7話【お披露目の日】
そしてやって来た、聖女お披露目の日。
私は酷く緊張していて、眠れたのは朝方だった。
「ユリナ様、もしかして眠れませんでしたか?」
「あはは…リディアには隠し事出来ないね」
「顔を見れば分かります。随分と緊張されてますね」
「うん、人前に立つのはなるべく避けてたから」
リディアに起こされて、用意された柔らかい色味の黄色いドレスを横目で視界に入れ、リディアに髪をといて貰いながら会話する。
視界に入れたドレスは、確か元の世界では【エンパイアドレス】という種類だったはず。裾が広がってなくて、縦長シルエットのドレス。
ウェディングドレスをいつか着たいと思っていたからドレスの種類を調べていた時期もあったな…と、ふと思い出してしまった。
「リディア、私頑張るよ」
「はい。美味しい紅茶とケーキを用意して、お帰りを待ってます」
リディアの言葉に励まされて、沈んでいた気持ちが少しだけ晴れた気がする。
髪のセットが終われば、次はメイク。メイクが終われば、ドレスを着なくてはいけないので、リディア以外のメイドさんたちが部屋に入ってきて、ドレスに合うネックレスなどの装飾品を選び、私の身に纏わせていく。
「あら?聖女様、ピアスの穴を開けていらっしゃるのね!よろしければ、ピアスをお付けしても?」
「はい、お願いします」
「やっぱり、ブライアン様の瞳の色かしら」
な、なぜ、そこでブライアン様の名前が!?と驚いてしまったが他のメイドさんたちも『それがいいわよ!』と口を揃えて言っていたので、私は何も言わずにされるがまま。
だが、何やらピアスの色を悩んでいるみたいだ。
それを見ていたリディアが目にも留まらぬ早さで、ピアスを選び付けてくれた。
「うん、とてもお似合いですよ」
「ありがとうリディア」
鏡を観て確認すれば、オレンジ色の小粒の宝石が二つあしらわれている長めのピアスが輝きを放っているように見える。
光に当てられたブライアン様の瞳は、少し黄味がかった色に見えるが、暗い場所ではオレンジ色にも見えていたように思う。
先程のメイドさんが言っていた『やっぱり、ブライアン様の瞳の色かしら』という言葉を思い出し、意味が分かって顔が熱くなる。
いやっ、でも自分で選んだわけではないから大丈夫よね?うん、きっと大丈夫!そう言い聞かせながら、ピアスを触った。
♢♢
お披露目会場の前にはリディアと共に足を運び、リディアはハーランド陛下と隣にいる女性にも一礼したあと、来た廊下を戻って行った。
会場の前には、ハーランド陛下、その隣には女性が居た。誰だろう?と疑問に思ったのだが、それよりもブライアン様が居ないことの方が気になってしまう。
「あら!貴女がユリナさんね!」
「あの…?」
「驚かせたね。紹介が遅れてしまったが、私の妻レベッカだ」
「お、王妃様!?は、初めまして、ユリナです!」
「レベッカです。これからよろしくね、ユリナさん」
国王陛下と同じ、柔らかで穏やかな笑顔を浮かべる王妃様。
少しだけ、王妃様の顔色が良くなさそうに見えたけれど、今日まで会わなかったのも何か理由があるのだろうか?
そんな私の心の声が、まるで聞こえたかのようにハーランド陛下が『レベッカは少し体調を崩して、静養していたんだ』と言った。
なるほど…今も体調が優れてないように見えるが、それでも式典に出席するという事は、このお披露目会がかなり重要な式典なのが分かる。
「そうだったのですね」
「もう随分と体調は良くなっているのよ、だからそんな悲しい顔をしないで頂戴」
「えっ…?す、すみません、そんな顔をするつもりは全くなくて」
完全に無意識だった。
こちらの世界に来てから、何故か得意なポーカーフェイスが役に立ってくれない。
「ユリナさんは優しい人ね」
「…そう、でしょうか」
「うふふ、今度ゆっくりお茶をしましょう?」
「っ…!はい、ぜひ!」
王妃様からのお誘いに少し驚いたが、同時に嬉しくもあり直ぐに返事をした。
そんな私たちの会話聞いていたハーランド陛下は、背景に花が飛んでいるようなエフェクトさえ見えるような微笑みを浮かべている。
「あの、お聞きしたいことが…」
「ブライアンだろう?直に来る」
陛下の言葉通り、足音のする方を見ればグレー色の正装に身を包んだブライアン様が革靴の音を立てながら、こちらに向かって歩いて来ていた。
「陛下、いつも通りでは駄目だったのでしょうか?」
「すまんな。今日は貴族のご令嬢やご婦人方も来ている、言っている意味が分かるな?」
「…………俺はユリナ様から離れるつもりはありません」
「ふふっ!ああ、承知している。では、ユリナのエスコートを任せたよ、ブライアン」
そのまま自然と差し出された手に、そっと手を乗せれば『大丈夫です、俺が傍にいますから』とゆっくり手を引かれて、陛下と王妃様に続き、式典の会場に入っていく。
煌びやかなシャンデリアに、まず目を奪われて――その次は大きな拍手に鼓動が早くなる。
大勢の視線が突き刺さると思っていたが、どうやらブライアン様の方が注目を浴びているようだ。
口々に『ブライアン様よ!』『珍しいな、彼が式典に出るなんて…』など、ブライアン様のことを言葉にしている人の方が圧倒的に多い。
ホッと胸を撫で下ろしていれば、指定の場所に着いた。
そして数十段はある階段を登り、ハーランド陛下とレベッカ王妃が私の両隣に立ち、ブライアン様はお二人に目配せをしたあと手を放して、その場を離れて行く。
