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16話【出立】

 ブライアンがリディアもグランヴィル領へ同行させる許可を直接申し出に行ったためか、ハーランド陛下からリディアも同行させて良いという許可が降りた。


「リディアは一緒の馬車ではないの?」


「ええ、かなり動揺していましたから…。彼女が落ち着きを取り戻すまでは信頼できる者を同行させていますから、ご安心を」


 私はブライアンの言葉に頷きながら馬車へ乗り込む。

 少し浮かない表情をしていたのか、ブライアンが『ユリナ様、出発まで少しお傍にいてもよろしいでしょうか?』と言ってくれたので、お言葉に甘えて出発する時間までブライアンと共に過ごすこととなった。




♢♢




 あの家には大切な思い出がある。優しく陽だまりのように温かだった母様との思い出が沢山ある。

 

 騎士になる為に…と女の子らしくする事を辞めようとしていたら、母様に叱られた日のことは鮮明に思い出せるくらい大切な記憶だ。


 ――でも、私が十歳になる年に騎士の家系的には願望だった男の子が生まれた、()()()()()()()()

 母様からの愛情は変わらず沢山注がれたが、弟が生まれてからは父の関心は私ではなく弟のみに注がれるようになり、騎士になるべく日々厳しい稽古をこなしてきた私の努力は何だったのだろうか?と思ったのは私が十五歳、弟が五歳になり剣術の稽古を始めた年からだ。


 公爵家でありながら騎士の家系、弟より先に生まれ、母様の身体は丈夫ではなく…もう子を産めないかもしれないと言われた日から、私は【グランヴィル公爵】の名を継ぐべく育てられてきたというのに――後から生まれた弟が跡継ぎになるのは分かりきっていたが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?と疑問を抱かずにいられなかった日もある。



「ディ…リディ!」

「っ…!!フレッド…」

「大丈夫?体調悪い?」

「いや、大丈夫」

「君が大丈夫って言うとき、大体大丈夫じゃないよね?」


 リディアの目の前には、お互いに『リディ』『フレッド』と愛称で呼びあっている婚約者がいた。

 婚約者のアルフレッドは第三騎士団に所属する騎士でもある。

 彼は馬車に乗り込みながら、リディアの頬に甲冑を外した手を伸ばしていた。


「やめろ、誰かに見られたら…」

「じゃあドア閉めるね〜」

「そういう問題じゃにゃ!?」


 アルフレッドの片手がリディアの両頬を凹ませており、リディアは目の前にいる人物を睨み付ける。


「実家が瘴気によって強化されている魔物に襲われるかもしれない状況なのだから、大丈夫なはずないさ」


 アルフレッドはそう言いながら『それに…婚約者の僕には甘えてくれる約束じゃなかったかな〜?ねぇ?』と少しリディアに怒っているような声色を発した。

 それを感じ取ったリディアは面倒くさそうに顔を歪め、両頬を凹ませていた手を掴みながら『父様が決めたことだ、別にフレッドのことは好きじゃな…』彼女が言いかけた瞬間、アルフレッドは愛してやまない婚約者の手を取った。


「それは言っちゃダメ!!!!」

「ばか!うるさいだろ!!」

「好きじゃないは傷付くじゃん!!」

「………嫌いとも言ってないだろ」

「……え?じゃあ、好きってこと?」

「違う、普通だよ普通、好きでも嫌いでもない」


 リディアの婚約は彼女の父であるグランヴィル公爵が決めたものだった。


 アルフレッドが生まれた家系も由緒正しい騎士の家系だった為に幼い頃から二人は顔見知りな事もあり親同士で勝手決められた婚約だった。リディアはアルフレッドが自身の事を好きでいてくれているのを知らないまま婚約者になったのだ。


 ――だが、婚約しておよそ三年。毎日毎日飽きもせずに『可愛いよ』『素敵だね』『大好きだよ』『愛してる』などと想いを言葉にして言われ続けたリディアは、少しずつだが目の前にいる男に絆されつつある。


「…ま、前は嫌いしか言わなかったのに」

「は?そんなこと…」


 リディアは婚約した時からの記憶を振り返りながら、言葉を詰まらせた。

 思い返してみれば、確かにアルフレッドからの『好きだよ』という言葉に『私は嫌いだ』と返していた記憶ばかりかもしれないな、とため息をついた。

 

「……」

「嬉しいよ!僕のこと、少しは好きになってくれたんだね」

「はぁ?!そんなんじゃない!」

「ふふふ、一歩前進だ〜」

「違うって言ってるだろ!!」


 アルフレッドは嬉しそうに笑みを零し、リディアはその言葉に言い返す。

 『最近は確かに、そんな嫌じゃないかもな…』と想いつつもアルフレッドが調子に乗りそうなのをこの数年の付き合いで分かっていた為、リディアはあえてその言葉を口にはしなかった。


「少しは楽になった?」

「…なにが?」

「考えごと、してたみたいだから」

「……何でもお見通しなの怖いんだけど」


 リディアが怪訝な表情でアルフレッドを見れば『リディは考えごとしてる時、腕を組む癖があるからね』とあっけらかんに言ってのけた。

 ふと、リディアが意識を腕に向ければ自分自身を抱きしめるような形で腕を組んでいることに気付く。

 アルフレッドに言われてから初めて、こんな姿で考え込んでいたのか…とリディアはそのまま目の前にいる婚約者を見る。


「フレッドも領地に行くのか?」


「いいや…ブライアン第二騎士団長に頼まれて、リディの様子を見に来ただけだよ」


 目の前にいる婚約者からの言葉にリディアは目を見張った。

 ブライアン団長に気を遣わせてしまった…いや、そもそも私を同行させるという提案を陛下にしてくれたのは彼だったはず…とリディアは気付き、膝の上で拳を握りしめる。


「団長になるには、ブライアン団長ぐらい周りが見えていないと駄目だなと日々思い知らされるよ」


「騎士全員を纏める立場だからな…最年少で騎士団長になったブライアン様は気遣いもだけど、相当な努力もされてると思う」


 リディアがブライアンの努力を称える言葉を紡げば、アルフレッドは笑みを浮かべながら馬車を降りた。


「一緒に」

「…!一緒に?」

「……いや、なんでもな」


「なんでもないはダメ。僕はね、リディが大好きだ。キミに嫌いって言われても嫌いになったりしない男だよ?だから、いくらでも甘えて沢山頼ってよ」


 唇を噛み締めたリディアはアルフレッドの目を見る。

 リディアは怖かったのだ。母から受けた愛は忘れもしないが、父から受けた態度や言葉も忘れられない。

 

【お前は本当に良く出来た子だ!】

【グランヴィル家の誇りだよ】


 幼き少女が父に言って貰いたかった言葉は全て、あとから生まれた弟に捧げられた。


【もっと淑女らしく出来ないのか?】


 私に騎士としての強さを求めたのは貴方でしょう。


【グランヴィル家の為に、お前には嫁いでもらうことになった】


 母が死んでから半年もしないうちに、父が勝手に婚約者を決めたため、その時既に騎士として働くことが決まっていた私は家を出た。


「わたしと」

「うん」

「一緒に、家に帰って欲しい」

「もちろん!すぐに許可を取ってくるよ!」

「ありがとう」


 私の声は震えていたし、彼が安心させるように握ってくれていた手も震えていたが、アルフレッドは『大丈夫。リディのことは俺が必ず護るから、任せて』そう言って抱きしめられたから、素直に背中に腕を回したら、なぜかアルフレッドが泣きながら喜んでいたから、愉快なやつだなと思いながら、強めに抱きしめ返した。

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