光を浴びながら、私はサンダルで熱した砂浜を歩いていった。


 すると、浅瀬にあるベンチに人影が見えてくる。



「あ、すみません……勝手にお借りしてます」


 

 私を見て丁寧に会釈したその少女は、さっきネーヴェの部屋で彼と話をしていた子だった。名前はたしか、フィオーレだったか。灰色の長い髪が、潮風にあてられて靡いていた。



「いいよ全然。ここ、私のものってわけでもないから」


「そうなんですか? でも、この辺りの土地所有権はユースティアさんにあると副団長が……」


「私は王国からこの場所を借りてるだけ。それに、こんな綺麗なところを独り占めする気もないからね。……隣、座っていい?」


「はい、もちろんです」



 横長のベンチに、少し間隔を空けて座る。

 一応初対面ではあるけど、フィオーレは王国軍でのネーヴェと関わりがあったみたいだし、私も実は少し話がしたいと思っていたところだ。私にしては珍しく社交的に、話を切り出してみようとした矢先——


 

 

「……ユースティアさんは、王都に戻るつもりはないんですか?」



 

 フィオーレの口から飛び出した質問に、私は思わず閉口した。

 これまでネーヴェやローゼオに嫌というほど振られたその話題に、私は反射的に拒否反応を示していたらしい。なんとか顔を顰めないようにだけ気をつける。



「あっ、ごめんなさい、あんまりよくない話題でしたよね……」


「ううん……ローゼオにも同じこと言われたから。平気平気」


 

 と言いつつも、初手でその話題を出してくるのは正直驚いた。

 やっぱりここに来た王国軍のメンバーは皆、私の進退について思うところがあるのだろうか。最近は魔族たちの動向にも注意すべきものがあるし、ローゼオの引き連れてきた騎士たちにも殺気立った雰囲気を感じた。


 遠回しではあるけれど、私の決断も急かされているように思える。



「私、やっぱり戻るべきだよね……」



 そうするべきだと、頭でもわかっている。

 魔族と私の間にあった水面下の戦争状態も明るみになってしまった以上、私が王都に戻ることを厭うだけの理由もない。いつの間にか外堀を埋められてしまったわけだ。


 だけど、王国軍に戻ったら戻ったで魔術の研究もしづらくなるわけで……



「……それは、ユースティアさんのご意志次第だと思います」

 


 至極真面目に、フィオーレは言った。



「ですが……国王陛下や団長に副団長、それにあのバ——ネーヴェをはじめとした王国軍の人たちなら、ユースティアさんの帰還を快く受け入れてくれるはずですよ。彼らは知っていますから。ユースティアさんの輝かしい功績を」


「功績って、そんな……」


 

 重圧をかけるように念押しされたその言葉に、少し気が引けてしまう。けれど彼女の口調には、どこか取り繕ったような他人事めいたところがあった。



「決断は、今からでも遅くはないですよ。きっと」



 そう助言を残して、フィオーレはベンチから立った。「馬鹿たぶんネーヴェのことの様子を見てきます」といって髪を揺らしながら家に戻っていく彼女の背中を、私は少しばかり眺める。


 誰かの面影を、私はそこに見た気がした。




 


        ◇◇◇




 


 同刻。場所は、魔王城“跡地”。

 魔の者たちによる殺し合いは、熾烈を極めていた。



「——【虚の月鎌(ファルシオン)】!!」



 黒剣が支配する影の沼を避けつつ、跳躍したリヴァーレは紫に光る大鎌を長大に展開し、振り下ろす。魔力によって生成されたその大鎌を、〈魔王〉ルシフェルは黒のマントで跳ね除ける……が。



「ズリィよなぁ、このマントさァ!」


「——‼︎」



 リヴァーレは広がるマントの裾を掴み着地すると、魔王の周囲を獣のごとき敏捷さで駆け抜けていった。彼が一周、また一周と走破していくたび、マントは魔王の体に包帯のように巻きついていき——



「死ねやクソミイラァ!!」



 自らのマントで拘束され動けなくなった魔王を、リヴァーレは容赦なく蹴飛ばした。そのまま蓑虫のごとく転がっていく魔王を嘲笑(わら)いながら、追い討ちをかけるようにエストリエが魔術を行使する。


