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13話【役目】

 『ユリナ様の力を貸してくれ』()()()と役職名で呼ばず、ユリナ様と名前を呼んでくれたことに気付き、私は唇を結んだ。


 聖女としての()()だけではなく、一人の人間『ユリナ』として必要とされているのだと理解できた。


「私は……まだ、この世界に来て一ヶ月しか経っていません」


 私が召喚されてから、まだ一ヶ月しか経っていない。

 召喚した側の人たちは、もう一ヶ月経ったと言うかも知れないが、私には、この世界の知識を何も持ち合わせていなければ、何かを為せるための力といっても浄化の魔法ぐらいなもので、自分の身も自分の今の力では守れていないのが現状だ。


「不安しかないです、本当に皆さんの期待に応えられるかどうかも分からない」


 私は前に召喚された聖女様とは違う。

 魔法の先生から授業で教わったことは、その聖女様は瘴気の根源を付き止め、瘴気を収束したとされているらしく、きっと私にもそのような活躍を期待されているのだろうと思う。


「でも、力にはなりたいと…そう思います。聖女として召喚された私が、どれくらい力になれるのか分かりませんが、精一杯頑張りたいです」


 目は開けられず、何も見えていないけれど、背中を支えてくれているブライアンの手に少し力が込められたのを感じる。

 私が召喚されたのは瘴気に対抗する策が、きっと…もう文献に残された伝説に近しい【聖女】という人物を召喚するほか無かったのだと想像には容易かった。


「瘴気に対抗出来るのが私なら、私は、()()()()()()()()()()として頑張ります」


 声は震えないようにしようとしたが、どうしても震えてしまった。

 ――ああ、自分が思っていたより、精神的にも肉体的にも負荷がかかってしまっていたのだと気付く。


 ずっと、私に関わってくれている人たちは『ユリナ様』と私が『聖女』という役目に囚われすぎないように名前を呼んでくれていたのを知っている。

 知っているからこそ、この役目を背負い、伝説の聖女ではなく、現在(いま)を生きている一人の人間のユリナとして、期待されている聖女にならなければと思って、言葉を紡いだ。


「ブライアン、手を握ってほしいの…」

「!ッ…仰せのままに」


 ブライアンの表情は見えないけれど、きっと眉間に皺が寄っている気配がする。

 そうさせてしまったのは私が、今泣いているせいだからだろうけれど。

 泣かないように、と我慢すればするほど涙が出てしまうのは、どうしたものだろうか。


「ユリナ様、ごめん…」


 首を横に振りながら否定しようと、リュードのせいじゃないよ、と声に出したかったのに代わりに出たのは嗚咽だった。

 まるで子供のように、騎士の片手を両手で軽く握りながら泣いた。

 背中を撫でてくれているブライアンの手が酷く温かく感じて、余計に熱が込み上げてくる。


 この役目から、逃げたくなかった。

 元の世界での私は、嫌な事から逃げて、逃げて、逃げ続けた結果、苦手なものや人を、理解する前に避けるようになってしまった。

 嫌なら見なければいい、嫌なら聞かなければいい、嫌なら口にしなければいい、そんな思考が脳内を占めて、視野を狭くしてしまう。


 期待と不安が込められた視線たちを一身に受けたあの聖なる儀式の時――本当は、その場から逃げ出したかった。

 けれど、ブライアンが『貴女なら大丈夫』と言葉をかけて背中を押してくれたから、手の震えは少しだけど収まったし、逃げ出さずに歩くことが出来た。


 私が聖女という役職だから、この世界の人たちはこんなに優しくしてくれるのだろうな…と召喚された直後はそう思っていた。


 でも、例え私が聖女でなくとも『丁重に扱うつもりだった』と最初に言ってくれたハーランド陛下の言葉を思い出す度に、()()()()()()()()()()()()()、と私が聖女じゃなかったとしても、この城の人たちが優しいことに変わりはないのだからと、そう思ったのは、私の気持ちをきちんと吐き出させて聞いてくれた時に確信へと変わった。


 この人たちの力になりたいと、役に立ちたいと、誰かの助けになれたらなんて、ずっと嫌なことから逃げ続けた私が思っていいことなのか?と頭を悩ませたけれど、私が出来ることをやりたいと思った。


 お披露目の日に見た、様々な感情が込められた視線を再び浴びて、足がすくんだ。

 でも近くにはハーランド陛下とレベッカ王妃が居て、更に周りを見渡せば、ブライアンにリュードやジークフリート総団長も居て独りではないのだと実感した。

 その後の貴族の方たちからの怒涛の挨拶では、正直言ってあまり良い気持ちはしなかった、たぶん心の奥底では微塵も思っていない言葉をつらつらと薄っぺらい表面だけの言葉を並べられたら、誰だって嫌な気持ちにもなるだろう。


 今後、これ以上に私が嫌な気持ちになることは明白だった。

 この世界については知らないことばかりだが、人の悪意に気付けないほど馬鹿じゃない。


 貴族には聖女を良く思わない人がいるのは、聖なる儀式の時から気付いていた。

 たぶん、大半は自分の地位とか、娘の婿候補が聖女に取られてしまうのでは?という己の身可愛さだろうけど。

 頑張りたいと思った気持ちの中に、そんな人たちに一泡吹かせてやりたいと思ってしまったというのもひとつあったから、逃げ出すなんて嫌だ、()()()()()()、そう思ったんだ。


