表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
北風の王と辺境領の姫君  作者: Kazma8910


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/42

38 高射砲

 帝国軍の醜態を峠道脇の森から観察する者がいた。


「越境ご苦労様」

 峠道を見下ろすロイヴァス松の枝でソニヤは呟いた。別働隊と違い、組織的な反撃をされる恐れがある帝国軍相手に迂闊な攻撃はできない。

「でも、攪乱はありよね」


 少数の部隊が峠道の渋滞に痺れを切らして森の中へと逃げ込もうとしていた。ソニヤは鳥笛を吹いた。




 狭い峠道から森へと逃れた小隊はひと息ついた。

「何が起きたんだよ、前の奴らがいきなり血だらけになって戻ってきて」

「腕や顔の一部をなくした奴がかなりいたぞ」

「ロイヴァスの翼竜がいたって話だぜ」


 状況が分からない中で亡霊のような味方が突然戻ってきたことを思い出し、兵士たちはうすら寒い思いで密集した木々を見回した。


「これだけ木があれば投石機の爆弾も届かないよな」

 自らに言い聞かせるように頷き合う彼らは、木の枝が細かく区切る空に何かを見つけた。

「おい、あれ……」

 一人が指さす先から何かが落ちてきた。彼らの足元で数度跳ねたそれには導火線が付いていた。


「爆弾だ!」

 一転して阿鼻叫喚と化した森の中、恐るべき殺傷能力を持つ鉄管爆弾が炸裂した。

 哀れな帝国軍兵士が爆風に飛ばされ金属片に引き裂かれる中、小柄な影がふわりと太い枝に降り立った。

 白っぽい金髪を首の所で結んだソニヤだった。


 彼女は枝に結んだロープを放るようにして元の位置に向けて手放した。先端に木の棒がくくりつけてあるロープは振り子のように戻っていった。

 よく見れば一定間隔を開けた木に同様のロープが取り付けてある。それで枝から枝へと空中移動する際に爆弾を投下したのだ。

 悲惨な死を遂げる敵への感情は封印し、元ロイヴァス輸送部隊は空に気づいた者を確実に屠っていった。


ソニヤのいる枝にもう一人が到着した。やはり小柄な少女はメイドのキジーだった。

「コツ掴むのが上手いね」

 感心するソニヤに、キジーは笑った。

「小さい頃、村の近くの森で友達とこんな遊びをしてたから」

「そっか、山脈の子供ならみんなやるよね。大人に怒られないようにこっそり」

 二人は悪戯っぽく笑い合った後、地上より開けた空を見上げた。


 彼女たちが待ちわびる影が見えてきた。手を振ろうとした時、その手前で何かが爆ぜた。黒い煙が空に染みこむように広がる。

「何?」

 予想外の事態にソニヤは闇雲に首を巡らし、キジーは動くこともできなかった。



 

 死体だらけの窪地に哄笑が響いた。ザハリアス帝国の傭兵、ソロンは死者も起き上がりそうなほどの声で笑いこけた。

「最高だ! こいつなら翼竜どもも餌食にできる」

 彼の前にはより大きく威力を増した即席投石装置があった。ヒカリヅタの蔓を何重にも使い、よじり、射出速度を上げている。

 ロイヴァスの部隊と違い、投石機は空に向けられていた。角度をつけるために彼が使ったのは帝国軍兵士の遺体だった。


「お前らもお国の役に立てて本望だろう? え?」

 より角度をつけようと散らばる死体を積み上げ、装備品が入っていた箱の板で爆弾を打ち出すレールを作った。

 血走った目でソロンは呟いた。

「あんたは輸送部隊そのものを囮にして武器弾薬をロイヴァスに届けた。なら、翼竜の派手な攻撃も何かを隠してるんだろ、お嬢さん。そいつもこれまでだがな」


 爆風で折れた木に限界まで伸ばしたヒカリヅタの蔓を引っかける。彼は空を睨みあげた。そこに飛ぶ大型翼竜を。背に乗る者を。

「さあ、吹き飛べ!」

 蔓の力に負けて木がへし折れる。反動でレールに沿って空中に飛んでいくのは導火線を直した鉄管爆弾だった。



 

