17話【グランヴィル領】
公爵領ともなれば土地はかなり広く、公爵邸に着くまでに様々な村や森などを通り、数時間をかけてようやくグランヴィル公爵邸まで辿り着いた。
馬車を下り、大きな邸宅を見上げる。
お城の外観を見慣れていたとしても、城と邸宅ではかなり造りが違うのだから、この邸宅はかなりの大きさなのではないか?と思いながら、ユリナが公爵に粗相のないように、と更に気を引き締めている所にリディアが声をかける。
「ユリナ様」
「リディア!大丈夫?」
「ええ…少しは落ち着きました」
「……緊張してる?」
「まぁ…しますよ、帰って来るのなんて数年ぶりですから」
リディアの硬い表情を見たユリナは彼女の手を取りながら『大丈夫!リディアは一人じゃないよ』と声をかければ『!…ありがとう、ユリナ様』という少し柔らかさを取り戻したリディアの声が聞けた。
「ちょっと!リディ、僕のこと置いて行かないでよ!」
「…うるさいのが来た」
「騎士の方?」
「はっ!?まさか、貴女が聖女様ですか?」
「アルフレッド、少し声を抑えろ」
「ブライアン団長…!失礼致しました」
他の団員達に待機するように指示を終えたばかりのブライアンがユリナたちの元へと戻ってくる。
アルフレッドと名を呼ばれた騎士をユリナは少し見上げながら『初めまして、聖女として召喚されたユリナです』と頭を下げると『自己紹介が遅れてしまい申し訳ございません!第三騎士団所属、アルフレッドと申します!』と明るい騎士の声が公爵邸の玄関前に響き渡る。
「すみません、声が大きいんですけど良い奴なんです」
「ちょっ!声が大きいのは仕方ないでしょ!?」
「ふふっ、二人は仲良しなのね」
ユリナの『仲良しなのね』という言葉に対して、赤面して口を閉ざしたのはリディアで、嬉しそうに笑みを浮かべながら返事をしたのはアルフレッドだった。
「ユリナ様、グランヴィル公爵の元へ挨拶に行きましょう」
ブライアンの言葉にユリナは頷き、リディアとアルフレッドを見れば二人も頷きを返したため、公爵邸の中へと入る為に一歩足を踏み出せば、扉が静かに開き、リディアと同じ薄紅色の髪を持つ少年が顔を覗かせる。
「姉様!」
「ルーク…!」
リディアの驚いた表情の中には他の複雑な感情が混ざり、それをグッと堪えるように俯く。
その表情を隠す為にアルフレッドが一歩前へ出て、少年の視線を受けながら、目線を合わせるようにしゃがみ込む。
「久しぶりだね、ルーク」
「アルフレッド兄様もご一緒だなんて…!凄く嬉しいです!」
「僕もルークに会えて嬉しいよ!でも、これから公爵様と大事なお話しがあるんだ」
「父上と…ですか?」
「ああ、だから僕たちからの土産話はその後でも構わないかな?」
アルフレッドからの提案に目を輝かせたルークという少年は元気に返事をしながら『絶対!ぜーったい!お話してくださいね!』と手を振り、屋敷の中へ戻って行く。
それと同時に老齢の執事が顔を出した。
「お出迎えが遅くなり申し訳ありません」
「じいや」
「リディア様…!お帰りなさいませ、ああ…っなんとご立派になられて…!」
「ただいま。実は瘴気の件を聞いて、聖女様たちと共に来たんだ」
じいやとリディアに呼ばれた執事は、穏やかに垂れた目元を緩ませ『ええ、国王陛下が公爵家からの要請を受け入れて下さり、急遽聖女様と第二騎士団の皆様、そしてリディア様とアルフレッド様がいらっしゃると我が主から聞き及んでおります。どうぞ中へ』そう言われ、開かれた扉から公爵邸の中へと四人は入っていく。
――執事に案内されたのは広々とした客間、そこには口髭を蓄えた四十代ぐらいの見た目の男性が立っていた。
「ああ、よくいらしてくださいました聖女ユリナ様、そして騎士ブライアン様。私が公爵領当主ヴィジル・グランヴィルです」
ユリナとブライアンに真っ先に挨拶をした公爵は、その後ろに控えていたアルフレッドとリディアを一瞥し『二人も帰って来てくれるとは、心強いな』と一言述べるのみだった。
リディアは『おかえり』の一言ぐらい言えないものか?と思いはしたが、決して口には出さず一つ息を吐き出すだけに留める。
「来て頂いてそうそうで大変申し訳ないのだが――」
ヴィジル・グランヴィル公爵は、申し訳なさそうに眉を下げながら言葉を紡ぎ始めた。
まず、最近になって瘴気を纏う魔物が急激に多くなってしまった、ということ。
特に多いのはマウンテンボアという魔物が多く出現しているらしく、つまり現代でいう猪に似た魔物が瘴気で強化されているらしい。
「つまり、一際大きな個体マウンテンビッグボアがいる、という事でしょうか?」
「はい。ブライアン様のご推察通り、一匹だけかなりの巨躯を持ったマウンテンボアをウチの偵察騎士たちが見かけた様です」
「どの辺りか、教えて頂けますか?」
「ええ、こちらの地図をご覧ください」
グランヴィル公爵が広げた地図には、偵察を行っている騎士が記したのであろう罰点のマークが公爵家から見て西側の位置に複数あり、かなりの頻度で目撃されているようだった。
「西側でしか目撃されていない?」
「その点については、マウンテンボアが好むとされているキノコ類が西側に多く群生しているからだろう、と考えております」
ブライアンは顎に手を当てながら、少し考える素振りを見せたがすぐに頷き『部隊を編制し、すぐに現地の調査を行います。よろしいですか?グランヴィル公爵』と尋ねれば、公爵は『頼みます』と答えた。
その言葉を聞き届けたブライアンは『ユリナ様』とユリナに声を掛け、少し強引だとも思ったブライアンだったが、彼女の腰に手を回しエスコートするように部屋を退室する。
「ユリナ様、顔色が優れない様ですが」
「あ…っブライアン」
「いかがされました?」
「わ、わたし、がここにいるってバレてる」
ユリナの言葉にブライアンは目を丸くし、彼女を抱える。
一体誰に?と言う疑問はありながらも、聖女の力を持つ彼女が言うのだから狙われているのは確実なのだろうという信頼があるため、その言葉を信じて駆ける。
「に、人間じゃない」
「人間ではないなら誰が…?」
青ざめたユリナの表情を見ながら、ブライアンは階段を駆け下りる。
そして、次にブライアンの耳に届いた言葉はーー『マウンテンボアに私のいる場所がバレてるみたい』という衝撃的な言葉だった。