「わたし…たった1ヶ月だけど、毎日この城に居る人たちと過ごして、こんな優しい方たちが瘴気で苦しんでいるのなら力になりたいって、そう思ったの」


 もし、人の悪意が伝染するなら、人の優しさだって伝染するはずだ。

 そしてなにより国王陛下が温かな人だから、こんなに温かな人たちばかりが城内にいるのだろうと思った。


 好きになった人たちの世界を脅かしている存在を、私が排除出来るのならやりたいと、これからも笑顔で居て欲しいと思ったから頑張りたい。


「どうか私に、聖女ユリナとして役目を全うさせてください」


 そう言って頭を下げれば『ユリナ様…!頭を下げてお願いしなければならないのは我々の方です!』と力強いブライアンの声が耳に届く。

 私の手を握る力が少し強くなっているのが分かるけれど、それでも力の加減をしてくれていることが分かる。


「我々はユリナ様だけに負担を強いるつもりは毛頭ありません。ユリナ様と()()瘴気と戦います」


「俺だって、瘴気を浄化できる力を持ってる。それに、この国は俺たちがこれからも暮らして行く国だ、ユリナ様の力だけに頼るのは陛下が許すはずない」


 二人の言葉が心を軽くしてくれる。瘴気と戦っていくのは、私だけじゃない。

 私が召喚される前までは、聖職者の役職も持っている人たちが瘴気を浄化し、騎士の役職を持つ人たちは瘴気で更に凶暴になった魔物を打ち倒していたのだから、そこに加わったのが(聖女)


「私も()()()()()()()瘴気と戦いたい」


「……サイフィンス王国第二騎士団長ブライアン・エヴァンズはユリナ様の覚悟を受けとめ、誓います。必ずや、魔物を討ち取り、貴女を護りぬくと」


「…サイフィンス王国教会神官リュード・アークライトはユリナ様の気持ちを受けとめ、神に誓う。必ず、貴女と共に瘴気を浄化する使命を背負うと」



 ユリナの瞳に二人の姿は映っていないが――ブライアンとリュードは、ユリナが口にした『私も皆さんと一緒に瘴気と戦いたい』という言葉に、ユリナの聖女という役目を背負っていくという覚悟を受けとめて、心を揺さぶられたために、共に跪きユリナに誓いを立てた。


 そんな二人の誓いのあとの静かな空気を破るように『わたしも誓います!!サイフィンス王国魔導部隊隊長ノエル・フローレスはユリナ様の高潔なる真心を()り、誓います。必ず、貴女と共に瘴気の根源に辿り着いてみせると』魔導部隊の隊長であるノエルも、元に戻った姿で跪き誓いを立てた。


「ノエルさんまで…誓いだなんて」


「それぐらい!ユリナ様の先程の言葉は、わたしたちの心に響いたんです…!ユリナ様は一人じゃないですから!わたしたちは一緒に戦う仲間です!」


 ノエルの『仲間』という言葉を聞き、ユリナは再びブライアンの手を握り締めている。

 ユリナの小さな変化にブライアンは気付き『どうされました?』と尋ねれば『仲間…なんて、そんな…いいのかな?』そう言って、ブライアンの手から自らの手を離し何かを探すように空中を彷徨い始めた。

 

「ブライアン、顔を貸して」

「はい…?顔ですか?」

「うん」


 ブライアンは疑問を抱きながらも宙を掻いているユリナの手を、自らの顔のある位置まで引き寄せれば、彼女の手は迷いなくブライアンの輪郭を包み込んだ。

 

「これ、俺ら邪魔か…?」

「あわわ…!じゃ、邪魔かもね…!」


 ヒソヒソとリュードとノエルが話していれば、ユリナが口を開く。


「仲間……というのは、私の、解釈では…時に弱音を吐いたり、励まし合ったり、喧嘩したり、まるで家族みたいに…時には家族以上の絆で、同じ目標を目指す同志――だと認識してます」


 ユリナが放った言葉は、ノエルたちが予想していた甘いものではなく『仲間』という言葉についてだったことに少々驚きつつも、次の言葉を待つ。


「異世界から来た私は、そんな風に皆さんに受け入れてもらえるのでしょうか?」


 この一言で彼女の今まで抱いて来た不安が、痛いほど三人に伝わった。

 召喚した側は『聖女』という人間を、言葉が通じれば丁重に扱うという心づもりで、日々聖女召喚の儀を行っていたが、召喚される側は心の準備などする暇もなく召喚されてしまうのだから、この世界に順応出来るのか?本当に自分の身は安全なのか?などの不安は誰にだってあるはずだ。


 それをこの瞬間まで隠していたユリナに、ブライアンは唾を呑み込んだ。

 一体、どれほど不安な気持ちを溜め込んでいるのか?と再び眉間に皺を寄せながらブライアンは、頬を包んでいるユリナの手を自らの手で覆い隠すように優しく包み込む。


「ユリナ様、俺たちは貴女の味方で、仲間です。貴女はもう少し我儘になっていい」


「そうだぜ、ユリナ様は沢山頑張ってる。弱音を吐いたって、誰も怒れるはずがない」


「ユリナ様が、もし誰かに聖女様って想像してたイメージと違う!って言われたら、わたしが代わりにぶっ飛ばしますから!」


 ユリナの抱えている不安は、この日から少しずつだが、仲間たちには共有されていくようになる。

 聖女という大役を背負う一人の平凡な女性の、異世界の瘴気を浄化する日々は着実に進み始めた。

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