 

「——【皓雪(トルメンタ)】」



 その手から放たれたのは、白銀の冷気。

 空気すら凍てつくほどの冷たさに、魔王の体はたちまち凍りついてしまった。身動きも取れず、言葉すら発せなくなった無惨な姿の王を、リヴァーレは躊躇なく片足で踏みつけにする。



「ッハハハハ!! みじめだなァ雪ダルマさんよォ!?」



 氷の中に閉じ込められた魔王を覗き込み、ここぞとばかりに嘲笑うリヴァーレ。振り上げた右腕には三日月型の巨大な大鎌を生成し、殺意たっぷりに両眼を見開いた。



「テメェのそのマントがどこまで頑丈か、試してみるかァ!?」

 


 振り下ろされた鎌が、魔王の眼前に迫る。

 その瞬間(とき)だった。



「——巫山戯(ふざけ)るな」



 マントもろとも氷を八つ裂きにし、脱出した魔王はリヴァーレの右腕を掴み上げる。空いた右手で傍に刺さっていた黒剣を引き抜くと、すかさず彼の腹部にそれを突き刺した。



「ゴハァーーーッ!?」


遊戯(おあそび)はここまでだ、俗物共」



 吐血するリヴァーレを死体同然に蹴り飛ばして、魔王は立ち上がる。

 ボロボロに破れたマントから覗く身体は筋骨隆々に変貌し、より禍々しい「怪物」としての側面を強めていった。頭上には天使の輪に似た漆黒の〈王冠〉が出現し、全身から放たれる圧倒的な威圧感は、自身を王であると強く主張しているようでもある。


 


「随分と舐められたものだな。我は——〈王〉だぞ」




 無数の黒剣を従え、魔王は屹立する。

 王としての力の全貌を見せたルシフェルに対し、ダウンしたリヴァーレの代わりにエストリエは黒剣を弾きながら対峙した。絶望的なまでに強大な〈個〉としての力を見せる魔王だが、エストリエの表情から余裕が消えることはない。



「ハハッ……馬鹿を言うなよ、ルシフェル」



 赤い瞳が変貌するは、空のように澄み切った《《蒼》》の色。


 


「【“()()()()()()()()”】」


 


 ただならぬ気配を感じたルシフェルは、咄嗟に後ずさる。

 新たな魔術の発動。予備動作のなかったそれに、彼は身構えた。

 

 

「貴様、何を……」

 

「キミは王じゃない、と言ったんだ。キミはただ……与えられた地位に縋って生きているだけの()()なんだよ。理解(わか)るかい? ()()()()()


「フン、戯言を……!」



 不気味な説得力をもつ彼女の言葉に、平静を保とうとするルシフェル。

 すると、そんな彼らのもとに集まってきたのは、この騒ぎに釣られてやってきた知性のない魔物たちであった。「魔王」の名を冠するルシフェルは、今度こそ現れた自分の援軍を見て不敵に笑みを浮かべる。



「フハハ……! どうやら貴様の虚勢もここまでのようだな、エストリエ!」


「……」


「魔物共、彼奴(きゃつ)らは逆賊だ! 叩きのめせ!!」



 魔王の下僕として生み出された怪物である、魔物たち。

 彼らは本来ならば、〈魔王〉であるルシフェルの命令に従い、逆賊であるエストリエとリヴァーレを総出で叩き、蹂躙し、その骸を喰らい尽くすはずだった。


 そう——()()()()()のだ。



「……何故、何故だ!! 何故そこで突っ立っている、貴様ら!!」



 つい先刻(さっき)までは。



「彼らに何を言っても無駄だよ、ルシフェル」

 

「——!? ……どういうことだ、貴様!!」

 

「だから言っただろう、()()()()()()()()()



 いつの間にか消えていた、ルシフェルの黒い王冠。

 そして彼は同時に、「それ」を見て大いに驚愕することになる。

 




「【“たった今から、ボクが魔王だ”】」

 

 


 

 エストリエの頭に浮かぶ、黒い王冠。

 今この瞬間、新たな「王」が魔界に誕生した。





 


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