表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/42

第19話 その名を背負う者

 剣閃が弧を描く。

 巨体が繰り出した拳は、それを迎えうった。



「ふむ……剣筋は悪くない」



 そう冷徹に言い放つジガンテの拳に刻まれた斬撃は、まだ浅い。途轍もない膂力(りょりょく)と勢いで繰り出された一撃が、エルダのすぐ足下の地面を粉砕した。


 そこへすかさず、エルダは片手剣で斬り返す。

 わずかに血飛沫が上がるが、その太い腕は断ち切れない。


 文字通り「鋼」と化した、彼の腕は。




「――【鋼星(リジドステラ)】」




 ジガンテは今一度自らに魔術を重ねがけし、肉体の強度を極限まで高めていく。特別な能力を持たぬ代わりに与えられた彼の鋼の体は、すでに人智を超えた領域にまで練磨されていた。


 血管の浮き出た腕に力を込め、再びエルダに視線を向ける。



「さあ来るがいい。“騎士団長”」


「――っ!!」



 地面を蹴り飛ばし、エルダは駆け出した。

 殺人的な速度と質量をもって襲い来る拳を身軽にかわしながら、一気に敵の懐へと飛び込んでいく。体格とパワーに差こそあれど、スピードでは小柄な彼女の方に()がある。



(断ち、切れ……ッ!!)



 片手剣の刃が、ジガンテの脇腹に滑り込む。

 そのまま肉を断つべく、エルダは全力を賭して剣を振り切ろうとする。よく研がれた彼女の刃は、敵の肉体の表面を抉るように進んでいくように見えた。しかし――



「無駄だ」



 無慈悲にジガンテが時間切れを告げる。地面を深く抉りながらのアッパーが、エルダの正面に迫った。


 エルダは攻撃を中断して拳を蹴り飛ばし、宙返りで回避。

 ジガンテと距離をとり、素早く体制を立て直す。



「お前の剣では、俺は斬れん」



 すると彼は低い声を沈ませ、そばにあったクマの人形数体を鷲掴みにした。次の瞬間、凄まじい膂力でそれらはエルダに向けて投擲される。



「――っ!?」



 反射的に剣を構え、エルダは人形を斬り払う。

 すると破壊された人形はその場で爆発し、紫煙がエルダの視界を奪った。擬似的に発生した煙幕の中、ジガンテの影が彼女に迫る――。



(! しまっ――)



 煙を突き破って登場したのは、鋼の拳。

 強烈な右ストレートが、少女の小柄な身体にヒットした。


 防御のために構えた剣すらもへし折られ、踏ん張りの利かないエルダの身体は吹き飛んでいく。なす術なく城壁に叩きつけられた彼女を、砂ぼこりと瓦礫が包み込んだ。



「が、はっ……」



 その場から起き上がれぬまま、エルダは吐血する。

 全身に走る激痛に耐えながらも剣を握り、途切れそうになる意識をなんとか保つ。並の女性と比べても見劣りする体格の彼女には、今の一撃が決定打であった。


 ジガンテは人形を引き連れながら、エルダに歩み寄る。



「少し、期待をかけすぎたようだな」



 落胆気味に、ジガンテは吐き捨てた。



「ファルネーゼ家の人間とはいえ……所詮は小娘か。膂力も体力も気概も、何もかもが中途半端だ。ここまで噛み応えのない奴だとは思わなかったな」


(そんなの、私だってわかってる……)



 薄れゆく意識の中、エルダは奥歯を軋ませる。

 嫌というほど味わってきた劣等感を再び叩きつけられ、戦意すらも次第に薄れていく。折れた剣の柄から、彼女の指は(ほど)けていった。


 失意の表情を浮かべるジガンテは、さらに続ける。



「……エストリエの言った通りだ。お前のような者がトップに立たざるをえない程、今の騎士団は()()()らしいな」


(――!!)



 閉じかけていた瞼が、開く。

 その瞬間、少女の胸の闘志が再燃した。


「平和に慣れすぎた人間は、やはり――」



「――そんな事、言わせない……!!」



 息も絶え絶えの状態で、エルダは立ち上がった。

 光の灯った左眼が鋭く敵を射抜く。ジガンテは少し関心したように、ほう――と声を漏らした。



「私の騎士団を……私たちを、侮辱するな!!」



 気力を振り絞ったような声で、少女は叫ぶ。

 そして今度は上空に向かって、



「カルロさん! ()()()をッ!」


「あいよ!」



 城壁の上から屈強な男の声が応え、エルダのいる戦場へと「それ」は投げ込まれた。少女の目の前に突き刺さったそれを見て、ジガンテは瞠目する。



「っ、その剣は……」



 エルダは迷わず、その()()を引き抜いた。

 

 すると大剣の刀身は金色の輝きを放ち、埋め込まれた晶石が少女の思いに応えるように眩く発光する。重厚かつ神聖な雰囲気を纏うその大剣を、エルダは誇示するように振りかざした。


 ファルネーゼ家にて代々受け継がれる聖剣、『ディリジェンテ』。

 この世に二つとない、唯一無二にして伝説の一振りである。


 一族の人間しか使用を許されないその剣を、若き騎士団の長であるエルダは初めてその手に収めた。再燃した闘気も相まって、その姿はかつての英雄を彷彿とさせるものであった。



「この国の皆は、私が守る。守らなきゃいけないんだ」



 決意を固めた彼女は、自らの胸に言い聞かせた。

 やがて左目を覆い隠していた眼帯も千切れて外れ、風に流される。


 その下から露わになったのは、痛々しい傷などではなく、澄んだ瞳。

 父のベルナルドから受け継いだ、金色の瞳であった。



「さあ来い、魔族……」



 一族の証である大剣を手に、片青眼(バイアイ)の少女は覚醒を果たした。

 自らが背負うものの大きさと、使命を自覚して。


 

 

「サルヴァトーレ聖騎士団団長、

 エルダ・ファルネーゼが相手だ……!!」

 

 


 自分の弱さも劣等感も、少女は振り払った。

 一人の「騎士団長」として、彼女はただそこに立つ。


 


        ◇◇◇




 同時刻、王国南端にあるユースティアの住処にて。

 わずかに灯りが漏れるその一軒家を、遠巻きに眺める影があった。



「本当に、こんな作戦でいいのかしら……?」



 太い木の枝に、一人の少女が腰掛けている。

 腰より長いピンク色の髪は地面に垂れ下がっており、傾けた頭の額から生えているのは、魔族特有の黒い角。エストリエ一派に属する魔族、カタリーナがそこにいた。



(ま、あたしの手が汚れないならいいか……)



 静かに自己完結し、カタリーナは瞳を閉じる。

 木の上で両脚をぷらぷらと揺らしながら、彼女はユースティアの家を眺め――()()()を、じっと待っていた。


 自らが舞台に上がる、その時を。



「あとは上手くやりなさいよね、“人間ちゃん”」

 






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