第28話 王と逆賊
魔を統べる王を前に、吸血鬼の少女は独り反逆する。
その瞳には、幾重もの色彩が重なっていた。
「——【瞬雷】」
白い手で展開された魔導陣から、金色の雷が現出する。
何本もの雷撃が狙うは言うまでもなく、〈魔王〉ルシフェルであった。ルシフェルは黒のマントで雷撃を無効化しながら、玉座を離れ術者のエストリエと距離をとる。
(この魔術も……所詮は他者の模倣だろう、エストリエ)
余裕の姿勢は崩さず、魔王はその場で攻撃を凌ぐ。
そして片手に黒の剣を形作ると、静謐に唱えた。
「——【黎の剣葬】」
王宮の高い天井に出現したのは、夥しい数の黒い「剣」。
それらはただ一人——主人の逆賊であるエストリエに狙い定めると、一斉に彼女のもとへ降り注いだ。エストリエは迫り来る剣の雨を掻い潜っていくが、王の〈魔術〉の効力はそれだけに留まらない。
剣の突き刺さった地面が、黒く濁り「腐食」する。
赤いカーペットの上も関係なく、王の従える剣たちはその影を以って彼の領域を塗り広げていった。染みのように侵食する影を前に、エストリエは退避のための足場を削られていく。
(ふむ……この部屋じゃ分が悪そうだ)
万物を引き摺り込む沼と化した影を避け、エストリエは雷撃と【滅光】による遠距離攻撃で応戦する。魔王の魔術のもつ性質故に、持久戦に持ち込むのは彼女にとって得策とはいえない。ひとまず有効な足場を増やすべく、彼女は新たな魔術を行使した。
「——【烈風】」
荒ぶる風を従え、彼女は竜巻を発生させた。
四方八方に突き進む竜巻は堅牢な城の壁を巻き込み、破壊しながら、魔王のもとへ集まっていく。崩れゆく王城の中、両者は瓦礫を避けながら互いに機をうかがった。
やがて風が収まり、更地となった荒野が現れるまで。
「おやおや、大事な居城が壊れちゃったねー。残念残念」
「庭が広くなって何よりだ。この程度の蛮行ならまだ赦せるが」
「ハハッ、笑わせるな……ボクを赦す暇があったら死んでくれ!」
固有魔術【滅光】の黒い光を収束させ、極太のビーム攻撃の用意を行うエストリエ。一方、魔王はその間隙をついて、黒い剣を上空から容赦なく振り下ろした。
溜めを中断したエストリエは反射的に飛び退き、降下してくる剣を躱す。
しかし刀身に付随する影は、彼女の予想に反するスピードで浸食を始め、
「——っと」
反応が遅れ、沼に嵌まった彼女の左足に影は絡みつく。
影による浸食の前に迷わず自切を選んだエストリエの判断は賢明だったが、それでも片足一本の欠損は彼女にとって痛手となった。影の蔓延る大地の上、エストリエは小さく舌打ちをする。
「少し、油断したか」
「……かもね」
忌々しげに微笑みながら、左足の再生を待つ。
両者とも示し合わせたように攻撃の手を止め、不敵に睨み合った。
「停戦の願い出なら今からでも受け付けよう、エストリエ。我々がこれ以上血を流し合っても意味はない」
「どこまでも舐め腐ってるなぁ、キミは……これは『意味』とかのレベルの話じゃないんだよ。ボクはキミを殺したい。だから殺すんだ。それが怪物の性なんだよ、わかるかい魔王サマ?」
「……我を殺して、貴様はどうする?」
「さぁね。すっきりするだけなんじゃないかな」
黒い剣が、上空にてエストリエの頸を狙う。
蔓延する影に追い詰められた彼女は、「挑戦者」として次の一手について思考する。魔王への謀反、という無謀にも思えるこの戦いに、彼女の闘志はいつになく滾っていた。
睨み合う両者が、再び殺意をもって動き出す。
