第26話 白状
「私の開発した魔術は、二種類あるんだ」
コーヒーを一口啜り、ユースティアは言った。
彼女の家のバルコニーにて、同じく席についたローゼオは少し驚いたように目を見開く。ユースティアの語り始めた真実に、注意深く耳を傾けた。
「まず一つ目は、この家の周囲に魔物や魔族を通さない〈結界〉を張る魔術。外出中、家の中を荒らされたりしたら困るから、結界魔法の代替として生み出したものになるね」
「たしかに、それなら一人暮らしでも見張りはいらないわね……」
「うん……でもこれは、正確には私が使用していた魔術じゃない」
丁寧にカップを置いた彼女に、ローゼオは何かに勘づいた様子でおもむろに口を開く。点と点が線で繋がった――とでも言うように。
「じゃあまさか、黒猫ちゃんにあったあの痕は……」
「そうだよ。結界の魔術――【絶界】は、シャーロットの体に施したものだ」
「……そう、なのね」
無理やり自分を納得させるように、ローゼオは頷く。
カップの底を見つめていた彼は、おもむろに顔を上げると、
「それで、もう一つは?」
「もう一つは、【言霊】――私の言葉を『命令』として相手に聞かせる魔術。もともとは戦闘補助用に開発したものだね」
臆面もなく淡々と、ユースティアは語る。
両の手でカップを握ったローゼオは、彼女の語った事実を噛み締めるようにゆっくりと頷いた。それ以上はもう、驚きもしなかった。
「ユスティアたん。あなたも知っているかもしれないけど……魔術の研究は、騎士団でも進められているのよ」
「そうなの?」
「ええ。でもね、実用化には至っていない。いえ、至ることはないと言った方が正しいかしら」
なぜ、と問おうとしたユースティアが口を閉じる。
その答えこそが、ローゼオが突く話の核心だったからだ。
「魔術の使用には、代償として寿命を必要とする――。
そうでしょう? ユスティアたん」
彼の発言に対して、ユースティアはしばらく黙りこむ。
しかしやがて、言葉もなく深く頷いた。
「そうだよ。私は魔術の行使者として、二つの魔術の代償を請け負った。――寿命を、差し出した」
驚くほどに淡々と、ユースティアは言い放った。
彼女の青い瞳は、ぼんやりと海を眺めている。寿命を売り払ったことなど、まったく意にも介していないかのように。その無頓着さに、ローゼオは少し眉根を寄せて、
「……何年なの」
低く、声を響かせる。
「二つ分の魔術の代償なんて、あなた一体、何年分の寿命を……!」
「――155年と3ヶ月」
遮るように、ユースティアは言った。
「……え?」
「【絶界】は一日維持するのに一ヶ月、【言霊】は一回の使用で平均して半年の寿命が持っていかれる。計算が合ってるかはわからないけど、体感ではそれくらいかな」
「……そのことは、他の誰かには?」
「言ってない」
「……」
かける言葉も見つからず、ローゼオは絶句した。
恐れ慄いた、と言ってもいいだろう。
狂気的とも言うべきユースティアの覚悟と、自己犠牲に。
「……そんなに驚くことじゃないでしょ」
言葉を失ったローゼオに、語りかける。
「私はエルフだよ。たった数百年ぽっち寿命が縮んだところで、急に死んだりはしないよ。だから――」
「だから易々と、寿命を削ってでも魔族と戦うっていうの?」
強く、しかし震えた口調でローゼオは反論した。
慈悲深い彼の目は怒ってはいない。けれど確かに、かつての戦友のした選択を責め立てていた。彼女のした身勝手な、自己犠牲の選択を。
「あなた、死ぬつもりだったんでしょう。アタシたちの知らないところで、寿命を使って一人で魔族と戦い続けて……ここでなら、誰も悲しませずに死ねるだろうと思いこんで……!」
「っ、違う……私は、そんなこと……」
「ユスティアたん、あなたが優しい子だっていうことは昔からわかってた。けれどその分あなたは、自分のことを顧みない。自分のことを犠牲にしてでも、優しくあろうとする――あなたの悪い癖よ」
今度はユースティアが黙りこむ番だった。
自らの身を案じるかつての戦友の言葉に、少なからず彼女の感情も揺れ動いたのだ。五年という月日が流れてはじめて、彼女は自分のした選択の致命的な間違いに気づいた。
世界が平和でありさえすればいい。
自分はどれだけ不幸であってもいい。
そんな初歩的な「過ち」に、ようやく――。
「一人で抱え込もうとするのはやめなさい」
「ローゼオ……」
母のような目で、彼は語りかける。
「あなたはもっと、アタシたちを頼りなさい。今、アタシたちがあなたを頼るしかないように……あなたにも、アタシたちを頼ってほしいの。もう寿命を削るような真似もしなくていい。ともにまた魔族たちに立ち向かうために、アタシたちは手を取り合わなければいけないのよ」
差し出されたコーヒーを飲み干して、ローゼオは席を立った。
真横に広がる大海原を眺めながら、潮風にふっと目を細める。
「一方的な言い方をして、悪かったわね」
目を閉じて、ローゼオは去り際に言った。
「ただ……アタシたちとともに王都へ戻るということも、選択肢として考えてみてほしいの。もちろん強制はしない……けれど、いい返事を期待しているわ」
「……」
バルコニーを離れようとする彼の背中。
躊躇いを見せていたユースティアは、それでも口を開き、
「……考えとくよ。前向きに」
咄嗟に出たのは、曖昧な返答。
しかしローゼオは満足げに、片頬で微笑んでいた。
◇◇◇
翌日。
大陸北部の〈魔界〉、そのさらに北端。
そこには、魔物たちの王が棲まう一つの「城」があった。
「やれやれ、質素な城だなぁ。まるで見どころもない」
長く細い回廊を悠々と歩きながら、エストリエは愚痴をこぼす。
彼女の言葉通り、「彼」の棲まうその城は至って単純な構造をしており、特筆すべきインテリアや装飾は何もないようだった。中庭には草花の一つも生えておらず、枯れた地平に無骨な黒い要塞が建てられているのみである。
赤い絨毯のひかれた回廊を、彼女の足は進む。
やがて、彼女の道を塞ぐように巨大な二枚扉が現れた。
「……エストリエだ。来たよ、言われた通り」
不躾に彼女が言い放つ。
すると扉は呼応するかのごとく開き、彼女を迎え入れた。
エストリエはヒールの音を響かせ、その中へ歩み入る。
赤の視線は床をなぞり、その先にある玉座を――
そこに収まる人物を、挑戦的に睨めつけた。
「やぁ、久しいね。“魔王サマ”」




