逃げない選択
「……今、なんて?」
聞こえてきた人名に信じられず、思わず聞き返す。早くなった脈拍がドクンドクンを鼓動を刻み、まるで死刑宣告を受けた受刑者のように耳を閉じたくなった。
───「君のクラスメートの『優希 隼人』君を殺してくれ」
だが、未来は変わらない。
「どういうことだ、なぜ俺はハヤトを殺さないといけない?」
わかってる、きっと今の俺は冷静じゃない。
俺を助けてくれたイデアに対して、きっとこれは聞き返すべきではない問題だろう。何億もするヒーロースーツを全額負担し、怪獣の情報の殆どを無償で俺に貸し出してくれる人間なんてどこにいるって話だ。
だが俺は果たして、今友達となったばかりの人間を殺せるだろうか?
「無理に決まってるだろ……」
たった数十分とはいえ、こんなに優しくてカッコイイ奴に絆されない奴はいない。コイツに銃弾を突き付けるくらいなら、自分のこめかみに発砲する方がまだマシだ。
───『そう……じゃあ今すぐその場から逃げた方がいいわ』
俺の答えを聞いたイデアは酷く落胆したようにため息を吐くと、逃げることを急かして来た。だがまだ聞いてないことが山ほどある。
「逃げろったって、そもそもハヤトは殺されるレベルの罪を犯したのか?そして殺すことを拒否したら、なぜ逃げることに繋がる?」
さっきからイデアは矛盾したことしか言ってない。
殺せ、殺さないならば逃げろ……なぞそうなる?まるでハヤトがとんでもないバケモノみたいないい口だ。
だが、イデアは質問に答えなかった。
それどころか───『良いから逃げてッ!!それを説明する暇はないのッ!!』───と、ものすごい剣幕で怒りを顕にした。
「……分かった、逃げればいいんだな?」
今日のイデアは様子がおかしい。
何かに怯えているみたいに、俺に逃げてほしそうにしている。とはいえイデアの言うことだ、信用して逃げた方がいいだろう。
「行くぞハヤト!」
『で、その時田中くんが……ってえ!?ちょちょちょっ!』
ただし、ハヤトを抱えてだ。
椅子に座っているハヤトを横向きで抱き抱え、いち早くその場を離れる。逃げる、ということはハヤトを追う何かがいるということだ。隠れられる場所を探した方がいいだろう。
『も、もしかして私お持ち帰りされる!?』
「口塞いでろ、舌噛むぞ」
『へっ?……え、えええぇぇぇぇえ〜〜〜ッ!?』
足をググッと屈めて大ジャンプをかまし、学校の屋上へ“登る”。八階建ての校舎だが、すんなりと上手くいった。
昔に比べて今の人間は筋肉密度が違って運動能力のパフォーマンスが違うらしいが、それでも怪人と戦う前なら3mが限界だった。
……これが成長期か。
自身の成長を実感していると、またもやイデアから無線が入る。
───『なんでなの!?何で隼人君も一緒に連れて逃げてるの!?それじゃあ意味がないんだよ!』
「なんで……って言われてもな、ハヤトがターゲットなら連れていくしかないだろ」
『?、ターゲットって何?私何かに狙われてる?』
「いいや、気にするな。こっちの話だ」
少し恐怖の色が混じった顔を浮かべるハヤトを抱き抱えながら、俺は辺りを見渡した。
もしかしたら戦闘になるかもしれないから、出来るだけ被害が出ない場所がいいはずだ。そうなるとやはり……あそこだな。
「よし決めた、いくぞ!」
『えっ!?ま、また───うわぁぁぁ!!!!』
助走をつけてグラウンドまで跳ぶのと同時に、絶叫を響かせるハヤト。怖いためかぎゅっと俺の首に手をかけてしがみついてくる。
「手ぇ離すなよ!」
『離したら死んじゃうよぉぉ!!!』
数十秒の浮遊感の後に、グラウンドの地面へ着地する。
ドゴウッッッッ!!!という凄まじい音ともに地面に亀裂が入るが、ハヤトは無事そうだ。ちなみに俺も無傷である。やったね!
