12話【聖女の力】
ぼんやりと意識が浮上し、最初に聞こえたのは誰かの話し声。
目を開けたいが、瞼が重く開けることはままならないため、騎士の名を呼ぶ。
「ブライアン…」
「!ユリナ様」
「目が、開けれなくて」
「……重度の魔力不足が原因かと」
ブライアンから詳しい話を聞けば、ノエル隊長の呪いが解けた瞬間に倒れてしまい、そのあと一日中眠ってしまっていたようだ。
どうやら、ブライアンを救った時は魔力が尽きてしまうほどの魔力を消費してしまったが、ギリギリで少量の魔力が残っていたらしく、疲れが来る程度で済んでいたが…今回は保持している魔力を使い切ってしまった為、倒れてしまったらしい。
「今は魔力が空っぽの状態ですから、安静にしておくようにと医者から言われております」
「そう…ですか。ごめんなさい、またご迷惑をおかけしてしまって…」
私から彼の表情は見えない、一体どんな顔をしているのか。
怒った顔か、悲しい顔か、それとも心配そうな顔をしているのか――少し怖かった、こんなにも誰かの表情が見えないことが怖いと思ったことはなかった。
そんな気持ちを打ち消してくれたのは『聖女様、無茶しすぎだな』という聞き馴染みのある声。
「その声は…」
「おう、リュードだぜ」
「ブライアンと話してたのはリュード?」
「なんだ、さっきの聞いてたのか?」
「誰かと誰かが喋ってるな…ぐらいで、内容までは分からなかったよ」
正直に答えれば、二人が目配せしたような気配が何となくして『秘密の話?』と尋ねれば『…ユリナ様に隠し事は無理そうだ、リュード』と固い声で話すブライアンの声に、思わず両手をギュッと握りしめようとしたが、手にうまく力が入らず絡めるだけに留まる。
話を聞かせてくれたのはリュードで、私の体は魔力不足に陥っているため、魔法を行使出来ない状態とのこと。
手に力が入らない事も伝えれば、それも魔力不足の影響だろうと言われ、迷惑をかけてばかりだなと反省することしかできない。
「すみません。聖女として、もう少し考えを巡らせるべきでした」
そうだ、ブライアンを助けたあの時――座り込んでしまったことを思い出していたら、倒れることもなかったのではないかと考えてしまう。
「聖女ユリナ様。神官として、そしてリュードとして言葉を伝えます」
いつになく真剣なリュードの声音に、私の背筋は自然と伸びる。
ブライアンが力の入らない私の背中を支えて、ベッドに座らせてくれたので、リュードがいる方向を見て話を聞く。
「ノエルがかけられた呪いは、先々代の神官様が健在の時から解けなかった呪いだ。先代も俺だって解呪することは叶わなかった。でも、ユリナ様は解呪することができた」
リュードの言葉に私は一人で納得するしかなかった。
あの時見た、水晶玉から空中に浮かび上がっていた説明文を読んだため、呪いが聖女にしか解けないと書いてあったのは事実。
聖女にしか解呪できない。
そして、聖女の召喚。
理解してはいたけれど、改めて突き付けられた私が持つ聖女としての力は、この世界に、この国に絶対必要とされてしまう力なのだと、リュードの言葉で更に自覚することとなった。
♢♢
正直なところ、本当に聖女が召喚されたとしても現状が打破されるのか?と甚だ疑問を抱いていたのは事実だ。
聖女に関する文献で現状見つかっているものは全て読んだ――だが、あまりにも絶大な力を持ち過ぎているでは?と漠然とそう思った。
だからこそ、自分自身の目で、その力を見るまでは信じることが出来ずにいた。
聖女が召喚された日、教会はそれはもう大騒ぎで、その翌日に聖なる儀式は行われたが、それに参加している聖女様の顔色は最悪だったのは忘れられもしないし、思わず、相手が聖女様だというのも忘れて、いつもの調子で『大丈夫か?顔色、あまり良くないみたいだけど』なんて声をかけたのを鮮明に覚えている。
親友のブライアンが聖女様の浄化の力によって救われたことは聖女様が召喚されたその日に聞いたから、かなり衝撃的だった。
それから瘴気に侵されたトロントたちを浄化をして無事に帰還。
そしてなにより、先々代も、先代も、歴代の神官の中でも一、二位を争うほど強い浄化魔法を扱える俺でさえ解呪することが叶わなかったノエル隊長にかけられた呪いを、その手で解呪させたことも――。
本当に聖女は、今ここに存在しているのだと俺はやっと実感を持ち始めている。
いや、実感せざるを得ないと言った方が正しいな。
ブライアンがあんな風に女性に微笑んでいるのを見たのは大人になってからは見たことがなかったし、魔力不足で倒れたユリナ様のことを教会まで報せに来たノエルが必死の形相だったことも、かなり新鮮なことだった。
神官という役職である以上、聖女様の様子を城に見に行くことは多々あった。
彼女の日常を見る度、この世界とは違う場所から来たことを実感させられた。
魔物を見たことがなく、魔法も使ったことがない。
【聖女】という肩書きが無ければ、至って普通の女性という印象で――聖なる儀式の時なんて緊張で青白い顔をしていた女性が、これから貴族たちからの重圧に耐えて行かなければいけないのかと考えれば、こっちの胃が痛くなりそうな思いだ。
ただでさえ孤児から神官になった俺や、孤児から第二騎士団長まで成り上がったブライアンへの貴族からの風当たりは相当なものだったが、ハーランド陛下がその度に火の粉を払ってくれた。
――だが、多すぎる火の粉全てを陛下の力のみでは払えるはずもなく、苦しい思いは何度もした。
その卑劣な行いがユリナ様にも行われるのは、あまりにも酷なことだ。
ここではない世界から召喚までされて、貴族や民衆たちからの重圧に耐え抜き、瘴気の浄化をこの世界の聖職者より多くこなし、魔法の勉強や社交界で恥をかかないように食事のマナーや礼儀作法まで習い、けれどユリナ様が弱音吐いている姿は、一度も見たことはなかった。
かなりのお人好しなのは分かっていたし、魔力に関しての知識も、この世界での年齢で言えばまだ六歳ぐらいの子と変わらないぐらいの知識量しかなく、魔力が底を尽きれば倒れることも知らずに、今回は魔力を使い切り倒れてしまった。
「ユリナ様」
「は、はい」
「貴女の持つ、聖女の力は本物だ」
俺が今まで見てきたこと、信頼出来る人物から聞いたこと、今までユリナ様が行った実績が消えることはない。
全て事実として、陛下が公表しなくとも噂は素早く国中に出回るだろう。
「俺は正直…聖女様の持つ力を目の当たりにするまで、その強大過ぎる力を信じ切れてなかった」
思っていた事を口にすれば、ユリナ様が小さくだが息を呑んだ様子も見て取れた。
ブライアンとは目が合うが、何かを言うつもりは無いらしく、俺はそのまま話しを続けることにする。
「さっきも説明したけど…ノエルの呪いは先々代の神官様の時代から解呪できなかったものだ。ノエルの呪いが解呪されたことは、陛下が公表しなくても広まるはずだ、それだけの事を聖女様がやり遂げたんだから当然だな」
きっとこれから、ユリナ様のことを良く思っていない貴族たちは本格的に動き出すだろう。
この事が広まれば、民衆も【聖女様】への期待は、より多く大きくなっていくはずだ、間違いなく。
「ユリナ様、改めて言わせてくれ」
「は、はい」
「ユリナ様の力を貸してくれ」
そう言って、ユリナ様の目には見えていないだろうけど、俺は精いっぱい頭を下げた。