 カイとオーレイリアを乗せたクリオボレアスは突然の爆音に動揺した。カイが宥めるように竜笛を吹き、大型翼竜はどうにか飛行高度を戻した。

「何なの? 爆弾?」

「空じゃない、地上からだ」

「まさか…」

 言いかけてオーレイリアは考えた。

「……投石機なら可能だわ。でも、誰が」

「また来たぞ!」


 カイは竜笛で回避運動をさせた。クリオボレアスが巨大な皮膜の翼を傾けて旋回する。

 地上からの攻撃を躱す姿は幾分敏捷さに駆けていた。大型翼竜特有の小回りの利かなさだけではない。本来聴覚が過敏で戦場特有の爆音を嫌がるのが翼竜だ。それを竜騎兵は特殊な頭絡で遮音することで使役してきた。

 しかし、それは竜笛への反応が鈍くなる難点を伴う。竜笛の音域を工夫するなど対策を立ててはいるが完全とは言えないままだ。


 また一発、爆弾が発射された。カイは忌ま忌ましさを堪えて必死で回避させた。搭載している大口径砲を使えば掃討できるが、これには重要な任務がある。

「まずいな、このままじゃ帝国軍にこっちの行動を気付かれる」

 彼の呟きにオーレイリアも苦い思いで同意した。

「せっかく、霧に紛れて潜行できたのに……」

 カイの相棒、ラヴィーニが苛立ったように鳴いた。




 ソロンは次々と爆弾を発射した。拾った物が尽きると石で代用する。当然避けられれば終わりだが、彼はそれで済ませるつもりなどなかった。

 上空のクリオボレアスは石を回避することになれたようだ。彼が待っていた流れだ。

「そろそろ行くぞ」

 鉄管爆弾と通常火薬を組み合わせた最も危険な代物を投石装置に取り付けた。限界が近い蔓にナイフを入れる。改造鉄管爆弾が空をめがけて撃ち出された。




「あれは…、石じゃない!」

 咄嗟にカイはラヴィーニに横転すれすれまで角度をつけて旋回させた。爆弾の直撃は免れたが、無数の金属片が彼らを襲った。

 思わず目を閉じたオーレイリアは、クリオボレアスの悲鳴のような鳴き声で我に返った。

「ラヴィーニ?」

 大型翼竜はいくつもの創傷を負っていたが、翼は持ちこたえたようだ。ほっと息をついた彼女だったが、自分の頬に流れてきたものに目を瞠った。

「血が……、カイ、大丈夫?」

「少し切っただけだ」

 若い竜騎兵は平静を装うが、前に座るオーレイリアを庇ってのことだと簡単に想像が付く。この攻撃が続いたらと思うと、冷たい汗が流れた。




 ラヴィーニの苦闘は樹上で掃討戦をしていたソニヤとキジーにも分かった。

「オーリー様…」

 見ているだけで何もできないことにメイドの少女は青ざめた。ぎりっと奥歯を噛みしめるソニヤはある異変に気付いた。上空ではなく地上に。

「あれは……」

 



 死体を蹴り上げ、ソロンは笑い続けた。兵士の骸から武器弾薬類をかき集める姿は山脈に伝えられる悪鬼のようだった。

「待ってろ、次で撃ち落としてやる」

 弾薬を袋に詰め、彼はヒカリヅタの弦を張り直した。

「逃げられないんだろ、帝国軍に見つけられたくないんだよなあ」

 舌なめずりせんばかりにソロンは導火線に火をつけ、投石機に火薬袋を取り付けた。

「これで、最後だ!」

 空中で爆発四散する翼竜と人を思うと笑いが止まらない。狙いを定める彼は数字を数えた。

「さあ花火の始まりだ、3、2、1…」

 数字がゼロになる直前に、一斉射撃がソロンを襲った。ステップを踏むようにたたらを踏んだ後、傭兵は倒れた。その目の前を火薬袋が転がっていく。

「やめろ、おい…」

 次の瞬間、投石機と土台代わりの死体が吹き飛んだ。




 爆発は上空からも確認できた。

「何があった?」

 驚くカイに、オーレイリアが山脈の様子を説明した。翼竜の脅威となっていた射出装置は沈黙し、入れ替わるように銃撃の音がする。新たに参戦した者は覚えのある旗を翻させていた。

「あれは……、メリルオト侯爵家領軍の軍旗だわ! ハルキン伯爵家の家紋もある」

「お館様が後詰めに回してくれたのか」

 心の中で感謝しながらカイは竜笛を吹いた。

「高度を落とせ、ラヴィーニ。もう少しだけ頑張ってくれ」

 クリオボレアスは爆音のやんだ空を滑空し、霧の中へと姿を消した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