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3調査委員会(2)




訝先輩との出会いは僕がはじめて委員会に赴いたときのことだ。



ほぼ五月晴れ同然の心地よい天気の中、僕は程よい緊張感と高揚感に包まれていた。その感情は中学二年生のときに一代一世の勢いで告白をしに馳せ参じた時に準ずる。

しかし行うことは大したことではなく、入部宣言をするために一度学生自治会の部室へ足を運ぶだけである。だが、なぜかこう新しい世界に足を踏み入れるような感覚に浮足立っていた。

どんな出会いが待っているのか、これから何が起こるのか波乱万丈ドンとこい。そう意気込んでいた僕はいつもの講義棟から少し離れたサークル棟へと向かった。

自分でもわかる勇み足、いつもの5倍増しでピンとした背筋、緊張だか期待だかで高鳴りまくりの鼓動。きっと周囲の学生からみたその時の僕は、一人張り切りすぎた園児の行進のように見えたに違いない。

ただ、そんな事はどうでもいい。

僕はただ我が青春の止まり木に決めた運命のサークルへと邁進し、人の目をはばからずただただ突き進むだけなのだ。

サークル棟へと到着した僕は一目散に部室を目指す。

『学生自治会 サークル棟2F』と達筆に書かれた張り紙を見つけると一段飛ばしで階段を駆け上がった。

階段を登りきった直ぐ目の前の扉で心臓の高鳴りが最高潮に達する。

さあ、僕の薔薇色学生ライフは今ココで始まるのだ。我が野望たる組んず解れつライフよ今ココに来たれ!



部室の扉は僕の意気込みとは正反対にあまりにも軽かった。

雑多に物が置かれているわけでも無ければ、人に溢れているわけでもない。長机と様々な種の椅子が数脚置かれているごくごく普通の部屋である。

しかしこの変哲のない部屋に異彩を放つのは窓ぎわに一人、栗色の長いポニーテールの中性的な学生が一人ポツンと木の椅子に腰掛けていた事である。

その人はイジっていたであろうスマホから目を離して、驚いたような顔で目を見開いてこちらを見ている。

心臓の高鳴りは止み、いつの間にか乱れていた呼吸は少しずつ落ち着きを取り戻していた。

自分でも驚くべき勢いで戸を開けたようで、手から離れた押戸のノブは勢いそのままゴインと壁にぶつかり未だに残響を奏でている。



「こちらは、学生自治会で間違いないでしょうか」



空白の間にも臆せず僕はそう発した。



ポニーテールの学生は一瞬間を置いてから「あ、ああ」と呟いた。



「こちらに入部したく思い足を運ばせていただきました。宜しくお願い致します」


放胆小心、何事も最初が肝心である。

まずは大胆に、細かいことなど後からでよい。

礼儀作法を忘れずに僕は深々とお辞儀をした。


「ふうん、そうか、入部希望か。押し入り強盗かと思ったよ。」


「入部希望です。よろしくお願い致します」


そう言ってぼくは顔を上げると、ポニーテールの方は足を組みながら顎に手を当て、まるで僕を品定めするかのようで且つどこか妖艶に、鴨が葱を背負って来たと言わんばかりのニヤリとした目つきであった。


「そうかそうか、仲間が増えるのは嬉しい限りだ。ようこそ学生自治会へ。取り敢えずなにもないところだが座り給え」


「ありがとうございます」


僕は謝辞を述べ扉から一番近くにあった椅子へと腰掛けた。


ポニーテールさんはそんな僕の姿を見てから、ひょいと軽そうに立ち上がり、改めて僕の向かいとなる席に座り直した。

ひとつの長机をはさみ互いに見つめ合う。

片一方期待と不安と緊張の瞳で、もう片方はニヤリとした瞳で。


「では君、試験を始めよう」


「はい?」



「試験だ、二度も言わせもんじゃあないよ。ここはこの学び舎の中枢を支配すると言っても過言ではない学生自治会だ。ノコノコやってきそのまま入部などとは思っていないだろう?」


思っていた。ノコノコやってきてそのまま入れるであろうと。自治会といえどたかがサークル、イベントごとを取り仕切ると言えどもまさか面接などあるなんて思ってすらいなかった。

不安が緊張に勝り、ぬるりと背中に汗が伝う。

学生自治会会員たるポニーテール、学生の本分たる学びの精神と健全たる生活を送るために清く正しい心を見定めるとでも言うのだろうか。いや、ある。のかもしれない。

何も考えずただネギを背負ってきた僕はこのままオズオズとここを後にするならば一生の不覚と言っても過言ではない。ニヤついたポニーテールに出会うたび「あいつは何も考えずに自治会に入ろうとした愚かな阿呆だ」と嘲笑され続ける想像をするだけで胃が痛くなる。

ここは嘘っぱちだろうが何だろうがなりふり構っているわけには行かない。


薄いブラウンのコートから黒縁の丸メガネを取り出したポニーテールさんは、姿勢を更にふんぞり返らせた。メガネの奥の瞳は更にニヤつきを増している。


「ではいくつか君に質問をする。後輩くん」


「はい」



南無三


「君は学生の本分は何だと思っているかね?」


学生の本分、学生が学生たるために本来尽くすべき務めである。

ここでは即ち「学びに励むこと」であると告げるのが模範解答であろう、が、果たしてそうと言えるであろうか。

この学生自治会という集団はただただ模範的学生を求め成り立っているのであろうか?答えは否、かもしれない。

優等生なお答えなんぞ少し考えればどんな阿呆も思いつく、ここは最大限己の印象を残すことに焦点を当てるべきではないか。

面接を嘘つき大会とはよく言ったものである。

確かに「学びに励み、己が探究心のままに知識を蓄えることだと思います」などと言えば当たり障りはないだろう、ただそれでは僕という人物がただ当たり障りのないツマラナイ野郎だと思われることも請け合いなのだ。

だからといって「色恋沙汰と陽キャパーリーに花を咲かせる酒池肉林であります」などとほざけば「故郷に帰れ」と一蹴されることも間違いない。

ここは中間地点を答えることが望ましい。

文武両道かつ自己のためだけでなく人のために励むことを宣言し、偽りの意識の高さを見せつけ、欲にまみれた己の下心をひた隠しにしつつも他人とは違う何か、いわば個性をアピールすべきなのだ。


「学生の本分とは主に勉学に焦点を当てるべきである、と思っております。ただそれだけに留まらず他者とのコミュニケーションをはかり、自身の知見を広めることも重要だと思います。僕個人の見解としては、よく学び、ほどよく遊ぶことだと」


「なるほど。真面目だね君は」


「はあ」


ポニーテールさんは顎に手を当て、ふむふむと考えるような仕草をした。

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