8話【魔物の発生源】
お披露目の式典が終了してから三日後。
私たちは魔物の発生が多発している森の近くまで来ていた。
――三日前、式典の途中でハーランド陛下に呼び出された私とブライアンは陛下の待つ執務室に向かった。
そこには王妃様とジークフリート総団長様も一緒で、驚きを隠せずにいれば『二人に至急の頼みがある』と神妙な面持ちの陛下から、魔物が大量発生しているという、城下町から小さな村を二つ越えた先の森に至急発って欲しいと言われた為、ブライアンを含めた第二騎士団の皆さんと私で来ていた。
「団長!こっちに血が!」
「負傷者が森にいるかもしれない!散り散りにならないよう、陣形を崩さずに探せ!」
第二騎士団長としてのブライアンを見たのは初めてだったので、凄く素敵だと思う。
明らかに木々の色味が濃い紫色っぽくなっている場所から先は、ゾワゾワとした感覚があり一歩後ずさってしまった。
「大丈夫ですか?」
「ちょ、ちょっとゾワゾワして」
「…やはり、聖女であるユリナ様の方が瘴気の感知力は高いようですね」
え?待って、瘴気の紫色のモヤモヤは聖なる力を持って生まれた一部の人にしか見えていないとの事だった。
――つまり、明らかに木々の色が違うことも彼らには分からない?
「ブライアンには、木々が濃い紫色には見えてないの?」
「ユリナ様にはそう見えているのですか?」
「うん、奥に行くに連れて濃くなってる」
ブライアンの腕が腰に添えられて、グッと引き寄せられて、彼と密着してしまう。
「行けますか?」
「は、はい!」
「急ぎましょう、手遅れになる前に」
ギュッと両手を握る。
最悪の場合、血を流している負傷者が命を落としている場合も考えなくてはいけない。
怖いけど、行かなくては。ブライアンとだったら大丈夫、そう言い聞かせながら濃い紫から、もはや黒に近い紫が夥しく広がった木々を見ながら進む。
「団長!こちらで負傷者を発見しました!」
「承知した!ユリナ様、治癒魔法をお願い出来ますか?」
「分かりました」
負傷者に近付いて、治癒魔法を発動する。
お披露目会の前に初歩的な魔法は使えておいた方がいいとハーランド陛下が魔法の先生まで手配してくれていた。
そして、こうやって魔法を使う場面が来たのだから、陛下には感謝しかない。
「うっ…?」
「大丈夫ですか?」
「ぁ…ああ、オレは生きてるのか…?」
「流血していましたが、治癒魔法を掛けたので、もう大丈夫だと思います」
木の根っこの辺りに背を預け気絶していた中年の男性は、まだ意識がハッキリとしていないようだ。
それしても…魔物が多発していると陛下は言っていたはずだが、此処に来るまで一匹も遭遇していないのも疑問に感じていれば、男性が背を預けている木が動いた気がして咄嗟に『バリア!』と叫び、自分自身と負傷している男性を守る。
――すると、木の根っこが飛び出て動き出す。
目の前の木の魔物は、今まで見た中で一番禍々しい色を放っている為、きっとボスだろう。
気付けば周りに居たはずの騎士の人たちも、木々に囲われてしまい見失ってしまった。
「浄化しなきゃ…!」
だが、バリア魔法を張ったままでは魔力の消費が激し過ぎるため、祈りを捧げて浄化する事は出来ない。
ましてや人を一人守りながらでは、あまりにも無謀だ。
「ブライアン!ブライアン!!」
ジリジリと追い詰められ、彼の名を呼ぶが虚しく響くだけ。
このまま防御か、それとも攻撃に転じるか。だが、バリア魔法を解いてしまえば、いまだに意識が混濁した様子の男性まで危険に晒してしまう。
「………っ、助けて!ブライアン!!」
ゴウッという音と共に、パキパキと木が爆ぜる音。
辺りを見渡せば青い炎に焼かれた木々が、次々と倒れ消し炭になっていく。
「ユリナ様!!」
一際禍々しく大きな木が私を補足したが、バリアで攻撃を弾いた。
その一瞬の隙に、木の魔物との間に入ってくれたブライアンと騎士の方々に感謝を伝えながらバリア魔法を解いて、浄化の姿勢に入る。
