9話【インペリアルトパーズ】
城に帰還した私たちは、浄化完了の報告をする為に陛下の執務室に足を運んでいた。
「二人共ご苦労だった。第二騎士団の皆にも、感謝をせねばな」
ブライアンが浄化完了の伝書を、召喚した大きな鷹の足に括り付けて飛ばしていたが、やっぱり直接本人から聞かないと不安なものよね…とホッとした様子の陛下の顔色を心配しながらそう思った。
「浄化をしてくれた報酬として、ユリナには国から給金が出る」
「えっ!?そうなのですか?」
「魔物を減らさなければ国民に危険が及ぶ。そのため、危険を冒して浄化を行ってくれた聖職者には報酬を与えている」
尤もな意見だった。
これ以上魔物が増えて、国が対処しないとなったら国民からの反感は目に見えてる。
王族は聖なる力を必ず持って生まれるらしいが、それ以外の人は、貴族などの地位は関係なく生まれてくるらしいが、百人に一人の確率だとのこと。
行なってみて分かったが、浄化はかなり危険な行為だ。
【浄化】という行為は祈りを捧げなければ発動しないもので、魔力の消費が激しく他の魔法との併用も出来ないため発動している間は無防備な状態になる。
だから、今回のようにブライアンたちが同行していなければ今頃私は無事ではなかったのだろうと思うと、国から報酬が出るのは妥当なことだと思った。
「ありがとうございます」
「こちらこそ、ありがとう。浄化もだが…馬車での移動も疲れただろう、ゆっくり身体を休めてくれ」
♢♢
執務室を出てから『城に帰還したあと、少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか?』という言葉を思い出して、少しばかり胸が高鳴る――が、同時に不安もある。
それから自室に着くまで、普通に会話をして送ってくれた。
「ユリナ様」
「は、はい」
「こちらを」
白い小さな包みを受け取って、彼を見上げれば頷いてくれたので、その場で開けてみる。
すると――光を受けて透き通ったオレンジとイエローが混じったような色の宝石が、花を象ったチェーンピアスの真ん中でキラキラと輝いていた。
「綺麗…」
「森に行く道中、村に泊まった時の事を覚えていらっしゃいますか?」
ブライアンの言葉に、そういえば鉱山が幾つも存在し、宝石が豊富に採掘できると説明を聞いた村があり、確かにそこかしこで純度の高い宝石が露店などで売られていた事を思い出したので『覚えてます』と返す。
「その宝石はインペリアルトパーズです」
「トパーズなの?こんなオレンジっぽい色のトパーズを見たのは初めて!」
「…良かったです。命を救って頂いたお礼です」
「こんな素敵なものをありがとう!大事にします」
「ぜひ、翌日にでも付けた姿を見せてください」
口角を上げたブライアンはそう言ったあと、目の前にある扉を開き、私は背を押されてしまい部屋に入れられてしまった。
あまりの行動の速さに驚きつつも、手に握られた少し長さのあるピアスを見つめていれば、リディアから声が掛かる。
「おかえりなさいませ、ユリナ様」
「ただいま、リディア」
「どうしたんです?ピアスをそんなに見つめ…って、え!?」
「な、なに?」
「それ、ピアスにインペリアルトパーズ付いてます?」
「ブライアンはそう言ってたけど?」
「そっ、それ、ただのトパーズじゃないですよ!?トパーズの中でもインペリアルは皇帝を意味していて、超!希少な宝石です!!」
リディアの大きな声に、思考が一時停止してしまう。
百歩譲って、命を救ったお礼としてプレゼントが貰えるのは凄く分かる。
けれど…希少で、しかも皇帝と呼ばれている宝石を、普通に考えて命を救っただけの人に渡すだろうか?
