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1話【さようならストレス社会、こんにちは異世界】

 私は、いつも通り自室の至って普通のシングルベッドで眠ったはずだった。

 でも、目覚めて直ぐ視界に入ったのは天蓋、そして次は身体に負担が掛からない低反発マットレスの感触、ふわりと香るのは香水のようなウッドの匂い。


「ここ、どこ…?」


 小さな独り言は誰にも拾われる事もなく溶けていく。上半身を起こせば、重厚な木製のドアが視界に入る。

 周りを見渡しても、ランプや窓から入る日差しを遮るための滑らかな光沢感のあるカーテンなど、寝室に必要な物だけ設置されているようだ。


 ふと視線をベッドに落とせば、何やら黄色の魔法陣が浮かび上がっており、『ああ、これが魔法陣か〜』心の中でそんな風に関心していれば、ノックが三回、そのあとに『失礼致します』と落ち着きを感じさせる声を持つ人物が入室してきた。


「お初にお目にかかります。サイフィンス王国騎士団の総団長を勤めております、ジークフリートと申します」


 見た目は…若く見えるけど四十代ぐらいだろうか。

 所謂、イケおじと言われる部類だろう。凄く素敵なオーラを放っているお方だ。

【騎士団の総団長】役職をそう言っていたので、きっと第一騎士団とか第二騎士団とか、数ある騎士団を全てまとめている人なのだろうな。


「聖女様、でお間違いはないでしょうか?」

「えっ?!わ、私に聞かれても困ります…?」


 まさかの、というか予想外の質問すぎて、こっちまで疑問符になっちゃったけど、いま団長さんがホッと胸を撫で下ろした瞬間を見ましたよ!見ましたからね!?