「油断するな!後方部隊の者は負傷している彼を連れて、後方へ!浄化が終わるまで必ずユリナ様を守りぬく!」
『はい!!』
第二騎士団全員の返事を聞き、私も両手に力が篭もる。眩い小さな魔法陣が足元から徐々に大きくなり、濃い瘴気の発生源であろう禍々しい木を捉える。
浄化の始まった木は、徐々に小さく…そして萎れていき最後には完全に枯れ、動かなくなった。
「怪我は無いですか?」
「…はい、大丈夫です」
木が枯れてから握りしめていた両手を解けば、発動していた魔法陣は消える。
周りを見渡すと瘴気の色を纏っていた木々は緑の葉が顔を覗かせており、瘴気の発生源だった魔物は浄化出来たようだ。
「どうやら、先程のトロントが瘴気の影響を強めていたようですね」
「かなり色濃く瘴気を纏っていましたから、間違いないと思います」
浄化が完了した為か、ゾワゾワしていた感覚も消え、空気も澄んでいるように思う。
そして、先程のトロントと呼ばれる木の魔物は、トロントなのか、それとも普通の木なのか一目では判断出来ず、気付けば背後を取られてしまっていた。なんて事は、日常茶飯事なのだと第二騎団の方々に説明して頂いた。
口々に『見分けるのが大変なんですよ…』『来るならガッと正面から来て欲しいよなー』などとトロントに文句を言っていて、思わず笑ってしまった。
「あ、そうだブライアン、聞きたいことがあります」
「なんでしょうか?」
「瘴気は元々魔物が纏っているものだと、魔法の先生からお聞きしたのだけど…普段は瘴気の影響は無いの?」
私の質問にブライアンは丁寧に説明してくれる。
まず、魔物は瘴気から誕生するらしく、動物のように繁殖する魔物もいれば、トロントのようにそもそも繁殖出来ない魔物もいるのだと言う。
繁殖する魔物は急速に増加し、瘴気の力が濃くなるのも早くなる為、早急に対処し浄化作業を行わなければならないとの事だった。
今回はトロントだった為、あれぐらいの量と強さで済んだのだと言うのだから、恐ろしいと思った。
「瘴気は魔物が多くなるほど濃くなります。そして増えれば増えるほど、群れを統率する為に一際大きな個体が出現し力が増します。それに伴い、人間などの動物の身体に与える影響も大きくなります」
今までは、瘴気を視る事ができる神官、神父、シスターが魔物と瘴気の対処を行っていたが…追い付かず、聖女を召喚しなければならないと聖女召喚の義を行ったのだそう。
初めて知る事ばかりで頭が混乱しそうになる。
本当はリュードや魔法の先生に、お披露目の前に瘴気のことを詳しく聞きたかったのだが…リュードは式典の準備で忙しそうだったし、先生も私に優しく丁寧に魔法を教える為に、隈を作っていた事を知っていたので詳しく聞けていなかった事もあり、ブライアンが説明してくれて詳細が少しでも理解出来て良かったと思う。
「なるほど…魔物が増えれば、瘴気が濃くなり魔物も強くなり、更にリーダー的な魔物も出現して、身体に影響を及ぼすようになる。って事で、合ってるかな?」
「ええ、その解釈で合ってます」
「良かった!ありがとう、教えてくれて」
「お役に立てて何よりです」
瘴気について説明を聞きながら歩いていたので、気付けば馬車の前まで来ていた。
ブライアンの手が差し出され、素直に手を重ねれば笑みを浮かべた彼と目が合い、心臓が跳ねる。
慣れない。エスコートされる事もだけど、彼と目が合う度に鼓動がうるさい。
「ユリナ様」
「はっ、はい!」
「城に帰還したあと、少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「へっ?だ、大丈夫だと思います。特に予定も無いから…」
「ありがとうございます」
そこでブライアンとの会話は終わってしまい、私は馬車に乗り込んだ。
城に到着したら、私は…私は彼に何を言われるのだろうか?そんな不安とドキドキを半分ずつ抱えながら、馬車の揺れに身を任せた。