お二人の手がそっと背中を押してくれて、しっかり前を見据えればリュードの姿やジークフリート団長様の姿も見えた。
「こちらは聖女のユリナ!瘴気が増え、魔物も増加しつつあるサイフィンス王国に来てくれた希望の光だ。もし、彼女が心無い言葉や行動で傷付けられる事があれば、私たちは容赦しないということを肝に銘じておいてくれ」
ハーランド陛下の言葉に会場に居た偉い人たちの顔が、空気が、ピリついたのが分かる。
思わずハーランド陛下を見れば目が合って、頭を撫でられた。
「大丈夫、安心なさい」
「ユリナさん、何があっても私たちが付いてるわ」
「…っ!ありがとうございます」
値踏みされているような、突き刺さるような視線は徐々に和らいでいき、拍手に変わる。
「それでは皆、引き続き式典を楽しんでくれ」
「ユリナさん、せっかくだからお食事を楽しみましょう!」
そう言われた私は断りきれずにレベッカ王妃と共に、立食スタイルの食事を楽しむ事になった。
♢♢
次から次に貴族の方々に挨拶され、漸く列が途切れる頃にはお腹が鳴ってしまった。
レベッカ王妃と共に美味しい料理に舌鼓を打っていたので、その間は誰も近寄って来なかったのだが…レベッカ様が少し席を外した隙に、一人が私に挨拶をした瞬間から、私にとって嫌な時間が始まってしまった。
「…お腹空いた」
ポツリと会場の端っこで椅子に座った私の呟きに『ユリナ様、こちらを』そう言って差し出されたのは、美味しいそう!と思っていたが、まだ食べれていなかったローストビーフ。
「あ…ありがとう、ブライアン」
「すみません。貴族の方々が頑固なもので、なかなか列を途切れさせる事が出来ず…」
ローストビーフが綺麗に盛り付けられた皿を受け取りながら、フォークも受け取って、ローストビーフにしては少し厚めに切られている肉を口に運ぶ。
柔らかな食感とソースの美味しさに、頬っぺが落ちそうになる。
「旨いですか?」
「とっても!」
「スイーツもあるので、ぜひ」
「ホント!?食べたかったんです!」
ブライアン様は凄く優しい。
貴族の人たちが、私に挨拶する為に列になっていた時も、何とか早めに列を途切れさせようと頑張ってくれていた。
丁度、陛下と王妃が同時に席を外したタイミングで、一人の貴族の男性が話し掛けて来たのを皮切りに、私へのアピールみたいなものが始まってしまい、ずっと愛想笑いをしていた記憶しかないし、リュードやジークフリート様も動いてくれていたので二人にも多大な迷惑を掛けてしまった。
「ユリナ様の誰とも話さずに。というお約束を守る事が出来ずに申し訳なく思います」
「いえ…!私も王妃様が席を外された時に、ブライアンの所へ行くべきでした」
ブライアン様と会話しているのを遠巻きに見られているのが分かる。
そもそも式典に彼が出ていることが珍しいらしく、女性から注目の的になるのはもちろんだが、男性からも視線を浴びていた。
これ以上、誰かの視線を気にしながら食事していたら味がしなくなりそうで、出来るだけ早めにローストビーフを完食して、ブライアン様からスイーツの乗った皿を受け取り頬張る。
「もう少し、ゆっくり食べられては?」
「無理です!誰かに見られながら食事するなんて、緊張するので…!」
「…?俺も見ていますが?」
「えっ!!?そっ、そうです、ね…」
あれ?そうだ、ブライアン様に見られてる。
でも、彼に見られているのは別に気にしていなかった。
「ブライアンは…大丈夫です」
「ふはっ!そうですか。じゃあ俺だけしか見てませんから、気にせず食べてください」
いや『俺だけしか見てません』とか言われたらドキドキして食べづらい。
――けど、不思議と周りの視線や話し声は全く気にならなくなった。
視線はブライアンのだけ、声も耳に残っているのは先程の笑うと少し高くなった彼の声。
「ずっと言いたかったのですが…今日のお召し物、とてもお似合いです」
「あ、ありがとう、嬉しいです」
「ピアスも素敵です」
ブライアン様との距離が一気に近くなって、ピアスに…いや耳朶に彼の指先が触れた気がしたが、温度は一瞬で離れていく。
今食べていた小さな正方形のケーキは、途中で甘いという事しか味が分からなくなってしまい、飲み込む頃にはドロドロに溶けてしまっていた。
彼はピアスを触っただけ、それでたまたま手が当たってしまっただけ!そう、だって体温を感じたのは一瞬だったもの!あっちは何とも思ってないはず、勘違いは良くないわよユリナ。
そう言い聞かせていたら、スイーツを全て平らげてしまっていた。
「ご馳走様でした。料理もスイーツも凄く美味しかった…!」
「何よりです、シェフにも伝えておきます」
「はい!よろしくお伝えください!」
「ええ、お任せください」
近付いて来た給仕係の男性に皿を渡したブライアン様は、手を差し伸べてくれる。
私はその手を取って、エスコートされるがまま会場を退出した。
「退出して良かったのでしょうか?」
「大丈夫です。先程の給仕から、陛下が俺とユリナ様を呼んでいると聞きましたから」
え、あの一瞬で…!?
というか、そうか…あのタイミングで近付いて来るって、食べている所を凄く見られてたのかなと思ってたけど、陛下から伝言を預かっていたのだったら納得だ。
「何だか…あまりいい予感はしないです」
「ええ、俺もいい予感はしません」
二人で同じ予感を感じながら、ハーランド陛下の待つ執務室へ共に向かった。