「よしよし、上手くいった」
『……うぅっ、吐きそう』
ハヤトを地面に下ろして、グラウンドのど真ん中で悠然と佇む。場所は開けているし、周りに生徒の反応は無い。ここでなら暴れてもそんなに被害は出ないだろう。
───『ば、馬鹿!今すぐ隼人君を置いて逃げて!』
ザザッと無線機が入り、イデアの声が眼鏡から響く。
「そうしたらハヤトが死ぬ。見殺しには出来ねぇ」
『……今私が死ぬって言った?』
「こっちの話だ」
『いや誤魔化されないよ!?』
イデアの反応からして、俺が迎え撃つことを良しとしていないようだ。それは単純に俺が、ハヤトの追っ手に勝てないと思っているからだろう。
そんなの当たり前だ。俺がタイマンで楽々勝てたのは、あのギルガムの時だけ。
それ以外は全て、頭を働かせて我武者羅に戦っていた。だから勝てた。
相手が格上なんて、いつもの事だ。
「悪いがイデア、俺は逃げる訳にはいかねぇ」
───『ねぇ、ノアくん?お姉さんの忠告を聞いて……今からすぐに、隼人君を置いて“逃げなさい”。後ろを振り返らずに、ただ一目散に逃げるの。じゃないと───“奴”が来る』
『奴って、いったいどんな───ッッッッ!!!』
奴?それは一体どんな奴だ?
そう聞こうと思って、マイクに声を入れた瞬間。
「どうもこんにちは、ハヤトくん」
顕れた、濃密な『死』の気配。
身体が、声が、そして頭が、視線に入ったソレを認識することを拒否している。背筋が凍り、辛うじて空いていた口から「コヒュー」とい吐息が漏れるだけ。
強ばった身体は動くことを許さず、動けば“死ぬ”という潜在意識が俺の意識を繋ぎ止めていた。
───『あぁ……そんな。もう来てるだなんて』
イデアの絶望の声が脳裏に響く。
「誰、だおまえ、はッ!!」
「おや?ターゲット以外にも人が居たようですね。失敬失敬、あまりにも弱々しいもので、目に入りませんでした」
俺が絞り出した声に怪人はニヤニヤと嗤って、虫を見る目で俺の姿をまじまじと観察していた。
後ろにいるハヤトも俺と同じく呼吸しか出来ておらず、恐怖の表情でソレを見つめる。
感覚でわかった。俺たち二人の生殺与奪の権は、既に握られていると。
「初めましてお二人とも、そしてさようなら。いずれ死ぬゆく貴方達に敬意を評して、ご挨拶をしましょう。私の名前は───“虐滅怪人”『レギオン』。以後お見知りおきを」
怪人『レギオン』。その名前には一歳の覚えがない。
だが分かる、アイツには逆立ちしても勝てる見込みがないと。俺がこのまま戦っても、手も足も出ずに死ぬと。
───『……見てわかったよね?アレは君が敵う相手じゃない。いや、レッドですらアレと戦って勝てる可能性は五分五分だよ』
耳元でイデアが更に絶望に突き落とす情報を告げる。
それはもはや、死刑宣告に等しかった。
以後お見知りおきをだって?アイツからはハヤトを含め、俺たちを生きて返すつもりはなさそうな気を感じる。俺達が今生きているのは、ただ単純に“生かして”貰っているだけだ。
「アレは……勝てっこねぇな」
思わず膝が震える。額に汗が滲み、息が荒くなる。
今まで何度か死にかけたが、こんな目に分かる絶望は初めてだ。
『それとね、一つだけ教えよう。レギオンは───“カテゴリー5”だ』
カテゴリー5?なんだそれは?
俺は知らない単位だが、イデアは当然のように話している。情報屋独自の単語なのだろう。
だが俺は今、それにツッこむ余裕は無い。
「なぁ、ハヤト」
「……なにかな」
絶望しているハヤトに声を掛ける。
俺がこいつを助けた以上、その責任は俺が負わなければいけない。
後悔?してるに決まってるだろ。でもハヤトを見捨てて逃げるよりマシだ。
「今から見ることは秘密にしてくれ」
俺はヒーローじゃない、アンチヒーローだ。
それ以上でもそれ以外でもなく、ただの一般人でしかない。
だが、そんな俺でも助けられる命があるのなら。
「───変身」
助けるのがヒーローだろ?