その瞬間だった。
二人の間に、紫紺の煙を纏った人影が飛来する。
「「……!?」」
エストリエも魔王も、援軍を呼んだ覚えなどない。
予想外の乱入にただ困惑し、彼らは身構えた。
人影はゆらりと立ち上がると、気怠げに頭部を仰け反らせる。
『おいおいおい……なーんか楽しそうなことしてんなァ、お二人サン』
大きく仰け反った頭から、燻んだ金の長髪が肩にこぼれ落ちる。驚くほど整った顔つきをした彼の両眼は、それでいて張り裂けそうなほど見開かれていた。
細身の青年の姿をした魔族は、白い牙を剥いてそこに佇む。
「オレも交ぜてくれよ……ヒマしてんだ」
その顔を見て、エストリエは顔色を変える。
「リヴァーレ……どうして、今更キミが?」
「どうしてぇ? ハッ、そんなのよォ……テメェらが楽しそーなことしてたからに決まってんだろうがぁ! あァ!? チッたあ脳みそ使えや血吸い女ァ!!」
感情のままに怒りを露わにする魔族、リヴァーレにエストリエは顔を顰めた。野生的で奔放な雰囲気を纏う彼とは、エストリエも反りが合わないのである。
魔王もその名を聞いて思い出したように口を開き、
「……〈十三魁厄〉序列第二位、【凶月】のリヴァーレか」
目の前に佇むは、自らの配下である上位の魔族。
彼はその無邪気さと狡猾さ故の残虐性で〈退魔戦争〉において人類側に多大な損害をもたらした戦闘狂にして、〈十三魁厄〉のナンバー2、【凶月】のリヴァーレその人であった。
「おォ……お久しぶりだなぁ魔王サマ。珍しく派手にやってるじゃねェか」
「ああ、そこの痴れ者が謀反を仕掛けたものでな。丁度いい、加勢しろ」
「——!」
瞠目したエストリエは、焦り気味に冷や汗を流す。
ただでさえ面倒な効果をもったこの領域の上で、戦闘能力に長けたリヴァーレを同時に相手取るのはいくら彼女でも困難である。予期せぬ敵の援軍にエストリエは計画の失敗、および自らの死の気配を濃厚に感じ取った。
「加勢……? ああ、いいぜェ……」
エストリエが身構え、魔王は勝ちを確信して目を閉じる。
その一瞬の隙を、リヴァーレは狙った。
「——【虚の月鎌】」
リヴァーレの掌から放たれた、三日月型の斬撃。
それは正確に、魔王の両眼を抉った。
「……ッ!?」
「——ゲヒャヒャヒャヒャッ!! おいおいおいチョロすぎんだろ魔王サマぁああああ!?」
子供のように無邪気に——だが精一杯の嫌味と邪気を込めて——リヴァーレは魔王を嘲笑する。またも予想を裏切られた魔王は業を煮やす一方、わずかな希望を見出したエストリエは表情に余裕を取り戻す。
「オレは挑戦者に加勢すんだ。お相手願うぜ魔王サマァ!!」
「貴様ら……揃って我に楯突くか……ッ!!」
王としての振る舞いも忘れ、両眼から血を流した魔王は憤怒を露わにする。上空の黒剣たちは主人の怒りに呼応するように、その大きさと数を驚異的なスピードで増していった。
しかし二人の挑戦者は、今さら臆することもない。
「手を貸してくれる、ってことでいいのかな?」
「オレは強え方と戦いてぇだけだ。殺しの邪魔したらブッ殺す」
「はいはい」
溜め息をつくエストリエに先行して、リヴァーレは両の手に魔力で生成した大鎌を展開する。三日月型の鎌に似た双剣を広げるように構え、彼は大きく背中を曲げて前傾姿勢をとった。
「さァて、そんじゃ行くとするかぁ〜。
ゴミカス上司ブッ殺しタイムの始まりだぜぇえええ!!」
黒い荒野に入り混じる、三者三様の殺意。
王とその逆賊たちが、今再び相対する。