いや、私だったら有り得ないけど、この世界では至って普通の事なのかもしれない。
「普通ではないですからね?」
「えぇっ!?じゃあ、なんで??!」
「好きだからでしょう!??」
「誰が?誰を?」
「ブライアン様が、ユリナ様をです!」
リディアの言葉に驚き過ぎて、呼吸が荒くなる。
なにが?私の何がいいのだろう?いや、彼が私の事を好きな訳がない。
全部、全部――今までのブライアンの言動は全て騎士として…だよね。
考えが纏まらず、背を向けていた扉を勢いのまま開け放てば外に居た騎士と目が合った。
「あ、れ…?ブライアンは?」
「隊長でしたら、今日はこのまま家に帰宅されるそうです」
そう、だよね。
私の護衛騎士とはいえ、彼だって人間だ。休まなくては体力が持たないはず。
四六時中、このドアの向こうにブライアンが居てくれるのだと思っていた私自身に驚く。
「そう…。教えてくれて、ありがとう」
「いっ、いいえ!とんでもない!」
騎士に感謝を告げてから、大きなドアをパタリと閉めて『リディア、お風呂に入りたい』そう言ったら『承知しました、少しお待ちください』と言って、部屋の奥にリディアは姿を消した。
♢♢
――数十分後、良い香り誘われ風呂場を覗いて見れば、円形の広いバスタブに乳白色のお湯が張られており、そこには様々な色の薔薇の花びららしきものが浮かんでいる。
「な、なんで花びら?」
「ローズバスは肌にも良いし、新陳代謝を良くして冷え性防止にも効果があるとされています」
それに、精神を安定させてくれる効果もあるみたいですよ?
そんな風にリディアからローズバスの説明を聞いた私は、ぶくぶくと鼻までお湯に浸かって考えていた。
ブライアンが私の事を好きだなんて、考えてもみなかった。
決して、彼の事が嫌いなわけではなく…自分に自信が持てていなくて『誰かに好意を寄せられるわけがない』と私が勝手に決め付けていたからだ。
「……こっちに来てから、私の方が助けられてばかりなのに」
確かにあの日、中庭でブライアンを聖女の力で助けたことは事実だけれど、それ以外は?
こちらの世界に来てから、陛下や王妃、神官のリュードに総騎士団長のジークフリート様、そして聖女専属メイドのリディア。
ブライアン以外の方々にも、たくさん助けて貰っているのに――でも、もしリディアの言っていた言葉が本当で、私のことが好きだと仮定して、本当に私のどこに惹かれているのか分からない。
「顔…?そんなわけないし」
性格…?別に、そんなに良いとは言えないだろう。
スタイルだって抜群ではないし、口下手だし、誰かに頼るのも下手な私の何がいいの?
そんな疑問ばかりが浮かんでしまう。
このまま考え込んでも仕方がないと思い、ザバァッと音を立てて湯船から上がり、身体を隅々まで洗い、浴室を出てから、全身を拭くために用意されたバスタオルは柔軟剤の香りも良く、ふわふわで水分の吸収力も凄いものだった。
下着を付けてパジャマを手に取れば、初めての手触りに困惑する。
生地はツルツルで、袖を通してみれば着心地が大変良く、今までに着たことのない感触で――もしや、このパジャマ高いやつでは…?と思ったが、今まで日替わりで着ていたドレス以外の普段着も高そうなものばかりだったので、今更驚くことでもなかったな…と落ち着きを取り戻す。
「お風呂最高だった〜」
「それは良かったです。さぁ、髪を乾かしますよ」
「ありがとう」
脱衣所を出たら、リディアがドライヤーを用意して待っていたので、髪の毛を乾かしてもらう。
どうやらこの世界は、私が元いた世界では電気で動いていた物は、魔力を流して使う物に置き換わっているらしく、リディアが小さな魔法陣を手に宿らせながらドライヤーを起動させていた。
髪を乾かされながら、私は眠気に襲われて船を漕ぐ。
朧気になっていく思考の中で、召喚されてから数週間の出来事を思い出す。
私の周りに居る人たちは優しい人ばかりで、いつも心が穏やかでいられる。
不安になる事もあるけれど、みんな沢山相談に乗ってくれるし、私が勇気を振り絞って言い出すまで口を挟むことなく待つ姿勢を崩さない。
ドライヤーが終わり『リディア』と名を呼べば『どうされました?』と首を傾げる彼女に『ありがとう』と感謝の言葉を伝えれば『感謝されることなんて何も…』と頬を少しだけ赤くさせていた。
「このあとは、どうされます?早めの夕食にしますか?」
「そうだね、リディアも一緒にどう?」
「はっ…!?あ、アタシもですか?」
「いや?」
「いやじゃないですけど…メイド長に聞いてきます」
そのあと、メイド長から許可が降りたため、リディアと一緒に楽しく談笑しながら夕食を共にした。