「いやはや、申し訳ない。今まで、聖女召喚の義を幾度となく続けていたのですが、成功したのは今回が初めてでして…」


 それまでは言葉の通じない人型の魔物や、よく分からない人を食べてしまう植物、様々な種類の魔獣…そんな感じで、失敗続きだったらしい。

 なので、聖女召喚の義を行った場合、一番最初にこの部屋に足を踏み入れなければならないのが総団長や各騎士団長たちなのだと丁寧に説明してくれた。


「言葉が通じたのも、貴女様が初めてなのです」

「そ、そうなんですね…騎士団長様も大変ですね」

「ありがたきお言葉です。聖女様、暫くお待ちくださいませ」


 静かに一礼し、団長さんは部屋を去っていった。

 きっと一時間ぐらい待たせられるのだろうと覚悟を決めていたのだが、時計の針は五分程しか進んでいなかったが…重厚なドアは再びノックされる事になる。


「失礼致します。国王陛下がお見えです、どうぞ聖女様はそのままでお待ちくださいませ」


 えっ?このまま?そう口に出しそうだったけど、変な事して不敬罪とか何とか難癖を付けられて、牢屋にぶち込まれては困るので、大人しくしておこう。

 決意した次の瞬間には、王様が姿を表していて――煌びやかな装飾に包まれた人物が部屋に足を踏み入れていた。


「すまないね、聖女よ。この地で聖女召喚の義を行うのは数百年ぶりなものでな。少々…いやかなり手を焼いてな…」

 優雅な所作で少し足の部分がグラグラと揺らいでいる椅子に座った国王陛下が、聖女を見据えた。


「少し、能力(スキル)などを確認させて頂きたい。貴女の身の安全を保証するためにも、お願いしたいのだ」

「分かりました。水晶玉(これ)に触ったらいいんですか?」

 水晶玉を見ながら王様を見れば、しっかり頷いたのを確認できたので、水晶玉に両手を翳してみる。

 ――すると、水晶玉は眩い光を放ったあと、様々なスキルとステータスを空中に映し出す。


「職業は聖女と書いてあるな…!」

「そう、みたいですね」

「ああ、いや…貴女が聖女ではなかったとしても、もちろん丁重に扱うつもりだったのだが…」

「陛下、そう言ってしまっては言い訳にしか聞こえません」


 隣で一歩下がって控えていたジークフリートさんの言葉を聞いて、思わず笑ってしまった私を見た二人は顔を見合わせたあと静かに穏やかに笑ってくれている。


「あの…」

「如何した?聖女よ」

「わたしの名前はユリナです」

「そうか、では聖女ユリナ。私も名乗っていなかったね、私はサイフィンス王国国王ハーランドだ、よろしく頼む」


 そんな感じで、さっきまで日本人として生きていた私は、異世界でしかも聖女として生きていくことになりました。



♢♢



「ジーク、聖女(彼女)のことどう思う?」

「聖女様ですか?…実に落ち着いていらっしゃるなと思います。異世界から突然こちらが召喚したというのに取り乱している様子もなかったですから」


 実に落ち着いている。確かにジークの言う通りだと言うように王は息を吐いた。

 王が聖女に会ったのは数時間前だが、暴れる事もなければ、突き刺さるような視線も無く、ジークの言うように取り乱している様子もなかったのだ。


「いや、表情に出していないだけで、心は不安を抱えているだろう。何事も見逃すことのないようにしてくれ」

「承知しました。護衛の騎士は誰を任命しましょうか?」

「……難しいな、聖女の護衛に見合う実力の者は(みな)、男の騎士ばかりだからな暫し考えよう。ジーク、もう下がってよい」


 王の指示を全て聞き終えたジークフリートは一礼してから、国王の執務室をあとにした。



♢♢



 ――その頃、召喚されて数時間経過した聖女の様子はというと。


「少し、お散歩したいのですが」

「ですが、護衛の騎士様もいらっしゃいませんし」

「お、お城の中庭にも出たら駄目なんですか…?」

「中庭でしたら、アタシが付いてれば大丈夫かと…」


 新人メイドと聖女のやり取りは少しぎこちなかった。まだ研修期間を終えたばかりのメイドを聖女の側仕えとして任命したのにはメイド長なりの考えがあっての事。

 少しばかり言葉の端々に乱雑さが出てしまう事もあるが、それ以外は非の打ち所がない。

 洗濯、主人に見合うドレスや普段着を選ぶセンス、何より腕っ節に関してはこの国で右に出るものはいないだろう。


「えっ!リディアは騎士を目指してたの?!」

「まぁ…腕を怪我してからは、目指すのは諦めましたけどね」


 中庭で二人はゆっくりしたペースで歩きながら、そんな会話をしている。

「もう痛くないの?」

「生活に支障はないですね、でも…剣を片手では振れません」

「そうなんだ…」

「騎士として聖女様に仕えるって目標は叶わなかったけど、メイドとして仕える事は出来てるから、良かったと思ってますよメイドになって」


 少しそっぽを向きながら言葉を紡いだリディアに、ユリナは抱き着いた。

 足元をフラつかせながらもユリナを抱きとめたリディアは耳を赤くさせて口を尖らせている。きっと照れ隠しで口を尖らせているのだろう。


「私も嬉しいよ。最初に出来たお友達がリディアで良かった」

「なっ…!?アンタ、そんな恥ずかしいことを良くスラスラ言えるなぁっ?!!」


 ガシャリ、ガシャリと二人が微笑ましい言い合いをしている場所に似つかわしくない音が鳴り響く。

 音がする方を見れば、黒髪で琥珀みたいな色の瞳を持つ鎧を来た男が佇んでいた。


「あの方は?」

「第二騎士団長のブライアン様だ。確か今日が遠征から帰還予定の日です」


 鎧を着ているので、その下がどうなっているのか想像することしか出来ないが、かなりの筋肉量ではなかろうか。

 何しろ帰還したばかりなのか、銀色の鎧を全身に纏っていて、とにかく重そうだ。


「鎧って、すごく重そうだね」

「最近は軽量化も進んでるみたいだけど、それでも重いですね」


 でも何で帰還したばかりで中庭に…?とユリナが疑問を浮かべていれば、再びガシャリと音が響いて、その次の瞬間には大きな身体がスローモーションで倒れて行くのが見えた。

 派手な音を立てて地面に叩き付けられた音は中庭中に響き渡って、気付いたら足は動き出していて――。


「大丈夫ですか!!お、重い…!!?」


 仰向けにしようとして、ぜんっぜん身体が浮かせられなくて焦ってしまうが、リディアが反対から肩を掴んで引っ張って仰向けにしてくれた。

 何やら、紫色のモヤモヤが視えてしまっているのだが、リディアはモヤモヤについて言及していないので、特に聞かない事にする。

 右手に右手を重ねて、たぶん魔力の流し方とか魔法の使い方とか色々あるんだろうけど、そんなの魔法が無い世界から来た私には分からないから、願って祈る事しか出来ない。


「お願い!ブライアン様を救いたいの!」


 願いが届いたのか、それとも何かしらの魔法が発動したのかは分からないが、黄色の眩い光の粒子のようなものが騎士ブライアンの身体を覆う。

 徐々に禍々しい色をしたモヤモヤは霧散して、綺麗さっぱり跡形もなく消えていった。


「はっ…!はぁっ…!」

「大丈夫ですか?ユリナ様」

「う、うん、何とか。とりあえず、ブライアン様を医務室に運んだ方がいいと思う」


 ドッと疲れが押し寄せるように、身体に力が入らなくなるが、リディアは誰かを呼びに行ったので、もう既に中庭から出て行ってしまったようだ。

 私はそのまま、ブライアン様の隣でリディアを待つことにした。

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